商魂たくましい
駐屯所での打ち合わせを終えた後、イザヨイとシルフィアは再び肩を並べてテアトラムの街を散策し始めた。
空にはうっすらと雲がかかり、少し肌寒いが、防衛の不安が和らいだのか、街の人々の表情は朝よりも少しだけ明るく見えた。
「十日間、かぁ。結構長いよね。それまで大人しくしててくれるといいけど」
「甘いわね。あの黒い瘴気……たぶん十日も待ってくれないわ。それに備えて、わたし達も街の防備の弱点とか、避難経路を確認しておかないとダメよ」
シルフィアは大きな杖をコツコツと鳴らしながら、真剣な眼差しで城壁の修復状況などをチェックしている。
見た目は子供でも、その視点は完全に歴戦のプロだ。イザヨイも彼女のそんなストイックな姿勢には素直に感心していた。
大通りへと差し掛かった時、南門の方から大きな音が聞こえてきた。
ガラガラと重い車輪の音を立てて、数台の立派な幌馬車が連なって街の中へと入ってきたのだ。
馬車には高く荷物が積み上げられており、武装した数人の護衛(傭兵らしき男たち)が周囲を固めている。
「おっ、商隊だ! よく来てくれた!」
「ありがてぇ、食料も薬もギリギリだったんだ!」
広場にいた人々が、安堵と喜びの声を上げて馬車に群がり始める。
その光景を見て、イザヨイは目を丸くして立ち止まった。
「えっ? 商人の馬車?」
イザヨイは信じられないものを見るように、目をパチクリとさせた。
「こんな、いつ魔物の大群に襲われるか分からない状態の街に、商売しに来てくれるの? ……もしかして、あの商人たち、この街の現状を知らないで来ちゃったのかな?」
心配そうに呟くイザヨイ。
ゲームならNPC商人が危険地帯にいるのは「システム的な都合」で片付くが、これは現実だ。
命を懸けてまでこんな最前線に商品を持ち込むなど、普通では考えられない。
その言葉に、シルフィアは「ふっ」と鼻で笑い、呆れたように肩をすくめた。
「何言ってるのよアンタ。Eランクの新人だからって、世間知らずにも程があるわね」
「えっ、違うの?」
「あのね。こんな危険な状況だからこそ、彼らは来るのよ」
シルフィアは荷台から次々と下ろされる食料やポーション、矢の束を指差した。
「街が防衛戦に入れば、当然、食料も武器もポーションも、あっという間に底を尽くわ。街の住人は、どんなに値段が高くても、命を守るためにそれらの物資を買わざるを得ない」
シルフィアの青い瞳が、商人たちの動きを冷徹に見透かす。
「……つまりね。命の危険があるということは、それ以上に『法外な値段で物資を売り捌ける、一攫千金の大チャンス』ってことなのよ。根性のある、あるいは金に目がない商人なら、死ぬリスクを冒してでも、この儲け話に飛びついてくるわ」
「うわっ……マジか」
イザヨイは少し引いたように顔を引き攣らせた。
(需要と供給のバランス……命がけのハイリスク・ハイリターンな商売。確かに、俺もネトゲのレイドボス戦前で、必須の回復アイテムをボッタクリ価格で販売してボロ儲けしたことあったわ)
けれど、同時に妙に納得もしてしまった。
「商魂たくましいっていうか……人間の欲望って、魔物より恐ろしいのかもね」
イザヨイが少し自虐的に苦笑すると、シルフィアも同意するように頷いた。
「そういうこと。でも、彼らが物資を運んでくれるおかげで、街の防衛が助かるのも事実よ。……だから、お互い様ってやつね」
「そっか。……あははっ、なんか笑えてきちゃった。人間って逞しいな!」
イザヨイは、過酷な現実の中でギラギラと輝く商人たちの欲望(と、それに助けられる街のシステム)の図太さに、思わず声を上げて笑ってしまった。
この世界は単なる綺麗事や剣と魔法だけじゃない。泥臭い金と命のやり取りが、しっかりと息づいている。
「ほら、ボケッとしてないで次行くわよ! 次は東区の壁の補強の確認よ!」
「はーい、先輩!」
商隊の到着で少しだけ活気を取り戻したテアトラムの街を、二人の規格外の少女は軽やかな足取りで巡回し続けるのだった。




