宿探し
夜のテアトラムの街は魔物の襲撃による影響なのか、一部の灯りが消えており、普段よりも薄暗く静まり返っていた。
復興作業を終えた領兵たちの足音と、不安そうに戸締まりをする住民たちの囁き声だけが、石畳の道にポツリポツリと響いている。
「うーん……。この辺の宿屋は、避難してきた人たちでいっぱいみたいだな」
イザヨイは数軒の宿屋を回ったが、どこも「すまねぇ、満室だ」と断られてしまい、ため息をつきながら裏通りを歩いていた。
豪華な『星屑の聖衣』を着た絶世の美少女が、薄暗い路地を一人で歩くというのは、防犯上極めて危険な行為である。
だが、中身が「レベル200のカンストプレイヤー(男)」であるイザヨイからすれば、襲ってくるチンピラなど歩く経験値以下の存在なので、警戒心は皆無に等しかった。
(お腹も減ってきたし、最悪、酒場のベンチで夜明かしするか……)
そんなことを呑気に考えていた、その時だった。
「――ちょっと、そこのデカおっぱい!」
薄暗い路地の奥から、不機嫌そうな、やけに甲高く幼い声が飛んできた。
「ぶふっ!? デ、デカおっぱ……!?」
あまりにもダイレクトすぎる呼称に、イザヨイは思わず吹き出しそうになりながら振り返った。
そこには、自分よりずっと小さな影が、身の丈ほどもある大きな杖をドンッと地面に突いて立っている。
プラチナブロンドのツインテールと、ブカブカの魔導士ローブ。
「……あ、シルフィアちゃん。こんな夜更けに何してるの?」
イザヨイが苦笑しながら声をかけると、本物のAランク冒険者にして『氷の魔女』であるシルフィアは、プイッと顔を背けてふんぞり返った。
「フン! 街の巡回よ! また魔物が襲ってくるかもしれないんだから、Aランク冒険者として警戒を怠るわけにはいかないでしょ!」
「へえ、えらいえらい」
「だから! 子供扱いするなって言ってるでしょ! 頭を撫でようとしたら、アンタのその無駄な脂肪ごとカチンコチンに凍らせてやるからね!」
シルフィアが杖を振り上げ、シャァーッと威嚇してくる。
相変わらず威厳はゼロだが、実力が本物であることは、イザヨイの感覚にもピリリと伝わってきた。
「ごめんごめん、撫でないよ。……お疲れ様。でも、女の子が夜に一人で歩き回るのは危ないんじゃない?」
「余計なお世話よ! それに、アンタだって一人でこんな裏路地をウロウロしてるじゃない! 宿無しなの?」
「うん。どこも避難民で満室みたいでさ。野宿かなーって思ってたところ」
「はぁ~?」
イザヨイが肩をすくめると、シルフィアは呆れたように大きいため息をついた。
「アンタねぇ……。いくらEランクの新人でも、自分の身を守る常識くらい持ちなさいよ。そんな無駄に目立つドレス着て、一人で野宿なんかしたら、魔物より前に街のゴロツキに襲われるわよ!」
「あはは、まあいざとなったら魔法でぶっ飛ばすから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃないの! ……全く、これだから新人は手がかかるわね」
シルフィアはチッと舌打ちをしてから、不機嫌そうにズンズンとイザヨイの前に歩み寄り、その手首を小さな手でガシッと掴んだ。
「え、ちょっ……シルフィアちゃん?」
「いいから来なさい! Aランク冒険者として、こんな危なっかしいEランクを放っておいたら寝覚めが悪いわ! わたしの泊まってる宿なら、まだ部屋が空いてるはずよ!」
「えっ? いいの?」
「勘違いしないでよね! 別にアンタと仲良くしたいわけじゃないんだから! ただの先輩としての義務よ!」
顔を真っ赤にして、プイッとそっぽを向きながらイザヨイの手を引くシルフィア。
その典型的な『ツンデレ』の態度に、中身おっさんのイザヨイは「可愛いなこの子」と内心でニヤニヤしながら、されるがままに引っ張られていった。
(まあ、宿に泊まれるならありがたいし。Aランクの先輩に甘えさせてもらうとしよう)
おっぱい格差で火花を散らした(一方的に嫉妬された)二人だったが、意外にもその背中は、姉妹のように並んで夜の街路へと消えていくのだった。




