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緊急の依頼

 馬車は軽快に丘を登り、白亜の領主館へと到着した。

 昨日と同じ初老の執事・セバスチャンの案内に従い、イザヨイは屋敷の奥にある執務室へと通された。


 コンコン


「旦那様、イザヨイ様をお連れいたしました」


 扉が開くと、そこには眉間に深い皺を刻んだ領主マクミランと、青ざめた顔で腕を組む副団長のアンドリューの姿があった。

 二人のただならぬ深刻な雰囲気に、普通なら委縮するところだが。


「マクミラン様! アンドリュー様! もしかして、例の職人さんが見つかったんですか!?」


 イザヨイは目をキラキラさせて身を乗り出した。

「揺れない究極のインナー(防具)」への情熱が強すぎるあまり、相手の空気など読んでいる余裕がなかったのだ。


 しかし、マクミランは苦々しい顔でゆっくりと首を横に振った。


「……すまない、イザヨイ殿。職人の捜索は王都を含めて急ピッチで進めているが、まだ手がかりすら掴めていない状態だ」

「えっ……。そ、そうですか……」


 イザヨイの輝いていた瞳から、一瞬で光が消え失せた。

 肩を落とし、あからさまにガッカリした様子を見せる。


「じゃあ、この緊急の呼び出しって……一体何なんですか?」


 イザヨイが少し不満げに首を傾げると、マクミランは机に両手をつき、搾り出すような重い声で切り出した。


「実は……今朝方、早馬で凶報が届いた。カルゼオンから北に位置する『テアトラム』という街が……大規模な魔物の群れに襲撃を受けているらしい」

「……テアトラム」


 イザヨイの記憶のデータベースが検索を始める。


(確か、エターナルクレイドルの設定資料集に名前だけ載ってたような……。ゲームじゃ未実装のエリアだから、どんな街なのか、どんな魔物が出るのかまでは分からないな)


「テアトラムの領兵だけでは防衛しきれず、周辺の領主にも救援の要請が発せられたのだ。……イザヨイ殿。貴女に、テアトラムの街へ赴き、魔物の脅威から街を護っていただきたい」


 マクミランが深々と頭を下げた。

 領主からの、直々の街防衛依頼。

 だが、イザヨイは冷静に首を傾げた。


「あの……私が行くのは構いませんけど、どうして私なんですか? もちろん協力はしますけど、街の防衛なら、アンドリュー様が率いる騎士団が向かった方が、戦力として安定するんじゃないですか?」


 イザヨイ一人の魔法の火力は絶大だが、面を制圧する防衛戦において、正規の軍隊の存在は不可欠なはずだ。


 その問いに、マクミランの顔がさらに苦痛に歪んだ。


「……本来であれば、国境の危機となれば私が自ら兵を率いて向かうのが筋だ。だが……っ」

「父上。領主たる者が、私情で領地を空けることは許されません」


 アンドリューが、冷徹な響きを帯びた声で父を制した。しかし、彼の握りしめられた拳は小刻みに震えていた。


「私情……?」

「……今、テアトラムの街には、私の妻と……娘が滞在しているのだ」

「娘さん……? あ、もしかして、カルロスくんのお姉さんですか?」


 セバスチャンが「マクミラン様には三人のご子息が……」と説明していたことを思い出す。

 長男がアンドリュー、次男がカルロスだ。つまり長女に当たる人物が存在するということだ。


「ええ」


 アンドリューが苦渋に満ちた顔で頷いた。


「母上と、私の妹の『エレノア』です。二人は数日前から、テアトラムに出向いていたのですが……まさか、このような事態になるとは」


 ダイーザが言っていた「北のヴァルシュタイン国での魔物異常発生」の余波が、テアトラムにまで及んでいるのだろう。

 そして、マクミランとアンドリューは、愛する家族を救出したいが、領地防衛の責任があるためカルゼオンの全戦力を動かすわけにはいかない。

 そこで、小回りが利き、かつ『軍隊一個師団に匹敵する規格外の魔法力』を持つイザヨイに、白羽の矢が立ったというわけだ。


(なるほどな。権力者が私情を挟んで泣きついてくるなんて、いかにもRPGのお使いイベントらしい展開だぜ)


 なるほど、とイザヨイは全ての合点がいった。


「それに、イザヨイ殿。貴女ならば、大軍を率いるよりも早くテアトラムへ到着し、その大魔法で敵を一掃できるはずだ。……厚かましいお願いであることは重々承知している。だが、どうか……妻と娘を、テアトラムの民を救ってやってはくれないか」


 一国の領主が、一介の冒険者である少女に、涙を浮かべて懇願しているのだ。

 だが、イザヨイにとってそんな気遣いは無用だった。

 彼女(彼)には、マクミランの恩を売っておかなければならない最大の理由(おっぱい防具)があるのだから。


「任せてください、領主様!」


 イザヨイは、パァッと華やかな、一切の裏表を感じさせない完璧な笑顔を浮かべて、大きく頷いた。


「奥様と娘さんは、私が絶対に助け出してみせます! その代わり……職人さん探し、絶対に見つけてくださいね!」

「……っ! ああ、もちろんだとも! 我がヴェルリス家の全てを懸けて、必ずや貴女の望む職人を探し出してみせよう!」


 マクミランが感極まったように叫ぶ。


「イザヨイ殿……。貴女には、我が家はどれだけ感謝してもしきれません。何卒、母上と妹を……」


 アンドリューも、震える声で深く頭を下げた。


「はい! それじゃあ、善は急げですね。私、すぐに出発します!」


 イザヨイはドレスの裾を翻し、弾むような足取りで執務室を出ていく。


(よっしゃー! これで防具探しのクエスト優先度も跳ね上がっただろ! 待ってろよ未知の街テアトラム。魔物どもをサクッと丸焼きにして、とっとと帰ってくるぜ!)


 愛する家族を救うために命を懸けてくれる「慈愛に満ちた聖女」。

 マクミランとアンドリューの目にはそう映っていたが、実際のところは「揺れないブラジャー(アラクネ製)のための金策兼お使いイベント」をこなす気満々の、イザヨイであった。

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