第20話 物足りない、の一言で終わった決闘
子分たちの不甲斐なさを見て、クラウスの怒りはとうとう頂点に達していた。
獰猛な目でレグニアを睨みつける。
「俺はこんな雑魚どもとは違うぞ」
「お前から片付けてやる」
レグニアは答えず、屋敷の門をくぐって静かに外へ出た。
歩きながら、肩越しにクラウスを見る。
「ついてこい」
「雑魚とは違うところを、見せてもらおうか」
「笑わせるな」
クラウスの声が低くなった。
「命乞いしても、簡単に許してやらないからな」
「屋敷の奴らも、半殺しにしてやる!」
「口より足を動かせ。遅れるなよ」
それだけ言って、レグニアは歩き続けた。振り返りもしない。
クラウスが鼻を鳴らし、重い足音を響かせてその背を追う。
二人はやがて、屋敷から数百メートル離れた荒れ地にたどり着いた。
草もまばらな平地に、重苦しい風が吹き抜ける。
ひとの声も、街の音も届かない。
あるのは風の音だけだった。
***
レグニアは静かに立ち止まり、振り返った。
「……どこからでも来い」
美しい容姿に、似つかわしくない低い声だった。
威圧感というより、ただ事実を告げているような静けさがあった。
クラウスは口角を吊り上げ、両手の大斧を振りかざして突進する。
「ぶっ潰してやる!」
巨体に似合わぬ速度だった。
土煙を巻き上げ、地面が削れるほどの踏み込み。
しかしレグニアは軽やかに一歩跳ねて後退する。
巨斧は地をえぐり、乾いた轟音とともに土砂が舞った。
「ほう……いい反応だな」
クラウスは舌なめずりをして再び襲いかかる。
斧が唸りを上げ、次々と風を裂く。
だがレグニアは一歩、また一歩と、円を描くように回避していく。
最小限の動きで、流れるように攻撃を外し続けた。
まるで風だった。
巨斧はただ空を切り裂くだけで、レグニアの肉を捕らえることができない。
(恐怖を感じないのか、この小娘!)
(俺の大斧を避けきるだと……なぜだ?)
クラウスの額に汗が滲む。
「避けてるだけじゃ、勝てねぇぞおおおっ!」
怒声とともに、渾身の力を込めた両斧の振り下ろし。
しかしレグニアは冷ややかな瞳で死角へと滑り込み、静かに言った。
「攻撃が単調。しかも遅すぎ」
次の瞬間、拳がクラウスの腹を撃ち抜いた。
「ぐはっ……!?」
巨体がくの字に折れ、膝をつく。
口から濁った呻きが漏れた。
(この拳の威力……人間業じゃねぇ……何者だ……!)
それでもクラウスは血反吐を吐きながら立ち上がり、斧を構え直した。
「……まだ、終わっちゃいねぇ」
その瞬間、大斧が紅蓮の炎に包まれた。
「炎魔法を武器に纏わせるか」
レグニアの口元がわずかに上がった。
(ドラゴン相手に炎とは……笑わせる)
(だが黒炎で証人を灰にするわけにはいかないしな)
(体術だけで叩き伏せてやる)
炎をまとった斧が横薙ぎに振るわれ、轟音とともに炎の塊が飛来する。
だがレグニアの瞳に、恐怖の色はなかった。
「お前との戦いはつまらない」
「これで終わりにする」
レグニアは風を切るように踏み込んだ。
一歩、二歩、回転、跳躍。
鋭い蹴りがクラウスの腹にめり込む。
「ぐおおおっ……がはっ!」
巨体が数メートル先へ吹き飛び、泥にまみれて地を転がった。
大斧は手を離れ、土に深々と突き刺さる。
荒野に、静寂が戻った。
レグニアは軽く息を整えてから、屋敷の方へ視線を向けた。
「もう少し歯ごたえがあると思ったのだが……物足りない」
一言だけ呟いた。
その瞳に、かすかな退屈と、それでもわずかな満足が同居していた。
***
屋敷の前では、冒険者たちが気を失ったまま倒れていた。
(腹痛や歯痛で苦しみ続けるより、気絶している方が楽かもしれないな)
そこへ、涼しい顔をしたレグニアが戻ってきた。肩をすくめて言う。
「片付いた。クラウスはあの辺で泥だらけになって伸びている」
父が声を張った。
「衛兵たち、全員捕縛せよ」
「はっ」
衛兵たちが一斉に動き出す。
不運コンボで動けなくなった冒険者たちを、次々と縄で縛り上げていく。
クラウスも意識を失ったまま、ロープでぐるぐる巻きにされた。
俺は静かに念じた。
『不運60%』
(尋問に耐えられる状態にしておく必要がある)
(不運85%のままだと、縛られたまま色々と大変なことになりかねないしな)
***
その時――。
遠方から砂埃を巻き上げて、一団が駆けつけてくるのが見えた。
やがて姿を現したのは、王都騎士団の団長グレンだった。
「団長……! なぜこんな辺境まで」
「王都からのご命令で参りました」
彼の背後から、一人の少女が歩み出た。
金髪碧眼。
凛とした佇まい。
その一歩ごとに、周囲の空気が静まっていく。
少女は俺を一目見るなり、はっきりと言った。
「ケイス・アーサー。やっと会うことができました」
父がすっと膝をついた。
(これは……跪くべき人物だ)
慌てて父に倣う。
少女は静かに歩み寄り、まっすぐに俺を見た。
澄みきった湖のような瞳だった。
周囲の音が、遠のいていく気がした。
「ケイス・アーサー。あなたに、話があります」
(えっ……どうしてこのひとが、俺の名前を?)
胸の奥に、得体の知れない期待と不安が広がっていった。




