25話 いじめっ子を倒します
「みなさん、一日お疲れさまでした! 最高のオープン日になりましたっ」
空が茜色に染まる頃、私は店内で仲間たちに告げた。
用意した分はすべて売り切れ、すでにお客さんたちもいない。
店内には、私たち五人だけが残っている。
「大盛況だったわね。お客さんもみんな喜んでいたわ」
「リピーターになってくれると嬉しいんですけど」
「いけるでしょ。あんたの料理は特別だし、自信持ちなさいって」
ロリナの言葉がスッと胸の奥に入っていく。
本当に、日本のあれこれが異世界では十分すぎるほど通じている。
今後はもっと人材を増やしたり、メニューを豊富にできたら最高かもしれない。
「店長の用意した服、すっごく評判良かったですよ!」
「私たちも着ててテンションあがります!」
「次もまた頑張りますね!」
「助かります。ひとまず、お店は週末のみ開きます。また、お願いしますね」
ロリナも看板娘の三人も、顔も性格も良いのでかなりの男性ファンがついていた。
私としては、ストーカーみたいな人が増えないかだけは少し心配だけど。
それはさておき、私はジュースやお菓子類をテーブルの上にドッサリと置いた。
「みんなで乾杯しましょう〜!」
「「はーい!」」
日が暮れるまで、私たちはちょっとしたパーティを楽しんだ。
☆
月曜の朝、私は寝ぼけまなこを擦りながら校門を通る。
オープン初日で入った利益は約36万リル。 素材が足りれば、もっと稼ぐことはできただろう。
人件費はかかるけれど、食材の仕入れにリルはほぼかからない。
問題は感謝ポイントが少なくなってきていること。
残り……約3万ポイントか。
平日の間に、感謝されることをしないとね。
「早く踊れよ〜。いつまで俺たちを待たせるつもりだよ」
校内に入ってすぐ、近くからやけに尖った声が聞こえてくる。
踊るってなんだろう?
どうやら階段下の薄暗いスペースに、何人かの男子がいるみたいだ。
見逃せないのは、その中にアレジオがいたこと。
「おいスランド、早く服脱いで踊れよ。それともこの間みたいに、女子に告白するか?」
「許してください……! あれが広まって、いまクラス中でバカにされてるんです」
「ハハッ、Dクラスのバカに、バカにされてんのか!? 笑える!」
背の高くて坊主の男子が、小柄な男子生徒——スランドのことを何度も小突いている。
そのすぐ後ろでは、アレジオを含めた三人の男子がそれを眺めて楽しむ。
典型的なイジメだ。
アレジオは一切手を出したりしない。
実行役は坊主の人で、アレジオは自分では一切手を出したりしない。
変に狡猾だもんね。
「っていうかさ、君のバッグからはみ出してるそれって何かな?」
アレジオが指摘すると、坊主男子がすぐにそれを取り上げた。
「あっ、やめてください!?」
「何だこれ?」
スランドが取り返そうとするが、坊主男子が高く持ち上げたので手が届かない。
肝心のそれは、木彫りの人形のようだった。 遠目でわかりにくいけど、騎士か兵士かな?
「それ、僕にも見せて欲しいな」
「どうぞ、アレジオ様。くだらないものですが」
「がははは!」
坊主がふざけて、取り巻きたちが爆笑する。
本当に知性を感じないし、嫌な人たちだよね。
アレジオは人形を眺めてフンと鼻を鳴らした。
「君さ、将来の夢は? バカにしないから言ってごらん」
「き……騎士に、なれたら……」
「ハハハハハッ! Dクラスの君が騎士!? こんな面白いことないよッ」
バカにしないって言ったよね!
