26話 英雄になりたがる小物
嬉しいことに、週末の店舗日は予想を遥かに上回る客足だった。
オープン初日の熱気は冷めるどころか、口コミが王都中に広まったらしく、二日目、三日目と増える一方だった。
ひたすら鍋を振るい、額の汗を拭う暇もないほどだ。
でもそんな忙しさの中に、確かな手応えと新しい『彩り』が加わっていた。
スランドが自作のメニュー立てや木彫り像を作って、お店に届けてくれたのだ。
「このメニュー立て……本当に素晴らしい出来です。細部まで命が宿っていますね」
「い、いえ、そんな。リナリー様のお店に置いていただけるだけで、僕は……」
レジ横の特等席には、彼が精魂込めて彫り上げたダークドラゴンの木彫り像が鎮座している。
アルミラの荒々しくも美しい姿が完璧に再現されており、今にも咆哮を上げそうな迫力だ。
各テーブルには、可愛らしい小鳥や草花が彫り込まれたメニュー立てが置かれ、無機質だった店内に温かみを与えている。
常連の冒険者や近衛騎士たちは、料理を待つ間もその細工に釘付けだった。
「おい、このドラゴンの像、いくらなら譲ってくれるんだ!?」
「この滑らかな研磨、ただの職人技じゃないな」
そんな絶賛の嵐を聞くたび、スランドは顔を真っ赤にして俯いていたが、その瞳には以前にはなかった自信の光が宿り始めている。
うん、もっと自信持っていいよね。
本当に天才の域に達していると思う。
「スランドさん、お支払いもしますので。金額などあれば仰ってください」
「金額だなんて……。材料費だけで大丈夫です」
「いえいえ、職人レベルの技術には、正当な対価を支払うのが流儀だと思います。これで足りなければ、あとで追加いたします」
「あ、ありがとうございます……! それでは、いただきます!」
彼の手のひらに、ずっしりと重みのある硬貨の袋を乗せる。
平日は学園で困っている人を助けて感謝ポイントを稼ぎ、週末はそのポイントで仕入れた現代の味でリルを稼ぎ出す。
このサイクルがいい感じに噛み合い始めてきた。
フォルジア家の財政状況は劇的な改善のため、リナリー、頑張ります。
☆
忙しくしていたら、一ヶ月があっという間に過ぎ去った。
季節が少し進み、学園生活にも慣れてきて、私たちはすっかり油断していた。
ホームルームの時間に爆弾が落とされたのだ。
担任のアバインが教壇を強く叩き、野獣のような鋭い視線を生徒たちに向ける。
「来週から二日間、魔の森での野営実習を行う。ただの遠足だと思うな。魔物討伐を含めた、実践的なサバイバルだ。……いいか、死ぬ気で準備してこい。甘えてる奴から脱落するぞ!」
その宣告に、教室は一瞬で氷ついた。
貴族の令嬢や、裕福な家で育った生徒たちにとって、森での野宿は想像を絶する苦行でしかない。
「最悪……。お風呂にも入れないなんて、肌が荒れちゃうわ」
「食事だって、石みたいな干し肉と温い水だけだろ? そんなの耐えられない……」
周囲が絶望のどん底に叩き落とされる中、私一人だけは、机の下で小さくガッツポーズを作っている。
キャンプ。
それは現代日本の智恵と、通販ポイントが最も輝く舞台だ。
過酷な環境であればあるほど、現代のアウトドアグッズや「キャンプ飯」の価値は跳ね上がる。
これを機に、クラスでのポイント稼ぎを加速させない手はない。
☆
そして迎えた実習当日。
鬱蒼とした古木が立ち並び、どこからか魔物の気配が漂う魔の森の安全地帯。ここが、私たちの拠点となる。
「くそっ、この帆布、なんでこんなに重いんだよ……」
「ペグが折れた! 土が硬すぎるわ、誰か代わって!」
他の班が重苦しい表情で、分厚い布と木の支柱、そして慣れないロープワークに悪戦苦闘している。
そんな中、私はリュックから一塊のナイロンの束を取り出した。
「さて、始めましょうか!」
バサァッ!
