第21話 身分も力も違うのに、同じ志を持つ者がいた
「ケイス、レオナ王女様だ」
(それでグレン団長が一緒に……)
「レオナ王女様、父の話をお聞きいただけないでしょうか」
「極めて重要なことですので」
俺がそう告げると、父は膝をついたまま静かに顔を上げた。
そして金髪碧眼の少女――第二王女レオナを、正面から見据えた。
「私はロイ・アーサーと申します」
「王命を賜り、このリューデンの子爵領主に任ぜられました」
父の声は落ち着いていたが、その目に強い光があった。
「どうか、この地の実情をお伝えする機会をお与えください」
レオナは小さく頷き、騎士たちに手で合図を送った。
騎士団が一歩下がり、場に緊張した沈黙が落ちる。
父が静かに語り始めた。
「この街は長きにわたり、冒険者バルド=クラウスという男の支配下にありました」
「彼は冒険者ギルドを私物化し、民から勝手に税を取り立て、暴力で街を従わせていたのです」
一拍置いて、続ける。
「この街の事務官・エルマー・グライフも、彼に従属しておりました」
「さらにそのエルマーが、ロザミール侯爵へ賄賂を送り、ここで行われている不正が王都に届かぬよう隠蔽していました」
「なんということ……」
レオナの声が低くなった。
「ロザミール侯爵が関わるような大掛かりな不正が、まかり通っていたとは」
「はい。そして今日……」
「クラウスは五十名の子分を率いて、我が屋敷を襲撃してきました」
父は言葉に、静かな怒りを込めた。
「これは明らかな領主への脅迫行為です」
「前任の領主に対しても同じことを繰り返していたと、クラウス自身が口にしていました」
レオナの蒼き瞳が、鋭さを増す。
「証拠はあるのですか」
「ございます」
父は真っすぐに答えた。
「息子ケイスの協力を得て、レグニアとセリアが命を懸けて証拠を手に入れてくれました」
「ロザミール侯爵への賄賂の記録、手紙、金銭の授受――すべて文書として揃っております」
レオナは深く頷いた。
しばらく沈黙が続いてから、静かに口を開く。
「見事な働きです、アーサー子爵。よくぞここまで辿り着かれた」
澄んだ声だった。
しかしその奥に、揺るぎない力があった。
***
「この件、必ず王都に持ち帰ります」
レオナの声は静かだったが、その言葉の一つひとつに重みがあった。
「王法に則り、しかるべき裁きを下させましょう。ロザミール侯爵とその一派に、二度と好き勝手はさせません」
父は深く頭を下げた。胸に迫るものを抑えきれない様子だった。
「レオナ王女……心より感謝申し上げます」
少し間を置いてから、顔を上げて続けた。
「しかし侯爵は、必ず強く抵抗してくるかと思われます。どうか、御身の安全を最優先に」
「承知の上です」
レオナは微笑まなかった。
しかし一切の迷いもなかった。
「正義を掲げれば、命を狙われる。それは当然のこと。私はそれを恐れぬと、とうに誓いました」
一拍置いて、静かに続ける。
「この身に刃が向けられるなら、跳ね返してみせます」
そしてまっすぐに父を見た。
「けれど――あなた方こそ、油断なさらぬよう。アーサー家にも必ず火の粉が及びます」
「……はい。覚悟しております」
父の声は低く、揺るぎなかった。
(王女は本気だ。自分の命を顧みず、この国を変えようとしている)
胸の奥で、熱いものが広がっていった。
***
父の話が終わったところで、俺は王女に向き直った。
「王女様、先ほど"話がある"と仰っていましたが……それは?」
レオナは小さく息を吸い、まっすぐに俺を見た。
「王都での詐欺事件を独自に調べていたとき、そなたの名が浮かび上がったのです」
「書簡を待たずとも、直接確かめに来た方が早いと思いましてね」
その瞬間、グレンが微かに眉を寄せるのが見えた。
「……王女様、王都からここまで、ずいぶん遠くございましたな」
「そうですね」
レオナはあっさりと答えた。
「ならば、お呼び立てになれば、よろしかったのでは?」
グレンの声は丁寧だったが、内心がにじんでいた。
(いきなり王都から飛び出して……。護衛する身にもなっていただきたいものだ)
(王女に何かあれば、叱責どころでは済まないのだ。まったく、生きた心地がしなかった)
「護衛、ご苦労さまでした。グレン」
レオナは涼しい顔で言った。
グレンは深く一礼しながら、かすかにため息をついた。
俺はこっそりグレンに目を向けた。
(胃が痛そうだ……)
「スラムの被害者たちを率い、詐欺集団の巣へ踏み込んだ少年がいた――そう聞きました」
「……あれは、たまたまそういう流れになってしまって」
「恐怖はなかったのですか」
「レグニアが一緒でしたから。正直、不安はありませんでした」
レオナは短く頷いた。
その瞳に、静かな光が宿る。
「私は驚いたのです。王族である私と、同じことをしようとする者がいたとは」
声に、わずかな熱がこもった。
「身分も力も違うのに、同じ志を持つ者がいる――うれしくて、確かめに来ました」
そして、はっきりと言った。
「ケイス・アーサー、私の友となりなさい」
「えっ……友人、ですか。いや、しかし身分が……」
慌てて父の方を見ると、父が必死にうんうんと頷いている。
「父上、本当によろしいのですか」
「何を言っている」
父の声が珍しく弾んでいた。
「アーサー家にとってこれ以上の名誉はない。迷わず受けなさい」
俺は深く頭を下げた。
「……謹んでお受けいたします。友人として、できる限りのことをさせていただきます」
「ならば約束をせよ」
レオナは片手を胸に当て、真剣な目で告げた。
「私が危機に陥ったとき、必ず駆けつけること。私もまた、そなたのために剣を振るう。これよりは共に戦う友だ」
胸の奥が、じわりと熱くなった。
その場に、レグニアが静かに一歩進み出た。
「姫よ。このペンダントを身につけるがいい。危機が迫るとき、力となろう」
「無礼者!」
騎士団長グレンが鋭い声を上げた。
「王女様に対し、その物言いは許されぬ」
レグニアは眉ひとつ動かさなかった。
怒鳴られても、ただ静かにレオナを見ているだけだ。
俺は慌てて間に入った。
「団長、申し訳ありません。レグニアは武人であり、礼儀に不慣れなのです。悪意は一切ございません」
(実はドラゴンですとは言えないし……)
レオナはしばらくレグニアを見ていた。
それから、静かに微笑んだ。
「気にしておらぬ。友の護衛の言葉ならば、受け入れよう」
両手でペンダントを受け取り、胸元へとかける。
その所作は静かで、しかし揺るぎなかった。
騎士団の誰もが、思わず息を呑んでいた。
グレンだけが、静かに目を閉じていた。
「後は、王都まで無事に戻れば、終わりと思っていたのに……ずいぶん大きなお土産をもらったものだ。胃がチクチクと」
誰にも聞こえないほど小さな声で、そう呟いた。




