緊急の呼び出し
翌朝。
カルゼオンの朝は、今日も宿屋『踊る麦亭』の香ばしいベーコンの匂いから始まった。
「いただきまーす!」
イザヨイが元気に両手を合わせて朝食を頬張る。
その正面では、昨日の『手乗せ全肯定』の余韻から抜け出せないボルグが、顔を赤くしてガチガチに固まったままフォークを動かしており、横ではシエルが昨日の『イケメンムーブ』を思い出してはポーッと頬を染めていた。
そんな混沌とした恋愛ベクトルの中で、クローザーだけが一人、前髪の奥で眉間を揉みながら冷めた紅茶を啜っている。
「……なぁ、今日から討伐を再開するはずだったよな。その前に、お前らのその変な空気をなんとかしないか?」
クローザーが耐えかねて口を開こうとした、その時だった。
ガチャン!
宿屋の木製の扉が、乱暴な音を立てて開け放たれた。
「失礼する!!」
現れたのは、白銀の鎧を身に纏い、息を激しく弾ませたヴェルリス家の騎士だった。
その切羽詰まった様子に、食堂にいた冒険者たちが一斉にざわめく。
「イザヨイ殿! イザヨイ殿はおられるか!?」
騎士が食堂を見渡し、イザヨイの姿を認めるなり、周囲の目も憚らずに駆け寄ってきた。
「はい、私ですけど。どうしたんですか、そんなに慌てて」
「おお、おられたか! 直ちに領主マクミラン様のもとへご同行願いたい! 大至急、お会いしたいとのことだ!」
その言葉に、ボルグとクローザー、シエルの三人がガタッと席を立ち上がった。
「おい、ちょっと待て! 朝っぱらから急に呼び出しとは、穏やかじゃねぇな! 何かあったのか!?」
「ええ、またイザヨイちゃんに無茶な討伐を押し付ける気なら、今度は私たちも黙ってないわよ!」
シエルも杖を握り締めてイザヨイを庇うように立つ。
しかし当のイザヨイの頭の中には、全く別の、そして非常に輝かしい可能性が閃いていた。
(……大至急の呼び出し? ってことは、もしかして……!)
イザヨイの目が、カッと星のように輝いた。
ワイバーン討伐の報酬としてお願いしていた、『アラクネの糸』を加工できる幻の職人探し。
あれから数日、領主の広大なネットワークを使ってもなかなか見つからないと聞いていたが、ここに来て急展開を迎えたのではないか。
(職人さんが見つかったんだ!! やったぁぁぁっ!!)
究極の『揺れないインナー』が手に入るかもしれないという期待に、内心は狂喜乱舞だった。
「皆さん、落ち着いてください! 大丈夫です、私、ちょっと心当たりがありますから!」
イザヨイは三人を宥めるように微笑み、騎士の方へと向き直った。
「分かりました、すぐに行きます。でも、ちょっとだけ着替えの時間を頂けますか?」
「は、はっ。外に馬車を待たせておりますので、お急ぎを」
イザヨイは足早に二階の自室へと駆け上がった。
領主に会うのだから、そして何より『防具』という重要アイテムに関わるイベントが進行するのだから、気合を入れないわけにはいかない。
「よしっ、今日も『星屑の聖衣』でバッチリ決めていくぞ!」
インベントリから、あの豪華絢爛で圧倒的な魔法防御力を誇る(そしておっぱいを激しく押し上げる)お気に入りのドレスを取り出し、素早く袖を通す。
鏡の前で銀髪を整え、完璧な美少女アバターの容姿を確認すると、イザヨイは軽やかな足取りで部屋を飛び出した。
「お待たせしました!」
「……やっぱり似合うわね」
一階に戻ってきたイザヨイのドレス姿に、ボルグは再び顔を真っ赤にしてフリーズし、シエルはため息を漏らした。
「イザヨイ。本当に俺たちは行かなくていいのか?」
「はい、すぐ戻りますから!」
クローザーが心配そうに尋ねるが、イザヨイは満面の笑みで答え、騎士の案内で外へと出た。
宿屋の前に待機していた豪華な四頭立ての馬車に乗り込む。
馬車が石畳を走り出し、丘の上の領主の館を目指す。
(待ってろよ、幻の職人! 俺の前衛復帰への悲願、今日こそ叶えてみせるぜ……!)
イザヨイは馬車の中で一人、拳をギュッと握り締め、これから始まるであろう「おっぱいホールド防具」の打ち合わせに胸を躍らせていた。




