24話 誰が毒サソリを入れた?
突然店に現れたアレジオは、自信たっぷりのドヤ顔で話す。
「リナリー、高貴な僕が来てくれて嬉しいだろ?」
嬉しいわけあるかーい!
そうツッコみたい気持ちを抑えて顔を逸らす。
そしてお連れの執事に注目し、私は首を傾げる。
落ち着いた燕尾服に黒い布手袋。
手袋は清潔感のある白が基本なので、黒は珍しいかも。
ブスマン家には何度か行ったことがあるけど、彼とは顔を合わせたことはない。
「初めまして、ですよね……」
「お初にお目にかかります。わたくしはジードと申します。リナリー様のお話は、かねがねお聞きしておりました」
私は驚いた表情を出さないように頑張った。
この間の庭荒らしの犯人は、執事のジードに頼まれたと話していた。
この人か……!
「しかし、どことなくカビ臭い気がするけど気のせいかな~?」
「気のせいです」
アレジオの言葉を即座に否定しておく。
掃除はちゃんとやったので、いまはカビ臭くなんてないからね。
ムッとした様子のアレジオには反応せず、空いている席に案内した。
本当は追い出したいけれど、そういう訳にもいかないのが辛いよ……。
「ご注文はお決まりですか?」
「僕はカラアゲと飲み物を」
「わたくしはヤキソバと飲み物をお願いします」
「畏まりました。少しお時間かかりますので、お寛ぎになってお待ちください」
私が厨房に戻る途中、アレジオのやたら大きな声が耳に入る。
「ジード、ここ衛生管理大丈夫かな? さっき虫が店内に入るのを見たよ」
「立地的にも、ここは虫やネズミが多いところです。少し怖いですね」
「そうか……僕の大嫌いな虫やネズミが多いのは嫌だな」
周囲の客に、あえて聞かせるように二人は会話する。
私は平常心を保ちつつ厨房に戻った。
アレジオは絶対に、なにか仕掛けてくる。
あの程度の嫌がらせで終わらせるわけがない。
私は料理を作り終えると、またカメラで写真を撮る。
今回は念入りに色んな角度から撮って保存した。
念のため、アレジオたちのだけは私が直接に料理を運ぶ。
「お待たせしました。焼きそばと唐揚げ、レモンスカッシュになります」
料理を彼らの目の前に置く。
アレジオが目を眇めながら、普段よりも大きい声量で言う。
「随分と茶色っぽいね。焦げてるのかい?」
「アレジオ様はご存じないでしょうが、焦げとはもっと黒いものです」
「焦げくらい知ってるさ! 覚悟しなよ、僕は舌だって伯爵級だ。まずかったら吐き出すぞ!」
「他のお客様に迷惑なので、早く食べていただけると助かります」
「迷惑ってなんだ! ……まあいいさ。ジード、いただこうじゃないか」
ようやく口を閉じたアレジオは、フォークで乱暴に唐揚げを突き刺す。
回しながら眺め、ようやく口に入れて噛み切る。
二回、三回と顎を動かした後、彼は咀嚼を止めた。
目が点になっていると表現した方がいいだろうか。
「吐き出さなくて、安心しました」
「べ、別に、美味しいわけじゃない……。初めて食べる味だから、ビックリしただけだ」
「そうですか」
「もう、そろそろ厨房に戻ったらどうなのかな」
「はい、そうしますね」
すっかり他の客にも注目されてしまった。
早くアレジオが帰ってくれたら安心なんだけど……
「――ヒッ!? こっ、これはぁ!?」
ガタッ、と椅子が引く音がしたので振り返ると、ジードが立ち上がって頭を抱えていた。
何事か確認するより先に、アレジオが激しく怒鳴る。
「リナリー、いますぐ来るんだ! いますぐにだッ!」
言われなくてもいきますよと、そちらに急ぐ。
料理を確認すると、ジードの焼きそばの上に見慣れないモノがあった。
……なにこれ、サソリ?
五センチくらいと小さめだが、長い尻尾や蟹みたいなハサミが確認できる。
なんで焼きそばの上にサソリがいるの?
