20話 嫌がらせされてます
放課後に学校でチラシを配っていたところ、アレジオに軽く小突かれた。
「少し話がある。ついてくるんだ」
彼は有無を言わさず、どんどんと廊下を歩いていく。
私が確実にくると確信しているからだし、実際そうしなきゃいけないのは少し悔しいね。
ひと気のない廊下の端で立ち止まると、目をつり上げながら詰問する。
「店のオープンってどういうことだい? なぜ、僕に黙ってそんなことをする? なにが狙いか、簡潔に答えるように」
「ええと、チラシの通りですよ。私も商売を始めようと思いまして」
「なぜ始める?」
「借金返済がキツいんです」
どこかの伯爵家様がケチって中々出してくれないから。
そう口に出そうになったけど、喉元で止めておいた。
これ以上アレジオを興奮させるのも面倒くさそうだ。
アレジオは一度、深く呼吸をした後に言う。
「なら、そこは父上に頼んでおくよ。その代わり、店のオープンは無しだ」
「それはちょっと……」
「なぜ? まさか君、借金返済してウチとの縁を切ろうとしているのか?」
アレジオめ、こういうときは中々鋭い読みをするよね。
私の肩を掴んできたんだけど、ミシというくらい力が入っていて痛い。
「そんなこと、言ってないじゃないですか」
「僕は認めないよ。どうしてもオープンしたいなら、夏休みの間だけなら許す」
夏休みなんて、まだ数ヶ月先のことだ。
一旦中止させて、あとは有耶無耶にする作戦だろう。
その手にはのりませんよ、と。
「いくらアレジオ様でも、私の行動をそこまで制限できません。そんな契約書があるのなら、私の前に持ってきてくださいね?」
アルミラが食べてくれたので、妻の利益は夫のもの……という巻物はこの世にない。
「クッ……」
血が滲むほど唇を噛みしめるアレジオに背を向けて、私は軽やかステップでチラシ配りに戻った。
ロリナも手伝ってくれたおかげもあり、すべて渡し終えた。
二人で達成感に包まれながらハイタッチをする。
「いい感じね。あんたの店、流行るんじゃない?」
「そうなったら、ロリナのおかげですね」
「まーねー」
二人で楽しく話しながら玄関口を出たときのことだ。
ビリビリに破り捨てられた紙が落ちているのに気づく。
嫌な予感がしつつ拾い上げて繋げると、私が印刷したチラシだと判明する。
「ハァ!? 誰よ、こんなことしたの!」
ロリナは周囲を見回すが、私たち以外には人がほとんどいない。
「性格悪い奴もいたものね。リナリー、あんまり気にしない方がいいわよ」
「はい、そうします」
そう答えたが、実際は犯人がわかっていた。
……絶対にアレジオでしょ!
さっきの仕返しもあるだろうけど、多分私が稼ぐことを警戒している。
アレジオからすれば、私が貧乏であることでマウントを取れるからだ。
それに店が大成功したら、家同士のパワーバランスも少し変わる。
だから、あんなに必死だったんだ。
モヤモヤしながら、この日は帰った。
翌朝、学校に行く前に店舗に立ち寄って、私は心臓が止まりそうになった。
「——なに、これ……」
この間掃除して綺麗になった庭が、ゴミだらけだったのだ。
誰かが少し捨てたってレベルじゃない。
庭が埋め尽くされるくらいやられている。
腐った野菜や肉、馬糞のような汚い汚物などが多かった。
犯人は一人じゃないと思う。
ほんの一晩でこんな量を捨てるのは人数かけないとできない。
アレジオが息のかかった者にやらせたか、そういう輩を雇ったのだろう。
「負けてなるものかっ——!」
私はスコップを取り寄せ、すぐに作業に移った。
あらゆるお掃除グッズを使用しても、綺麗にするには何時間もかかった。
学校についたのは、昼休みの終わり頃だった。
教室に行くなり、私はアレジオの元に向かう。
「……アレジオ様は、絶対に私の邪魔をしたいんですね」
「ン? 遅れてきたと思ったら、急にどうしたんだい?」
首を傾げながら、アレジオは不思議そうな顔をした。
この演技に、私は腹の底から怒りが沸いてくる。
「私の店舗の庭に、ゴミが捨てられていました。ご存じありませんか?」
「ご存じありませんよ〜。なぜ、僕がそんな真似をするのかな。証拠でもあるのかい?」
私の怒りの猛攻もここで難なく止められた。
ないんだよね……証拠が……。
昨日の帰りの時点では綺麗だったから、おそらく夜中にやられたのだろう。
そうなると目撃者も少ないし、いてもその人たちとアレジオの関係性を繋げるのは難しい。
「婚約者を疑うなんて、人として良くないぞリナリー。謝ったら、今回だけは許そう」
「……すみませんでした」
「それでいい。女は素直で従順なのが一番だからね、ハハハ!」
アレジオの高笑いはだいぶ神経にくるけど、ここは我慢して教室を出ていく。
今夜はトレイルカメラでも設置しようか?
