第10話 奪われた人生を、取り戻す
ガルドの話は続く。
「詐欺師に、店もお金も取り上げられ、このスラムに流れ着きました」
「そのとき、わかったんです。被害者は、私だけじゃなかったと」
「そのひとたちからの話も聞けますか?」
「もちろんです」
ガルドは、パンの袋を両手に持った。
「彼らも、私と同じ境遇です。私の家族だけが食べることはできません。いただいたパンを、彼らに渡してもいいですか?」
「もちろんです。足らなければ、もっと買ってきますから」
「ありがとうございます」
(このひとは、誠実なひとなんだな)
(ガルドさんの話は本当なんだろう)
ガルドは、ケイスたちをスラムに住む被害者たちのもとへ案内した。
ガルドが呼びかけて、元店主の男たちが集まってくる。
男たちの後ろには、妻や子供たちもいる。
だが、大人も子供も栄養不足なのか元気がない。
「みなさん、このパンは、アーサー家のケイス様と、レグニア様からいただいたものです」
「みんなで食べてください」
ガルドが呼びかける。
「……ありがてえ」
「子供たちに食わせてやれる……」
「神様みたいなひとだ」
誰かが呟き、全員が一斉に深く頭をさげた。
「まずは、食べてください」
「食べ終わったら、事情をお聞かせください」
ケイスがにっこり笑う。
子供たちが、パンに手を伸ばした。
小さな手でちぎって口に入れた瞬間、目がまんまるになる。
「……おいしい」
細い声で、ぽつりと言った。
それだけで、まわりの大人たちが泣きそうな顔をした。
母親たちも、子供に食べさせてから、ようやく自分の口に運ぶ。
ひとくち噛みしめるたびに、肩の力が少しずつ抜けていくように見えた。
レグニアが、ぼそりと言った。
「……腹が減った子供の顔というのは、見ていて辛いな」
(レグニアも、感じるんだな)
ケイスは黙って頷いた。
***
男たちは、かつて王都で店を構えていた人々だった。
薬屋、香料屋、施術師、布地屋、彫金師、靴職人……皆、同じ手口で騙され、すべてを失っていた。
香料屋は小さな調香台を胸に抱きしめながら、声を震わせていた。
「手放した店を、いまでも夢に見ます。もう一度……あの店で働きたい」
「金融相談所には冒険者崩れの傭兵どもが用心棒にいます」
「私たちでは、とても太刀打ちできません」
「ですが、このままスラムで朽ち果てたくもありません」
ケイスは黙って話を聞いていた。
ひとりひとりの顔を、ちゃんと見ながら。
その横でレグニアも無言だった。
だがそのルビーの瞳は、スラムの住人たちを一人ひとり静かに映していた。
しばらくして、ケイスが口を開いた。
「皆さん、自分たちの店とお金を、取り返しませんか。私もお手伝いします」
ケイスは静かに念じた。
『幸運80%』
外見上は何も変わらない。
だが、男たちの表情が少しずつ変わり始めた。
うつむいていた顔が上がり、拳が力強く握りしめられる。
(よし、効いてきたみたいだな)
「皆さん、詐欺に遭ったくらいで、へこたれないでください」
「店主だった頃を思い出して、自信を持ってください!」
これまでなら空しく響いたはずの言葉が、今は違った。
男たちは大きく頷いた。
「よーし、まだ動ける力が残っているんだ!」
「奪われた人生を取り戻してやる!」
「俺たちの誇りを、返してもらうぞ!」
男たちの目に、再び炎が宿った。
「詐欺師の店は傭兵が護衛しています。危ないからケイス様は、来ないほうがいいです」
「大丈夫だ。レグニアは傭兵の十人や二十人くらい平気だ」
レグニアがケイスの隣に並び、静かに言った。
「もっとたくさんいても問題ない」
男たちがどっと沸いた。
薬屋が笑いながら言った。
「レグニア様がいてくださるなら、なんとかなりそうですね!」
「よし、取り返しに行くぞ!」
ガルドが力強く叫ぶ。
(レグニア、街ごと壊さないかな。大事にならなければいいのだけど)
(のんびり暮らすつもりだったんだけどな)
***
向かう先は王都の中央部。
白壁に金色の看板が掲げられた、立派な石造りの建物。
その看板には「行政提携・金融相談所」と記されている。
"行政提携"その四文字だけで、なんとなく信じたくなってしまう。
詐欺の常套手段とは、そういうものだろう。
入口には鎧姿の粗暴な傭兵たちが数人。
かつて冒険者だったが、今ではこの組織の番犬に成り下がった連中だ。
傭兵たちは近づいてくる一行を眺め回した。
「なんだ? 用か」
傭兵が面倒くさそうに腕を組んだ。
だが一歩前に出たのは、乞食ではない。
かつて気概を持って働いていた元・店主たちだ。
ガルドが静かに、しかし揺るぎない声で言った。
「奪われた店とお金……すべて、返してもらいに来た」
元・店主たちの気迫に、傭兵たちの表情がわずかに変わった。
ケイスはその瞬間、スキルを発動し、傭兵たち全員の運を、不運80%に調整した。
(不運80%にすると、どうなるのだろう。死んだりはしないと思うけど)