戸惑う私に、ジードが説明する。
「食べていたら、中からなにかの一部が出ているのに気づきました。調べたら、このサソリの死骸だったのです」
「いくらなんでも衛生管理がなってなさ過ぎるぞ! うちの大事な執事が、何口か食べてしまったんだ!」
ザワザワ……と店内の客たちが一斉に騒ぎ出した。
みんながテーブルに集まってきて、その中にいた男性客が声を上げる。
「おい、それ毒黒サソリだぞ。刺されたら死ぬこともある!」
「ちょっと、大丈夫なのこのお店……!?」
お客さんたちに動揺が広がっていく。
……そういう嫌がらせなのね。
腹立つ気持ちはあるけど、いまは解決するのが先決だ。
「まずは確認させてください」
私はまずサソリの状態をチェックする。
死んではいるものの、乾いた感じもなく死体は新しめだ。
しかも形がどこも崩れずに残っている。
こんなの不自然すぎるでしょう。
薄いニトリルグローブを取り寄せ、サソリに触れてみる。
現在、麺が接触していない背中部分を調べると、温度を感じなかった。
「これは、料理の中に入っていたとは考えにくいです」
「そんなわけない。君が料理しているときに、入ったのに気づかなかったんだ」
アレジオの主張に、私は間髪入れず反論する。
「焼きそばは出来たては7、80度にもなります。その中にしばらく入っていたにしては、温度が低すぎます。熱いどころか温かさすら感じません。それに麺の中に埋もれていたのに、形状も全く崩れていない」
「そういうこともあるだろう! サソリの外殻は頑丈なんだ。言い訳はやめるべきだ!」
「……わかりました」
トーンを落とすと、アレジオの溜飲が下がったのか薄く笑う。
いや違いますから。
なに一つ降参してません。
私はまず録音機を出して、録音ボタンを押してからポケットにしまう。
次に、デジカメを出現させる。
見慣れない物に釘付けになる人たちに、これがなにかを説明する。
「これは魔道具のようなもので、カメラと言います。撮った物を記録して保存できます」
パシャ、と。
アレジオとジード、それにサソリの入った焼きそばを映す。
これは後で、なにかあったときの証拠写真にもなる。
「見てください。これがいま撮ったものです」
カメラの液晶画面で、いま撮ったばかりのアレジオたちの写真を見せる。
おぉ……という驚嘆したような客の声が重なった。
「私はこのカメラで、本日作った料理をすべて記録してあります」
飲食店での嫌がらせは、日本でも日常茶飯事。
タダ飯、または謝礼金にありつこうと、自分で虫を入れる悪人は腐るほどいたと思う。
実際、アレジオたちもそうだしね。
だから念のため、オープンから数日くらいは写真を撮ることにした。
スタートから風評被害はごめんだったから。
「ジードさん、さっき言いましたよね。ヤキソバから、なにかの一部が出ていたと。一緒に確認しましょう」
動揺気味の二人を一瞥して、私はカメラのデータを再生する。
彼らの分は特に何枚も撮ったし、液晶で拡大もできるので、体がはみ出していれば絶対にわかる。
結果は――鋏も尻尾も頭も出てはいなかった。
そもそも中にいなかったからね。
きっと私の目を盗んで、ジードがどこかから取り出して置いたと推測できる。
普通は執事って汚れを確認しやすいよう、白手袋であることが多い。
なのに彼は黒手袋。
これもサソリに触れて、万が一汚れが目立つとまずいからか。
「私がここに運んだ時点で、サソリは入っていなかったと証明できました。ですよね、アレジオ様?」
「グ……」
私が勝ち誇った顔を披露すると、アレジオが歯ぎしりをする。
しかし意外にも、往生際が悪いのはジードだった。
「証拠とは、言えませんな。それが確実に、私たちに出した物とは言えません」
「写真には、時間も記録してありますよ」
「それでもです。別のヤキソバを撮った可能性もあります」
どんな動機!?
