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仲間のケア

 夜の冷気が静かに肌を撫でる大衆浴場前の長椅子。

 隣でうなだれるボルグの告白に、イザヨイは言葉を失っていた。


(不器用だから斧を選んだ、か……。ゲーマー視点で言えば、命中率を犠牲にして攻撃力に極振りしたロマンビルドだな。そういうこだわり、俺は好きだけど)


 しかし、今のボルグの沈んだ心に、そんな軽いゲーマーの感想をぶつけるわけにはいかない。

 どう声をかければいいのか分からず、二人の間に気まずい沈黙が流れる。


「……ハハッ」


 不意に、ボルグが自虐的な、乾いた笑いを漏らした。


「イザヨイ。お前みたいな、魔法も剣も完璧にこなせる天才から見たら……力任せに斧を振り回すだけの俺なんて、さぞかし不細工でダサく見えるだろうな」

「えっ?」

「……ダイーザの言う通りかもしれねぇ。俺みたいな鈍亀は、お前の隣で戦うには相応しくないのかもな……」


 自分のアイデンティティすら否定し始めたボルグの言葉に、イザヨイは咄嗟に立ち上がった。


「そんなことありません!!」


 夜の静寂を破るような、はっきりとした強い声。

 ボルグが驚いて顔を上げると、そこには眉を吊り上げ、真っ直ぐな瞳で彼を睨みつける銀髪の美少女が立っていた。


「ダサいなんて、これっぽっちも思いません! ボルグさんは、立派な冒険者です! それに……大斧を豪快に振り回す姿、めちゃくちゃカッコいいじゃないですか!」

「か、カッコいい……? 俺の、この泥臭い斧が……?」


 信じられないという顔をするボルグに、イザヨイは力強く頷いた。


(ゲームでも双剣の連続攻撃と、大斧の溜め一撃粉砕は、全く違う爽快感があるんだよ! 一撃必殺の重みこそ、パワーファイターの真骨頂だろうが!)


 そんな熱いゲーマー魂を胸の内に隠しつつ、イザヨイは懸命に言葉を紡ぐ。


「手数やスピードだけが強さじゃありません! 敵の防御ごと粉砕するあの一撃の重さは、ダイーザさんには絶対に真似できない、ボルグさんだけの強さです! ……だいたい、ただの力馬鹿だったら、Bランクなんて高みまで昇りつめられるわけないじゃないですか!」


 イザヨイは一歩踏み出し、ボルグのすぐ目の前に立った。


「クローザーさんも、シエルさんも、ボルグさんが頼りになるから一緒にいるんですよ! 力しかないんじゃなくて、ボルグさんのその『力』があるから、あのパーティは成り立ってるんです。……誰にだって欠点や苦手なことはあります。それを補い合って、支え合うために……『パーティ』があるんじゃないんですか?」


 手数が足りないなら、クローザーが矢で援護する。

 ダメージを食らうなら、シエルが回復する。

 それは、エターナルクレイドルでも、この現実の異世界でも変わらない、仲間(パーティ)の真理だ。


「……イザヨイ」


 ボルグの瞳が揺れた。

 ダイーザからの嘲笑や、自身の至らなさへの悔しさで曇っていた彼の心に、イザヨイの真っ直ぐな言葉が、温かい光となって差し込んでくる。

 目の奥が熱くなり、大の男がポロリと涙を零しそうになるのを、彼はグッと奥歯を噛み締めて堪えた。


「だから……」


 イザヨイはふわりと優しく微笑み、再び長椅子に腰を下ろすと――彼女の白く細い手を、ボルグの太く傷だらけの手に、そっと重ねた。


「なっ……!?」


 ボルグの肩が大きく跳ねた。


「私……ボルグさんたちが、私のパーティの仲間で、本当に良かったです。これからも、そのカッコいい大斧で、私やみんなを守ってくださいね」

「――ッ!!!」


 ボルグの頭の中で、何かが完全にショートした。


 至近距離で自分を見つめる、星屑のように輝く銀髪の美少女。

 自分の泥臭い戦い方を「カッコいい」と全肯定してくれた、その純粋で温かい言葉。

 そして何より、自分の無骨な手を優しく包み込んでいる、彼女の柔らかく華奢な手のひらの感触。

 まるで、熱烈な告白でも受けているかのような、甘く、そして決定的な破壊力を持つシチュエーション。


(あ、あわわわわわわっっっ!!!!)


 ボルグの顔は、一瞬にして爆発したかのように真っ赤に染め上がり、心臓が肋骨を突き破りそうなほどの爆音を打ち鳴らし始めた。


 ドクン、ドクン、ドクン……!


 ただの「可憐な新人」でも、「規格外の大魔導士」でもない。

 彼の不器用な生き方を認め、その巨体を怖がらずに寄り添ってくれる、たった一人の女性。

 絶世の美貌だからでも、男の目を釘付けにする巨乳だからでもない。

 彼女のその真っ直ぐで優しい『心』に――ボルグは今、一人の女性として、完全に、そして決定的に惹かれてしまっていることを自覚した。


「……っ、あ、ああ……! 任せとけ、イザヨイ……!」


 ボルグは茹でダコのように真っ赤な顔のまま、ガチガチに強張った口角を無理やり引き上げ、震える声で答えるのが精一杯だった。

 彼の手の上に重ねられたイザヨイの手の熱が、彼の魂の底まで焼き尽くしてしまいそうだったから。


「ふふ、良かったです! それじゃあ、元気も出たみたいですし、宿に帰りましょうか!」

「お、おうっ……!」


 イザヨイはパッと手を離し、軽やかに立ち上がって歩き出す。


(よしよし、これでボルグさんの機嫌も直ったな! 仲間をケアするのもパーティの一員の務めだからな)


 と、「良きパーティメンバーとしての行動」を完璧にこなしたと満足気に頷いていた。


 その後ろを、顔を真っ赤にしたままフラフラとついていく巨漢の戦士が、まさか自分に本気の恋心を抱いてしまったことなど、微塵も気付かずに。


 鈍感すぎる美少女と、不器用すぎる純情戦士。

 カルゼオンの夜の帰り道は、甘くもどこかちぐはぐな空気を漂わせていた。

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