いや……もうこうなったら店舗に寝泊まりするしかない!
ただ、そうなると不安もあった。
「——リナリー? リナリ−、聞こえる?」
ハッ、とする。
気づくと私のすぐ横にフィロー様がいて何度も声をかけてくれていた。
「ご、ごめんなさい。考え事をしていて!」
「うん、そんな感じしたよ。かなり思い詰めてたね」
「……お店のことで、ちょっと」
「良かったら、少し話してみてよ。僕できることがあれば協力する」
顔だけじゃなくて内面までイケメンやー!
心の中で崇めながらも、私はいま受けている嫌がらせのことについて相談した。
一応、アレジオが犯人だと疑っていることは伏せる。
確証もないしね。
話を聞いたフィロー様の目つきが鋭くなった。
普段の柔らかくて大らかな雰囲気とは違って、デキる将軍みたいな目つきだ。
「リナリーは、どうするつもり?」
「店舗に泊まろうかなって」
「仮に今夜も来たとして……相手は一人とは限らない。暴力的な手段に出るかもしれない。対応できる?」
「うぅ……」
ハッキリ言って全く自信がない。
戦うための武器は取り寄せられる。
ただ、私自身が戦闘能力に長けるわけではないからだ。
こっちの世界の剣や魔法を使う荒くれに襲われたら、あっさりと殺されるかも。
私の困った様子を目にしたフィロー様は、即決した。
「僕も行くよ」
「えっ!? そ、そんなのダメですよ!」
私事で王子に怪我させるなんてあってはいけない。
でもフィロー様の決意は固いようで、首をゆっくりと横に振る。
「いや、行く。大丈夫、策があるんだ」
「ほ、本気ですか? 危険な目にあうかもしれないんですよ……」
「危険な目にあうのは、相手の方さ。それじゃ今夜、お店に向かうね」
フォロー様は爽やかなウインクを残して歩き去っていく。
「お城の強い兵士と一緒に来てくださいねー!」
大きな声を上げると、片手をあげて応えたのでホッとする。
城の訓練された精兵であれば、悪い輩が相手であっても怖くない。
教室に戻ると、ロリナが私の肩に手をかける。
「あんた、午前中どうしたの? なんかあった?」
私は一瞬言葉に詰まる。
お店のことを伝えて、ロリナにも今夜協力してもらおうか?
彼女なら炎の使い手として優秀だし、十分な戦力になってくれる。
「……いえ、少し寝坊しちゃって」
「昼までって寝過ぎよ。どうせ夜更かししてたんでしょ?」
「そんな感じです」
ロリナなら協力してくれるだろうが、今回は伝えずにおく。
お城の兵士が手伝ってくれるし、危険な事には巻き込みたくない。
家で夕食を終えると、私は店舗に向かう。
周囲は薄暗くなっており、ここから徐々に夜も深まっていく。
お店に着いて、まずホッとした。
庭は綺麗なままだ。
やっぱり日中のひと目があるときは、変なことできないよね。
扉を開けようとしたとき、人の気配がして振り向く。
「リナリー、待たせたね」
「フィロー様……」
私はフィロー様の近くにいき、周囲を確認する。
「お城の兵士の方は……?」
「いないよ」
「後から、合流するんですね」
「いや、来ないよ」
「……え?」
「僕一人だけだよ。兵士も必要ないかなって」
一点の曇りもない笑顔を浮かべ、爆弾発言をするフィロー様。
——アルミラーッ!!
美味しいご飯いくらでもあげるから、いますぐ助けにきてっ!
私は心の中で叫びながら、すっかり暗くなった夜空を仰ぎ見た。




