第12話 詐欺師ボス、本音だだ漏れです
扉を開けると、豪奢な絨毯の敷かれた部屋の奥に、例の男たち――ガルドたちを騙した詐欺師どもがいた。
金の縁取りのある椅子にふんぞり返り、ワイングラスを傾けている。
壁には高価そうな絵画や壺がずらりと並び、室内には甘ったるい香が焚かれていた。
「騙し取った金で贅沢しやがって……!」
元・店主たちから、怒りの声が漏れる。
ケイスの横で、レグニアが静かに鼻を鳴らした。
「……腐った匂いがする」
「香のことですね?」
「……そうではない。醜悪な人間の匂いだ」
俺たちがいきなり部屋に入ってきたことに驚き、詐欺師たちが大声で喚く。
「おい! どうやって入ってきた? なんでこいつらがここに入れた?」
動揺したのはほんの刹那。
すぐに鼻で笑い、いつもの調子を取り戻す。
「おや、おや……」
「これは、これは。後ろの皆さんも、お元気そうで!」
「スラムで、朽ち果てているものと思ってましたよ」
ふてぶてしい態度で続ける。
「意外としぶといですな」
「で……本日のご用件は?」
「金なら貸せませんよ!」
口元だけ笑っているが、目は嘲りでギラついている。
挑発してこちらを怒らせ、冷静さを失わせようとしているのが見え見えだった。
「ご用件も何もあるか!」
「俺たちから騙し取った金を、耳を揃えて返せ!」
元・店主たちが怒声を浴びせても、詐欺師たちは眉ひとつ動かさない。
むしろ余裕たっぷりに笑い、手元のワイングラスをくるくると回して見せる。
「はっはっは! 何を仰いますか」
「皆さんは、自分の意思で書類にサインしたんですよね」
「それを……詐欺などと……心外ですなぁ」
その言葉に、元・店主たちの拳が震える。
香料屋は涙を滲ませ、靴職人は歯を食いしばる。
布地屋は肩を怒らせて前に出かけた。
だが詐欺師どもは臆さない。
椅子に深々と腰掛けたまま足を組み、唇の端を吊り上げる。
「お前たちのような小汚いスラムの住人がいくら喚こうと、無駄というもの」
「役人は我々の味方です」
「お前たちは、泣き寝入りしてれば、いいんだよ!」
鼻につくほど傲慢な笑み。
この部屋に漂う香の匂い……吐き気がするほど甘ったるい。
(こいつら……本当に腹の底から腐ってる!)
ケイスの胸の奥に、怒りがふつふつと沸き立った。
***
ケイスは静かに念じた。
詐欺師全員の運を、不運70%に調整した。
途端に、自信満々だった詐欺師たちの様子が一変する。
さっきまでの尊大な態度が消え失せる。
全員が妙に落ち着かず、冷や汗を垂らし始めた。
闘志に燃える元・店主たちと、まさに正反対だ。
詐欺師のボス・ボルテロは、内心でせせら笑っていた。
(ふん……どうせこんなバカどもだ)
(偽造契約書と贋金を渡せば、喜んで帰るだろう)
(騙されるバカは、何度でも騙されるものなんだよ)
(街で贋金を使った瞬間、牢屋行き……それで一件落着だ)
(よし、その案でいこう)
ボルテロは仲間に目配せした。
仲間たちも、ボスの意図を察して静かに頷く。
次の瞬間――
「も、申し訳ございませんでしたあぁぁぁ!」
詐欺師全員が一斉に床へスライディング土下座。
顔面から突っ伏して鼻を打ち、「イテッ!」と情けない悲鳴を上げる者までいる。
元・店主たちは呆気に取られ、しばらく誰も動けなかった。
「な、なんだ急に……」
「どうなってやがる、あいつら……」
ケイスはにこりと笑って、ガルドにそっと耳打ちした。
「土下座して謝っているのですから、こちらの要望を伝えましょう」
ガルドは一瞬だけ目を瞬かせ、それから深く息を吸った。
「そうですね」
ガルドが前に出る。
震えていた拳が、今は力強く握りしめられていた。
「とにかく!」
「契約書、店舗と土地の権利証、それからお金」
「騙し取ったもの、全部持ってこい!」
「は、ははぁっ!」
「おい、グレッソ! 例の箱だ!」
「間違えるんじゃないぞ!」
「は、はい! おまかせを!」
グレッソが隣室から大きな木箱を抱えて飛び出してきた。
だが途中で足をもつれさせ、危うく箱を落としかける。
グレッソはよろめきながらもなんとか持ちこたえ、荒い息でボルテロの前に箱を差し出した。
「こ、これになりますっ!」
ボルテロは、いかにも誠実そうな顔で、その箱を押し出した。
(さあ、偽物を持って、とっとと帰れ……)
(お前たちは、終わりなんだよ!)
元・店主たちが中身を確認していく。
契約書と店舗・土地の権利証の束、山と積まれた金貨袋。
「……間違いないようです」
ガルドが、俺へと目を向けて頷いた。
(こいつら……また騙されやがった。バカな奴らだ!)
しかし、確認している箱を見た瞬間、ボルテロの目がギョッと見開かれる。
(……な、なにしてるんだ、あの間抜け)
(まさか……金庫に保管してあった本物の書類と金を持って来てるじゃないか!)
慌てて「間違ってるぞ!」と目で合図を送る。
グレッソはまったく気づかない。
意味を取り違えたのか、ニヤッとしながら首を縦に振っている。
睨みつけたら、さらに首をぶんぶん。
その拍子に首をつったようで、顔を歪めて苦悶していた。
(バカ野郎! あいつは冷静で、一度もヘマをしたことがなかったのに……!)
ボルテロの顔が、みるみるしかめっ面に変わっていく。
(まぁいい)
(詐欺なんて……次のカモを見つければいいだけだ)
だが――不運スキルの効果はまだ続いていた。
胸の奥に押し込めておくべき言葉が、喉元までせり上がってくる。
詐欺師のボスは、抑えきれずに口を開いた。
「次のカモを……あ」
しんと静まり返った部屋に、その一言が落ちた。
全員の視線が、ボルテロに集まる。
「……今、なんと言いました」
ケイスが、穏やかな声で聞いた。
いつもの、あのひと懐っこい笑顔で。
ボルテロは青ざめた。
部屋の隅で、ガルドがゆっくりと息を吐いた。
長い間、ずっと胸の奥で凍りついていた何かが、ようやく溶けていくような気がした。
香料屋が、静かに目元を拭う。
靴職人が、低く呟いた。
「……終わりだな、お前たちは」
誰も、怒鳴らなかった。
それだけで、十分だった。