そんなの初めから毒虫を入れる予定でもなければ、やらないでしょ。
でも正論言っても彼は納得しないだろう。
「……一つ確認します。ジードさんは、フォークを使っていた。それならサソリには直接触れていませんよね?」
「ええ、毒虫に触る理由がありませんから」
「わかりました。……みんな、手伝ってください!」
私はロリナや看板娘たちを集めて、部屋のカーテンを全部閉めてもらう。
他にも光が入りそうなところは布で隠して、室内をできるだけ暗くする。
それから懐中電灯を出して、テーブルを照らす。
薄いグローブのまま、私はサソリを触って、別の場所に置く。
「いま、私はサソリを触りましたよね? これに反応する特別なライトがあります」
私は急いで3000Pくらいのブラックライトを取り寄せる。
日本にいたとき、アニキサスを確認するために自分で使っていた機種なので使い方はバッチリだ。
懐中電灯を消して部屋を再び暗くする。
次にブラックライトをサソリに当てると、鮮やかなほど青緑に光る。
「サソリってかなり特殊な外殻を持っています。このブラックライトはそれに強く反応します。そして見てください」
私は手を上げ、そこにブラックライトを当てる。
するとサソリを触った部分が、同じように青緑色に光った。
「このようにサソリに触れると、ライトに反応しやすいんです。――失礼します」
私は近くにいたジードの右手を取り、素早くブラックライトを当てる。
すると手袋の一部が、誰の目にもわかるほど青緑色に光った。
「ッ!?」
慌てて手を引っ込めるジードだけど、もう遅すぎる。
一応、私は最後の詰めをしておく。
「ジードさんはサソリには触れてないと嘘をつきました。理由は簡単です。彼がサソリを持ち込んで、料理に入れたからです」
どよめきが起こる中、私は店のカーテンを開けて光を店内に入れる。
客たちが口々に、彼に文句を言う。
「お前、自作自演だったのかよ!」
「最低よ。なんでそんなことをするの!?」
周囲に問い詰められる中、ジードは観念したのかゆっくりと口を開く。
「この近くに、私が経営に関わるお店があります。そのため、ここに繁盛して欲しくなったのです……」
たぶん、嘘だよね。
ただ、ここは証拠がないので追求はしない。
「でも普通、ハエとかゴキブリとかですよ。毒虫の死骸は不自然過ぎます」
「……サソリは毒もあり、一気に悪評が広まると考えました」
「もう一つ、ゴキブリにしなかった理由ありますよね」
きょとん、とするジードに対して、私はアレジオを指さしながら指摘する。
「アレジオ様は、ゴキブリが大の苦手だからです」
「……か、関係ありません! アレジオ様は無関係です!」
「アレジオ様、目の前でジードさんがサソリを置くのを見ていましたよね?」
軽く睨みつけておく。
アレジオは激しく取り乱し、手を上に下に動かしながら答える。
「いやいやいや、僕はその、カラアゲを食べていて、よくわからなくて……!」
「わたくしは、アレジオ様の目を盗んで置きました。アレジオ様はなにも見ていません!」
かなり厳しい言い訳じゃないかなー。
ここにいる全員がそう感じているはずだ。
「仮にそうでも、ブスマン家に仕える執事が婚約者のお店を潰そうとした。その事実は変わりません。謝ってください」
私が強い語調で叱責すると、二人とも黙ったまま床を見つめた。
それからジードが深々と頭を下げる。
「大変、姑息な真似をしました……。すべては私の独断。お許しください」
「二度と、この店に来ないでください。そして、いますぐ出ていってください」
「はっ……」
ジードが背筋を曲げながら、疲れ切った老人のように歩き出す。
大切なのは、ジードが姑息な手を使ったという事実だ。
ここが録音されているので、前回の雇われ悪人たちの『黒幕はジード』発言も信憑性が高くなる。
アレジオと深い繋がりのあるジードが、婚約者を嵌めようとした。
その事実が大事だよね!
「アレジオ様もお帰りになっては?」
「わ、わかってるさ……。僕は無実だけどねっ」
無理のある言い訳をしつつ、アレジオは残りの唐揚げを急いで口の中に入れ込む。
そしてモガモガ言いながら、慌てて出ていって、入口で躓いて盛大にコケた。
う~ん、なにからなにまで決まらない男、アレジオ!
「すっごいじゃない、リナリー! あの馬鹿どもにやり返したわね!」
ロリナがはしゃぎまくっている。
アレジオのこと、嫌いだもんね。
「みなさま、衛生管理には気を遣っております。毒サソリなど入っていませんので、お食事を楽しんでください」
「おう! ヤキソバもカラアゲもめっちゃウマいぞ!」
お客さんたちに笑顔が戻って、店の中はまた活気を取り戻した。
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