空き部屋不足
シルフィアに強引に手を引かれ、テアトラムの少し入り組んだ通りを歩くこと数分。
辿り着いたのは、石造りの立派な外観と、ステンドグラス風のランプが温かい光を漏らす、見るからに高級そうな宿屋だった。
入り口の看板には『月白の白鳥亭』と上品な文字が彫られている。
「うお……ここ、かなりいい宿じゃない?」
「ふんっ。Aランク冒険者たるもの、身体のメンテナンスは最優先よ。野宿とか安宿で疲れを残すような三流とは違うの」
イザヨイが感心したように見上げると、シルフィアは得意げに鼻を鳴らし、杖を鳴らしながらズンズンと中へ入っていく。
(さすがAランク、金持ってんなー)
イザヨイは、リアルな異世界の高級宿に興味津々でキョロキョロしながら後に続いた。
だが……
「あ、シルフィア様、おかえりなさいませ」
「まだ部屋空いてるわよね?」
「い、いえ……それが……全て埋まってしまっている状況でして……」
フロントにいた初老の支配人が、シルフィアの後ろにいるイザヨイを見て、ひどく申し訳なさそうに頭を下げたのだ。
「えっ? なんでよ。さっき私が出る時は、まだ二部屋くらい空いてたじゃない」
「それが、つい先ほど、領主館からあぶれた避難民の方々がお見えになりまして……。防衛のための特別措置として、全てのお部屋を開放せざるを得なかったのです。誠に申し訳ございません」
「そ、そんな……」
シルフィアはショックを受けたようにポカンと口を開け、後ろのイザヨイを振り返った。
「まあ、非常時だし仕方ないよね。連れてきてもらって悪いけど、私はやっぱり別の安宿か、どっかのベンチでも探すよ。ありがとうね、シルフィアちゃん」
イザヨイが苦笑いして引き返そうとした、その時。
「ま、待ちなさいよ!!」
シルフィアが慌ててイザヨイのドレスの袖をギュッと掴んだ。
「だ、だから! こんな非常時に、アンタみたいな無駄に目立つ『デカおっぱい』を外に放り出せるわけないでしょ! 魔物より先に変な男に襲われるわよ!」
「いや、だから襲われても魔法で返り討ちにするってば」
「ダメよ! もしアンタが何か事件を起こして、それが『氷の魔女の正体は実はあのデカおっぱいの女だった!』とか変な噂になったら、わたしの名誉に関わるじゃない!」
シルフィアはめちゃくちゃな論理を展開しながら、顔を真っ赤にして叫んだ。
「だ、だから……っ。今日は、特別に……わたしの部屋に、泊めてあげるわよ!」
「えっ……?」
イザヨイはパチクリと瞬きをした。
「……シルフィアちゃんの部屋に? いいの?」
「勘違いしないでよね! 部屋のベッドが大きすぎるから、半分貸してあげるだけよ! それに、アンタみたいなEランクのド新人に、Aランクの偉大さを夜通し教えてあげるんだから、感謝しなさい!」
シルフィアはプイッとそっぽを向いたが、その小さな手はイザヨイの袖をしっかりと握りしめたままだった。
(……この子ツンデレが過ぎるだろ。根はいい子なんだな)
イザヨイは、シルフィアの不器用な優しさに思わず微笑み、素直に甘えることにした。
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。ありがとう、シルフィアちゃん。先輩、よろしくお願いします!」
「ふんっ。分かればよろしい!」
シルフィアは満足げに胸を張り、ドスドスと大きな足音を立てて二階への階段を上り始めた。
通されたのは、角部屋にある広々とした客室だった。
ふかふかの絨毯に、立派な書き物机、そして何より部屋の中央に鎮座する、キングサイズの天蓋付きベッドが目を引いた。
「うおおっ、すっごい広い! ベッドもデカいなぁ!」
イザヨイが歓声を上げて部屋を見回す。
「これなら二人で寝ても、全然窮屈じゃないね。シルフィアちゃん、本当にありがとう。私、こういう高級なベッドで寝るの初めてかも」
「ふふんっ」
イザヨイが心からの感謝を伝えて微笑むと、シルフィアは杖を置いて、ドヤ顔で胸を反らせた。
「当然よ! わたしは一流の冒険者だもの、このくらいのお部屋に泊まって当然なの。アンタも、いつかわたしみたいになりたければ、精々わたしの背中を見て学びなさい!」
自慢げにふんぞり返るシルフィアだが、その「真っ平ら」な胸を張る姿と、隣で窮屈そうに服の下で揺れるイザヨイの暴力的な双丘との格差が、なんとも言えない残酷な現実を浮き彫りにしていることに、イザヨイだけが密かに冷や汗を流していた。
(……うん、まあ、この子のご機嫌を損ねないように、今夜は大人しく『Eランクのド新人』として後輩プレイに徹しよう)
こうして、おっぱい防具に悩む『見せかけのEランク(中身男)』と、手柄を奪われてご立腹な『本物のAランク魔女(見た目幼女)』による、奇妙でカオスな二人きりのお泊まり会が幕を開けるのだった。




