お誘い
「それでは方針も決まりましたし、私はこれで失礼しますね」
家族間の話し合いが綺麗にまとまったのを見届け、イザヨイはペコリと一礼してテラスを離れようとした。
「あっ、お待ちください、イザヨイ殿」
アンドリューが慌てて声をかけ、イザヨイを引き留める。
「ん? まだ何かありました?」
「いえ、貴女はこれよりどうされるおつもりかと。もしよろしければ、この屋敷に滞在されてはいかがでしょうか? アルドリック殿に頼めば、賓客として最高の客室を一部屋ご用意できるはずです」
アンドリューの提案は、至極まともな配慮だった。
領主からの依頼で駆けつけた大恩人であり、最高戦力である彼女を、街の安宿に泊まらせるわけにはいかないという、騎士としての礼儀である。
だが、イザヨイは少しだけ困ったように微笑み、フルフルと首を横に振った。
「お気遣いはありがたいんですけど、私は冒険者ですから。身分も違いますし、こんな立派な貴族のお屋敷に泊まるなんて、堅苦しくて気が休まりませんよ」
「そんなことはありません! 貴女は我々の恩人です。どうかご遠慮なさらずに……」
アンドリューが食い下がる。
しかしイザヨイの内心には、別のもっと切実な「お断りする理由」があった。
(チラッ)
イザヨイが視線を横に向けると、そこには――扇子で口元を隠しながら、目をキラッキラに輝かせてこちらを見つめている、エレノアの姿があった。
『まあ! イザヨイ様がこのお屋敷に滞在なさるのなら、わたくしたちの部屋でお茶会をいたしましょう! お兄様との出逢いや、その素晴らしいプロポーションの秘訣……それに、王都の流行のドレスについて、夜通し語り合いたいわ!』
言葉には出していないが、エレノアの全身から放たれる『恋バナ&ガールズトーク大歓迎オーラ』が、痛いほどに伝わってくる。
(ひぃぃっ……!! 絶対無理!!)
中身が男のゲーマーであるイザヨイにとって、本物のお嬢様との夜通しのパジャマパーティーなど、拷問以外の何物でもない。
ファッションの流行など知る由もないし、プロポーションの秘訣と聞かれても「キャラクリでスライダーをMAXにしました」としか答えられないのだ。
さらに、さっきのように「お兄様とイザヨイちゃんの仲はどうなの!?」と恋バナでイジられまくったら、ボロを出して精神が崩壊する自信があった。
(シエルさん相手の誤魔化しでもギリギリなのに、ガチの貴族のお嬢様に絡まれたら俺の正体がバレる……!)
イザヨイは冷や汗を流しながら、今度は一切の隙を与えない、完璧な営業スマイルを張り付けた。
「いえいえ、本当に大丈夫ですから! 私、冒険者の安宿の硬いベッドじゃないと眠れない体質なんです! 明日の朝、また会議か何かがあれば屋敷にお伺いしますので! それでは!!」
「えっ? あ、イザヨイ殿……!」
アンドリューが再び止める間も与えず、イザヨイはドレスの裾を翻し、文字通り『逃げるような早歩き』でテラスから立ち去った。
その後ろ姿から、
「待ってー! わたくしまだお話ししたいことがー!」
という、エレノアの残念そうな声が聞こえた気がしたが、イザヨイは聞こえないフリをして歩調をさらに速めた。
屋敷の重厚な門を抜け、テアトラムの街路へと出ると、イザヨイはふぅっと大きく息を吐き出して胸を撫で下ろした。
「ふぅ……。あっぶねぇ。やっぱり過度なコミュニケーションはボロが出るから危険だな」
すっかり日も落ち、魔物の襲撃の傷跡が残る街にも、復興と不安の入り混じった夜の闇が降りていた。
「さてと。まずは宿を確保しないと。……できれば、ゆっくりお湯に浸かれるお風呂があれば最高なんだけどなぁ」
イザヨイはコルセットの締め付けを少しだけ緩め、夜風を肌に受けながら、とりあえず今日の寝床となりそうな手頃な宿屋を探して歩き始める。




