抱き枕
柔らかな朝日が、天蓋付きベッドの隙間から差し込み、イザヨイの瞼を優しく叩いた。
「ん……よく寝た……」
フカフカの高級マットレスのおかげで、昨日までの馬車の長旅の疲れは完全に取れていた。
イザヨイは気持ちよく背伸びをしようとして――身体の右半分に、ズシリとした心地よい重みと、不思議な温もりを感じてピタリと動きを止めた。
(……ん?)
視線を下に向けるとそこには――
「すぅ……すぅ……」
プラチナブロンドのツインテールを解いたシルフィアが、イザヨイの腕にガッチリと抱き着き、その顔をイザヨイの『圧倒的な双丘』の谷間にスッポリと埋めて、スヤスヤと安らかな寝息を立てていたのだ。
「ええっ……」
イザヨイは声を出さないようにパクリと口を開けたまま、硬直した。
どうやら夜中に寝相の悪いシルフィアが、イザヨイの温もりと極上の柔らかさを求めて、完全に抱き枕扱いにしてしまったらしい。
昨日あんなに「無駄な脂肪よ!」と罵倒していたおっぱいに、皮肉にも今、極上の安らぎを見出している。
(……なんかめっちゃスヤスヤ寝てるな。小さい子が寄り添ってくるのは可愛いけど、俺の中身は男だからな……なんか凄まじく背徳感が……)
イザヨイが困惑しながら、起こさないようにそっと腕を抜こうとした。
その時……
「んみゅ……やわらかーい……パパぁ……」
シルフィアが寝ぼけ声で呟きながら、さらに強く抱き着き、顔をスリスリと押し付けてきた。
当然、その刺激でイザヨイの胸はブルンと揺れる。
「っ……!? ちょっと、シルフィアちゃん! 朝だよ、起きて!」
イザヨイがたまらず、肩をトントンと軽く叩いて声をかけた。
「んぁ……?」
シルフィアの長い睫毛が震え、大きな瞳がパチパチと開かれる。
そして、彼女の視界にまず飛び込んできたのは、自分が顔を埋めていた、至近距離に迫る巨大な『双丘』の谷間だった。
「……え?」
シルフィアは瞬きを数回繰り返し、ゆっくりと顔を上げて、引き攣った笑顔を浮かべているイザヨイとバッチリ目が合った。
「おはよう、シルフィアちゃん。よく眠れた?」
「――――ッ!!?」
次の瞬間。
シルフィアの顔は、昨日の酒場の時よりも、いや、今まで生きてきた中で一番真っ赤に沸騰した。
ボンッ! と頭から本物の湯気が出そうな勢いで、バサァッ! と弾かれたようにイザヨイから飛びのいた。
「わ、わわわ、わ、わたし……っ!? えっ!? なっ!?」
ベッドの端に張り付き、布団を胸(平坦)までギュッと引き上げながら、シルフィアは震える指でイザヨイを指差した。
「あ、あんた! 何してんのよ! 勝手にくっつかないでよね!」
「いやいや、シルフィアちゃんの方から抱き着いてきたんだよ。すっごい幸せそうな顔で『やわらかーい』って言いながら」
イザヨイが容赦なく事実を告げると、シルフィアは両手で顔を覆った。
「ち、違うわよ! あれよ、夢を見てたのよ! すっごいデカいスライムを討伐する夢を! その感触と勘違いしただけなんだから!」
「へぇ……パパがスライムだったんだ?」
「うぅぅっ……!! 忘れなさい!! 今の全部忘れなさい!!」
シルフィアは枕をイザヨイに向かって勢いよく投げつけた。
ポスッ、と柔らかく受け止めたイザヨイに、シルフィアは涙目で必死に懇願する。
「お、お願いだから……誰にも言わないでよね……! Aランク冒険者の氷の魔女が、あ、あんなデカおっぱいに抱き着いて寝てたなんて知られたら、わたしの威厳が粉々に崩れ去るわ……っ!」
「あははは、大丈夫だよ。誰にも言わないから安心して」
イザヨイは笑いを堪えきれず、ポンポンと投げられた枕を叩いた。
(ツンデレ通り越して、ただの可愛い子どもじゃんか。やっぱりこういう一面を見ると、憎めないよなぁ)
イザヨイにとって、シルフィアのこの等身大の狼狽ぶりは、微笑ましい以外の何物でもなかった。
「もうっ! 絶対よ! 約束破ったら、氷の像にして広場に飾るんだからね!」
「はいはい、了解。じゃあ、早く着替えて朝ごはん食べに行こうか」
プンプンと怒ったふりをしながらも、顔を真っ赤にしてそっぽを向くシルフィア。
天才魔導士同士(一方は勘違いで、一方は見た目だけ)の奇妙な共同生活二日目は、なんともドタバタとした甘酸っぱい(?)朝から始まるのだった。