舌の根も乾かないうちに嘘をつくアレジオは、本当に人として最低だと思う。
彼はスランドの頭に手を乗せ、偉そうに語る。
「人って生まれが九割だよ。才能があったらDクラスには入らない。諦めた方がいい」
「おはようございます、アレジオ様」
「リナリー!?」
もう我慢ならないので割って入ることにした。
さすがのアレジオもイジメはかっこ悪いことと認識しているのか、明らかに焦っている。
あ、これは、と中々二の句が継げないご様子。
「もしかして昨日慌てて食べた鶏の唐揚げ、まだ喉に詰まっていますか?」
「そんなわけないだろ! それより、どうしてここにいるんだ」
「学生が学校に来るのは当然のことです。アレジオ様こそ、彼をクビにしてくれたのですか?」
もちろん執事のことだ。
雇い主の婚約者を罠に嵌めようとしたのだから、普通はタダじゃ済まない。
アレジオは急に声のトーンを落とす。
「それについては保留中だよ……。もう、行くぞ」
居づらくなったアレジオは人形をスランドに返すと、取り巻きたちと立ち去った。
当然、クビにはできないよね。
私のお店を潰そうとしていた真の黒幕はアレジオなんだから。
「婚約者のアレジオ様が失礼しました。いつもああで、私も困っているんです」
「……いえ、ぼくはこれで」
「えっ、すごい!」
「はい?」
私の口から自然と出た感想に、スランドがきょとんとする。
「その木彫り人形です。よかったら見せていただけませんか」
「……どうぞ」
戸惑いつつもスランドは人形を貸してくれた。
剣と盾を持った騎士が彫られているのだが、これがまた精緻な作りで舌を巻く。
卓越した技術があるのは誰の目にも明らかだった。
「お一人でこれを?」
「はい。子供の頃からの趣味で。いい年して、恥ずかしいですけど」
「恥ずかしくなんてないですよ! 私、感動しました。こんなにかっこ良い騎士を彫れるだなんて」
お世辞とかじゃなく、本気でそう感じた。
木彫り職人の作品と言われても信じられる出来で、私は衝撃を受けている。
スランドは頭に手を当てて、照れくさそうに言う。
「そんな褒められたの初めてです……! すごく、嬉しいです」
「続けた方がいいと思います! 商品として売れますよ」
「はい、これからも頑張ります。リナリー様」
最初の印象通り、彼は大人しくて優しいのだと思う。
攻撃性がないからこそ、アレジオたちに狙われたのかもしれない。
「ところでアレジオ様たちには、いつもああいうことされるのですか?」
「……はい。ただアレジオ様に手を出されたことはありません」
やっぱりね。
問題になった時まで想定して、上手く動いているつもりなのだろう。
アレジオらしい。
「反撃してみませんか?」
「反撃ですか!? そんな……。それにリナリー様は婚約者ではないんですか」
「婚約者だからこそ、彼の愚行を正したいんです。それとも、スランドさんはあまり悩んでませんか?」
私の独りよがりになるのは良くない。
一応質問してみると、彼は床の一点をジッと見つめた。
何度か深呼吸した後、意を決したように話す。
「……すごく嫌です。学校も、もう辞めようかと思ってて……」
「やり返しましょう。協力します」
「でもどうやって?」
「私に妙案があります。これ見てください」
私は握りこぶしの中に、以前購入して保存しておいたゴキブリのオモチャを出す。
そして彼の前で、手を開いてみせる。
ゴキブリを目にした彼は驚いて、数歩後ろに下がった。
「ゴキブリじゃないですか!?」
「と思いますよね? これ偽物なんです」
「えっ? それが、偽物?」
彼は恐る恐る、それを確かめる。
恐怖はすぐに感心に変わった。
「凄すぎる……。こんなの本物の死骸にしか見えない。どこで売ってるんですか?」
「日本っていう、遥か遠くの国です」
「すごい国があるんですね。世界は広いなぁ」
異世界の話しちゃってごめんなさい。
私はアレジオがゴキブリが大の苦手だという情報を伝えた上で、今回の作戦を伝えた。
話を聞いた彼は、やっぱり不安そうだ。
「本当に、大丈夫ですかね……?」
「もし失敗したら、私が全力で助けにいきます」
「わかりました。今日の放課後、呼び出されているのでやってみますね」
「それでは、このブツを渡しておきます」
私は感謝ポイントで取り寄せた、作戦に必要なブツを彼に渡した。
一日、アレジオの様子を観察してみたが、特段変わったことはない。
いつも通り、周りによくわからない自慢をして一日を過ごす。
放課後になって自慢にも飽きると、私のところに来た。
「言っておくけど、あれは執事が勝手にやったことで僕は関係ないよ」
「そうですか」
「それと唐揚げだけど、まあまあだね。気に入ったから週末も行ってあげるよ」
「すみません、出禁です」
「は!? 婚約者の僕が出禁っておかしいだろう!」
「毒サソリを入れるような方の付添人は、当店は受け入れません。ジード様の処分が決まったら教えてください」
「クッ……! 別にいいさ、うちは貧乏なフォルジア家と違って、美味しい肉が食べ放題だ」
負け惜しみを言い残して、アレジオは教室から出ていく。
唐揚げ欲しがってるねー!
