第13話 ボルテロさん、全部しゃべりましたよ
「ホントのことを言えば……この詐欺、俺ひとりで考えたわけじゃねえんだよ……」
唐突に口を開いたボルテロは、自慢げに語りながらも、額に脂汗を浮かべていた。
「だいたい、俺が勝手に貴族様の紋章なんて使えるはずがないだろ」
「バレたら即、牢屋行きだぞ」
(……あれ? 俺は、なにをしゃべってるんだ?)
(勝手に口が動いているぞ。止まらないぞ!)
その様子を見ていたグレッソの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「ダメです!」
「そんなことをしゃべったら、俺たちの命が……!」
そう叫びながら、慌ててボルテロの口を塞ごうと動き出す。
「お、おおおっと!」
だが足元の絨毯に引っかかり、豪快にすっ転ぶ。
頭が床に激突する。
「ごっ……!」
鈍い音が部屋に響き、グレッソはそのまま気絶して、動かなくなった。
ボルテロは倒れた部下を一瞥するが、もはや口は止まらなかった。
「俺たちは……。ロザミール侯爵の指示で動いてるんだ!」
胸を張り、声を張り上げる。
「侯爵様の紋章さえあれば、どんな奴でも信じ込む」
「効果は絶大というわけよ!」
「儲けの三割を、侯爵様に納める契約になっててな」
「お互いに、美味しい話になっていてな」
(俺はなんで、こんなに次々としゃべってるんだ)
(しかも、どんどん核心に近づいてる!)
だが口は止まらない。
「どうだバカども、わかったか!」
「お前らみたいなのが、侯爵様に逆らえるはずないだろ」
得意げに腕を組んだその瞬間――
ボルテロは自分が今しゃべったことの意味に、ようやく気がついた。
青ざめた顔が、さらに青ざめる。
「――そこまでだ」
低く鋭い声が、部屋を切り裂いた。
入口に、白銀の鎧をまとった男が立っていた。
室内の誰もが、その声に反射的に動きを止めた。
「今の話、すべて聞かせてもらった」
男はゆっくりと部屋に入りながら、ボルテロをまっすぐに見据えた。
「王都警備を預かる騎士団団長、ヴァルト・グレンだ」
「近くで騒ぎを聞いた衛兵から報告を受けてやってきたが……表で暴れていた連中はすでに拘束済みだ」
ボルテロの顔から、みるみる血の気が引いていく。
膝が小刻みに震え始めた。
グレンは表情ひとつ変えず、静かに続けた。
「おまえたちも全員、今から騎士団本部まで同行してもらう」
「詳しい話は、そこで聞かせてもらおう」
有無を言わせない声だった。
団長の視線が、ケイスたちの方に移った。
「あなたたちは、詐欺の被害者で間違いないな!」
「はい、そうです」
「こいつらから、だまし取られた権利証や、お金を取り返したところです」
「そこの少年と娘は、被害者の関係者か?」
ケイスは一歩前に出て、落ち着いた声で答えた。
「私はアーサー男爵の長男、ケイスと申します。こちらはレグニア」
「関係者ではありません」
「ガルドさんたちに、ついてきただけです」
グレンの目が、わずかに細くなった。
男爵家の子息が、なぜこんな場所に。
そう言いたげな顔をしたが、実直な男らしく、余計なことは口にしなかった。
「……なるほど」
「だが、こうした危険な場所に来てはならんぞ」
「はい、心得ました。ご忠告ありがとうございます」
ケイスはにこりと笑った。
団長は何か言いかけて、やめた。
ボルテロたちが、騎士団員に両腕を抱えられて引きずられていく。
抵抗する気力も残っていないのか、ただ足を引きずるだけだった。
その背中が扉の向こうに消えたとき、ガルドがぽつりと言った。
「取り戻したのですね」
「店もお金も、元の生活も……」
声が震えていた。
長い間、ずっと押し込めてきたものが、ようやくほどけていくような声だった。
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
香料屋が、胸に抱きしめていた小さな調香台をそっと見下ろした。
靴職人が、目を細めて天井を仰ぐ。
布地屋は唇を噛んだまま、ただ肩を震わせていた。
しばらくして、薬屋が低く呟いた。
「……戻れる。本当に、もとに戻れるんだな」
それだけで、全員が頷いた。
***
夕暮れの街を二人で歩きながら、レグニアがぽつりと呟いた。
「ケイスのスキルは、本当にすごいな」
「そうみたい。傭兵は勝手に自滅するし、ボルテロは勝手に自白するし」
「それでも、不運は傭兵80%、詐欺師は70%だったんだよ」
「それにしても滑稽だったな」
「まるで三流の喜劇役者みたいだったぞ」
ケイスとレグニアは顔を見合わせて、面白そうに笑い合った。
珍しいな、レグニアが笑うのは。
余程おかしかったのだろう。
普段は無表情のその顔が、夕陽に照らされてほんの少しだけほぐれている。
それだけで、ケイスには十分だった。
「でも……せっかくこんな力があるなら、もっと多くのひとを助けるために使ってみたいな」
「悪いひとには"不運"を、善いひとには"幸運"をって感じで」
レグニアは少し間を置いてから、真剣な顔で頷いた。
「お前と一緒に行動するのは……面白そうだ」
それからぴたりとケイスを見て、付け加えた。
「ただし――私にはそのスキルを使うなよ」
「あんな情けない醜態をさらすのは、絶対お断りだ」
「これでも、ドラゴンなんだからな。畏怖されるべき神獣だぞ」
「……使わないよ」
「約束だぞ」
「約束する」
ケイスが笑うと、レグニアはふいと前を向いた。
だが、その口元がわずかに緩んでいるのを、ケイスは見逃さなかった。
レグニアと、少しだけ距離が近づいた気がする。
***
石畳を踏む二人の足音が、夕闇の街に溶けていく。
軒先からは夕食の香りが漂い、どこかの家からは子どもたちの笑い声がこぼれていた。
「一つだけ気になることがある。不運70%と80%にした詐欺師と傭兵のその後だ」
「ずっと、あんな強烈な不運が続いたら……地獄だぞ」
「そうだね……」
「牢獄に入るのだろうし、不運50%でもいいかな」
「でも、もう会うことがないかもしれないね」
「しかたないか。これまで、ずいぶん酷いことをしてきただろうしな」
レグニアがぽつりと言った。
それきり、ふたりは黙って歩いた。
言葉がなくても、不思議と居心地が悪くなかった。




