テアトラムへの急行軍
「時間は一刻を争います。先遣の精鋭部隊と、早馬を既に待機させております」
執務室を出て、外へと向かう回廊を早足で歩きながら、アンドリューが緊迫した声で告げた。
玄関の扉が開かれると、領主館の広大な前庭には、既に十数騎の白銀の騎士たちが騎乗し、すぐに出立できる態勢を整えていた。
その中心には、四頭立ての頑丈な軍用馬車が控えている。
「おお、準備いいですね。じゃあ私もすぐに出発します!」
イザヨイはすぐに馬車へと向かった。
しかし、馬車のステップに足をかけようとしたところで、ふと動きを止めた。
「あっ、そうだ。一つお願いがあるんですけど」
「お願い、ですか? 必要な物資なら何でもご用意しますが」
「いえ、物資じゃなくて……伝言をお願いしたいんです」
イザヨイは振り返り、見送りに来ていたセバスチャンを見た。
「宿屋『踊る麦亭』にいる、ボルグさん、クローザーさん、シエルさんの三人に伝えてほしいんです。『テアトラムの防衛に行ってきます。絶対に無事で帰るから、心配しないで待っててください』って」
イザヨイの脳裏に、今朝も自分を心配そうに見送ってくれた、過保護な三人組の顔が浮かんだ。
彼らは今頃、「領主に呼び出されて、また無理難題を押し付けられてないだろうか」と、宿の食堂で胃を痛めているに違いない。
自分としてはサクッとお使いイベントを片付けてくるだけのつもりだが、何も言わずに街を離れれば、彼らが暴走して追いかけてきかねない。
「……承知いたしました。直ちに使いの者を走らせ、必ずやイザヨイ様のその温かいお心遣いをお伝えいたしましょう」
セバスチャンが深く一礼し、傍らにいた若い使用人に手際よく指示を出す。
「ありがとうございます!」
イザヨイはニッコリと笑うと、今度は足を踏み外すことなく、ひらりと身軽に馬車へと乗り込んだ。
「全軍、出立ッ!! 目的地は北方都市テアトラム! 一刻も早く駆けつけるのだ!」
アンドリューの力強い号令が響き渡る。
いななきと共に十数騎の騎士たちが駆け出し、イザヨイを乗せた軍用馬車が、土煙を上げながら領主の館の門を飛び出していった。
馬車の車窓から、遠ざかるカルゼオンの街並みを眺めながら、イザヨイはふうっと息を吐いた。
(ボルグさんたち、伝言聞いたら驚くだろうなぁ。でも、今回は緊急事態みたいだし、俺の機動力と大火力魔法で手っ取り早く解決した方がいい)
コルセットでガチガチに押し上げられた胸元を、そっと手で押さえる。
(テアトラムか……どんな魔物が出るか分からないけど。このおっぱいの揺れに気を使いながらの固定砲台スタイル、あと少しの辛抱だ。このクエストをクリアすれば、領主様が絶対に職人を見つけてくれる……!)
イザヨイの瞳に、燃えるようなゲーマーの闘志(目的は防具)が宿る。
その頃、宿屋『踊る麦亭』では。
領主の使いからイザヨイの伝言を聞かされたボルグたち三人。
「テアトラムだと!?」
「またイザヨイちゃん一人に危険な真似を!」
「……俺たちも後を追うぞ」
案の定、完全に暴走状態に突入し、慌てて旅の支度を始めていることなど。
馬車に揺られながら、呑気に「向こうの街の特産品とかあるかなー」と考えているイザヨイは、微塵も気付いていないのだった。
テアトラムへの急行軍は、北の空に立ち込める不吉な暗雲へと向かって、ひたすらに道を急ぐ。