ニヨニヨしつつ、私も立ち上がる。
彼の後を追う前に、まずは担任のアバイン先生に声をかける。
「先生、大事なお話があります」
「……話してみろ」
簡潔にいじめの件を伝え、私は急いでアレジオの後を追う。
彼が取り巻きたちと合流してから向かったのは、室内運動場の裏だった。
すでにスランドがいて、落ち着かない様子だ。
私は見つからないよう、木の陰に身を隠す。
「うーす。ちゃんと来てたかスランド」
例の坊主男子が、スランドの首に手を回して軽く締めつける。
「うっ……苦しいです」
「おう。あれを出したら緩めてやるよ。持ってきたんだろうな?」
多分、金銭だろう。
アレジオがただの庶民と絡むとは思えないから、取り巻きはそれなりの貴族のはず。
お金に困ってないのに、最低な人たちだ。
でもスランド、君ならいけるよ!
応援が届いたのか、彼は行動に移した。
彼の服の中から、ボタッとなにかが地面に落ちた。
「金貨落とすんじゃねえよ。しょうがねえな…………ウワッ!?」
勘違いした坊主男子が拾うとして、飛び退く。
「どうしたんだい? ホールドが解けちゃったじゃないか」
余裕綽々で高みの見物をするアレジオに、坊主男子は震えた声で伝える。
「こ、こいつの体から、あれが……。死骸だと思います」
「ん、なにかな?」
アレジオが近づき、落ちている物を確認して絶叫する。
「うわああああああ!? うわあああああああああっ!?」
青天の霹靂って感じなのかな。
笑っちゃうほど取り乱している。
でもスランドの反撃はここで終わりじゃない。
わざとらしく頭を下げる。
「あ、ごめんなさい。ぼく、グロい虫が好きで標本にして持ち歩いているんです。ほら」
バラバラバラと彼はポケットや制服の内側から、グロ生物の標本を落としていく。
ゴキブリ、ムカデ、クモなど。
その数、二十を超える。
私が1000Pくらいで取り寄せた、ドッキリ用のオモチャだ。
なるべくリアルっぽいのを選んでおいた。
「ヒィィ……。あ、あ、頭、おかしいのか君は!?」
「よかったら、アレジオ様もお一つどうですか?」
「やめろぉおぉぉおぉおおお——!?」
スランドが手で持って渡そうとするものだから、アレジオは悲鳴をあげながら尻もちをつく。
取り巻きたちも本物だと信じ込み、ドン引きしている。
ここで、宴の参加者がいきなり増えた。
アバイン先生だ。
建物の屋根からジャンプして、地面に華麗に着地を決めた。
なんという身体能力……。
一部始終を見た先生は、私の情報が嘘じゃないと確信したのだろう。
「おいアレジオ。それに他のクラスの取り巻きども。貴様らは普段から、こんなことをやっているのか?」
「先生、誤解です! むしろ僕たちは被害者です。彼を見てくださいっ。気味の悪い虫をあんなに持っています」
必死に抗議するアレジオだが、先生の心には全く届かない。
眼光を厳しくして、アレジオを睥睨する。
「貴様らから身を守るためだろ。全員、オレに付いてこい。たっぷり絞ってやる」
「僕は、被害者なのに……」
被害者面もいいところだよね。
先生はスランドの肩をポンと叩く。毒虫は踏まないようにしているのが、さすがです。
「よく勇気を出したな。それを忘れるなよ」
一秒だけ微笑むと、先生はすぐに鬼の形相に戻った。
アレジオたちに軽く蹴りを入れつつ、移動を促す。
途中、先生は私の方を一瞥して親指を立てた。
こちらはこめかみに手を添え、敬礼で返す。
任務完了であります。
普段怖いけれど、あれぞ教師の鑑だよね。
彼らがいなくなると、私はスランドのところにいく。
「やってやりましたねー!」
「うん、ぼくにも出来た……」
「もう安心ですよ。もし、またいびってきたら、私に言ってください。アバイン先生に告げ口します」
アレジオは、もうスランドをいじめないと思う。
ゴキブリを愛する人間と信じ込んだので、二度と関わりたくないと考えているはず。
「リナリー様のおかげで、学校を辞めずに済みます。本当に、ありがとうございました……!」
スランドが出会ってから一番いい笑顔を見せてくれた。
チャリーン♪
4500Pもの感謝をいただきました!
「——ひぎゃぁぁぁあああああ!?」
遠くから聞こえてくるアレジオの声音を、私はしみじみと聞き入る。
いい悲鳴ですね〜。
お読みいただき、ありがとうございます。
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