袋から出し、中心のハブを押し込む。
それだけの動作で、折り畳み傘のように骨組みが展開し、数分としない内に快適なワンタッチ大型テントがその姿を現した。
ロリナや同じ班の女子たちが、唖然として固まっている。
「な、なによそれ!? 一瞬で家が建ったわよ!?」
「効率的に組み立てられる道具なんです。中に入ってください。床には冷気を遮断するマットを敷いてあるし、寝袋は羽毛入りです。明かりもありますよ」
ついでにこのLEDランタンを灯しておく。
暗い森の中に、太陽のような温かい光が灯る。
さらに強力な虫よけスプレーを周囲に噴霧しておけば、不快な羽音に悩まされることもないんだよね。
女子たちは「ふかふか……」「外より暖かいわ……」と、寝袋の虜になっていた。
けれど、本番はこれから。
夕闇が迫り、他の班が焚き火でカチカチの保存食を炙り、虚しい咀嚼音を響かせ始めた頃、私たちの拠点からは暴力的なまでの芳香が放たれ始める。
「今夜は、厚切り肉のバーベキューです。特製のタレをたっぷり絡めて焼きましょう!」
ジュウウウウウウッ──
鉄板の上で、脂の乗った肉が踊る。醤油、ニンニク、リンゴ、そしてスパイスが複雑に混ざり合った焼肉のタレが熱せられ、香ばしく焦げる匂いが風に乗ってキャンプ地全体へと拡散される。
「ああっ……! なんだ、この腹を掴まれるような匂いは!?」
「あっちの班だけ、食べてるものが次元を越えてるぞ……!」
匂いに釣られた生徒たちが、ゾンビのようにフラフラと集まってくる。最後にはアバイン先生まで声をかけてくる。
「おいリナリー……。規律を乱すわけにはいかないが、その……毒見が必要だろうな」
そんな風に、涎を堪えながら現れた。
「もちろん、みなさんの分もちゃんとありますよ」
「おぉ、それはありがてえ!」
結果として、余った肉を少しずつ分け与えるだけで、感謝ポイント獲得の通知が鳴り止まなくなった。
☆
深夜になった。
いまのところ、危険な魔物にも遭遇せずにみんな無事だ。
腹を膨らませた生徒たちは深い眠りに落ち、森の静寂が戻ってきた。
そんな中、私は寝袋の中で耳にイヤホンを押し当て、神経を研ぎ澄ませている。
手元にあるのは、スマートフォンほどの小さな黒い機械。
これは超小型収音マイクの受信機だ。
昼間、アレジオたちが不自然にコソコソと集まっていた。
なんか悪そうな相談していたんだよね。
そこで念のため、彼らのテントの近くにマイクを仕掛けておいた。
基地局などの通信網がなくても、数十メートル以内なら機器同士の直接の電波で音声を飛ばしてくれる、トランシーバーのような仕組みの優れものだ。
ノイズの向こうから、アレジオの得意げな、それでいて不快なほど歪んだ声が聞こえてきた。
『……いいか、お前ら。この野営実習は、僕たちがクラスの女子から尊敬を集める最大のチャンスだ』
『さすがアレジオ様。でも、一体どうやって?』
『簡単なことさ。明日の深夜、この魔物寄せの香を女子テントの近くで少しだけ焚く。そうすれば、森から低級の魔物が釣られてやってくるだろう』
寝袋の中で、私はジトっとした目つきになる。
アレジオらしいなと。
『えっ……わざと魔物を呼ぶんですか!? いくら低級でも危険では……』
『馬鹿だな、だからいいんだ! 女子たちが恐怖に震えて泣き叫んでいるところに、僕たちが武器を持って駆けつける。そして魔物を華麗に退治して救い出す……そうすれば、僕らは命の恩人であり、絶対的な英雄だ!』
取り巻きたちのテンションが沸騰する。
「おおっ!」
「素晴らしい、名案です!」
媚びへつらう声が響いた。
『フフフ……これで女子たちは僕にメロメロだ。僕をコケにしたリナリーも、僕の力にひれ伏して泣きついてくるに決まっている。明日が楽しみだなぁ』
私は静かに録音を停止し、暗闇の中で深いため息を吐いた。
……要するに、わざと魔物を呼んで自分たちで退治し、女の子たちにキャーキャー言われたい、ということね。
自作自演で人気取りとは。
やることも、考えることも、どこまでも浅はかで小者すぎるよ。
とはいえ、呆れてばかりもいられない。
低級とはいえ、意図的に魔物を呼び寄せるなど、一歩間違えれば大惨事になりかねない。
自分の虚栄心を満たすために、他人の命を天秤にかける。その傲慢さは、もはや笑い事では済まされないんじゃないかな。
「……くだらない英雄ごっこは、止めないと」
私はイヤホンを外し、暗視カメラや防犯グッズの詰まったリュックを、そっと引き寄せた。
「アレジオたちが英雄? ……あり得ないかな」
明日、彼らが仕掛けてくるその瞬間。
決定的な証拠をこのカメラに焼き付けつつ、そのふざけた企みを根底から粉砕してあげるしかない。
私は闇の中で静かに、反撃の牙を研ぎ澄ませた。




