第17話 商人ギルドも、冒険者ギルドも、終わっていた
「まず、商人ギルドに行ってみよう」
俺とレグニアは、リューデンの商人ギルドを訪れた。
建物は石造りで、かつては立派だったと思わせる造りだ。
柱や窓枠には装飾も施されている。
だが今の状況はというと……。
壁の塗装は剥がれ落ち、看板の文字はかすれて近づかなければ読めないほどだ。
扉を開けると、広いはずの受付ロビーにひとの姿がほとんどなかった。
奥の椅子に中年の女性が一人座っているだけで、帳簿をめくる手つきもどこか投げやりだ。
俺たちに気づいた瞬間、彼女は顔をしかめた。
「子供が来るところじゃないよ。帰りな」
「なんだと」
レグニアが一歩前へ出る。
赤い瞳がぎらりと光った。
「まあまあ、落ち着いて」
俺は慌ててレグニアの腕を掴んだ。
ケイスは静かに念じた。
『不運60%』
次の瞬間――
ミシッ。
女性が座っていた椅子の脚が、音もなく折れた。
「え? きゃっ……うわあああっ!」
椅子ごと後ろへ派手にひっくり返る。
仰向けに倒れた彼女の顔の上を、どこからともなく現れたネズミが一匹、すたたたと走り抜けた。
「ぎゃあああああっ!!」
天井に届きそうな悲鳴が、がらんどうのギルドに響き渡った。
(あ、やりすぎたかな)
ケイスはすぐに不運を解除した。
レグニアは無表情のまま、ぼそりと言った。
「……ネズミまで出てくるとは、なかなか手が込んでいるな」
「偶然だよ」
ケイスはそっと目をそらした。
仕方なく外へ出る。
ちょうど通りを歩いていた紳士風の中年男性が足を止め、声をかけてきた。
「あそこには近づかない方がいいぞ、坊主」
「あなたは……?」
「この通りで商売をしている者だ」
「もとは商人ギルドの取りまとめ役もしていたのだがね」
男は遠くを見るような目をしてから、ゆっくりと言った。
「この街も、昔はずいぶん活気があったんだがな」
「どうしてこんなことに……」
男はしばらく黙っていた。それから、静かに口を開いた。
「来月には、別の街へ移るつもりだ」
諦めというより、もうすべて決めてしまった人間の顔だった。
「こんなところに留まっていても、未来がない」
「それだけのことだよ」
それだけ言って、男は足早に去っていった。
その背中を見送りながら、胸の中で何かが冷えていくのを感じた。
街の経済を支えるはずの商人ギルドが、見放されている。
住民の暮らしが衰えるのも、当然かもしれない。
(あの人、また会えるだろうか。本当のことを、もっと聞いてみたい)
「……レグニア、かなり根が深そうだ」
「面倒そうだな」
レグニアが静かに拳を握った。
「悪い奴がいるなら、そいつらをまとめてぶっ飛ばした方が早くないか?」
「それは最後の手段だよ」
俺は苦笑した。
「次は冒険者ギルドに行ってみよう」
「でも……同じような感じだったら、どうしようかな」
***
冒険者ギルドの建物もまた、同じように荒れていた。
外壁には苔がむし、扉の蝶番は錆びついて軋む。
押し開けて中に入ると、広い空間には誰もいなかった。
カウンターの椅子は倒れたまま埃をかぶり、机の上には古い紙束が散らばっている。
窓から差し込む光だけが、静かに埃を照らしていた。
「……本当に誰もいないのか」
レグニアが低く呟く。
廃墟、という言葉が頭に浮かんだ。
外へ出ようとしたとき、足音が近づいてきた。
「ちょっと! 子供がこんなところに来ちゃダメよ」
「危ないから、早く家に帰りなさい!」
若い女性が駆け寄ってきて、俺たちの前に立ちはだかった。
「あなたは……?」
「もとはこのギルドで受付をしていた者よ」
彼女の声が、少し沈んだ。
「数年前にね」
「S級冒険者のバルド=クラウスが現れてから……すべてがおかしくなってしまって」
唇が小さく震えていた。
恐怖と諦めが入り混じった、複雑な表情だった。
俺は少し考えてから、思い切って言った。
「お姉さん、私の家に来てもらえませんか」
「ゆっくり話を聞かせてほしいんです」
彼女は驚いたように目を見開いた。
しばらく俺の顔を見てから、小さく息をついた。
「……まあ、いいわよ」
「少しだけならね」
***
屋敷に到着すると、彼女は門構えを見た瞬間に足を止めた。
「ここって……領主の屋敷じゃない」
「はい。俺は新しく赴任した領主の息子です」
彼女はゆっくりとこちらを見た。
ふっくらとした体型の、のんびりした顔つきの少年が領主の息子だと理解した瞬間、表情が引きつった。
「……本当に?」
「本当です」
「……そう」
帰ろうとする彼女を、俺は丁寧に引き留めた。
応接室に通し、父にも同席してもらう。
温かい茶を出すと、彼女はしばらく黙ってそれを両手で包んでいた。
レグニアが無言で隅の椅子に腰かけると、彼女がちらりとその方を見た。
銀髪に赤い瞳。只者ではない気配。
「……その子は?」
「護衛です」
彼女はしばらく黙ってから、小さく「そう」とだけ言った。
やがて、語り始めた。
数年前、S級冒険者のバルド=クラウスがリューデンの冒険者ギルドに現れた。
力づくで冒険者たちを従え、抵抗したギルド長に重傷を負わせ、街から追い出した。
その後、事務官エルマー・グライフを取り込み、二人が組んで好き勝手に税を取り立て、街全体を支配しているというのだ。
「……ギルドが無人だったのは?」
「手下になった冒険者たちが、ちょうど集金に出ていたからよ」
淡々とした一言が、妙に重く響いた。
父は黙って話を聞いていたが、やがて静かに口を開いた。
「バルドというやつが、街を支配しているというのか」
「想像以上に根が深いな」
「父上、クラウスとエルマーをどうしますか?」
「すぐに動くのは危険だ」
父の声は落ち着いていたが、目の奥に鋭い光が宿っていた。
「だが、このまま見過ごすわけにもいかん」
「まずは証拠を集め、動くべき時を見極める必要がある」
その言葉に、領主としての覚悟を感じた。




