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落ち込むボルグ

「本当にごめんなさい! 私、しばらくはボルグさんたちのパーティで頑張りたいので! 皆さんも良い冒険者になってくださいね!」


 冒険者ギルドの前。

 イザヨイは、涙目で縋り付いてくる女性三人組を、なんとか宥めすかして(半ば強引に)押し返し、深々と頭を下げて別れを告げた。

「イザヨイお姉様ぁぁっ……!」という悲痛な声が遠ざかっていくのを聞きながら、心底ホッと息を吐き出す。


「ふぅ……。女の子にあんなに迫られるの、すっごく疲れる……」

「お疲れ様、イザヨイちゃん。でも、あの子たちがあんたに惚れるのも無理ないわよ。あの状況で颯爽と助けられたら、誰だってイチコロだわ」


 シエルがクスクスと笑いながら肩を叩く。


「……さて。汗も泥もかいたし、今日はそのまま『大衆大浴場』へ行くか」


 クローザーの提案に、イザヨイも「賛成!」と即答し、四人はいつものように銭湯へと向かった。


 男湯と女湯に別れ、湯船で戦いの疲れを癒す。


(……やっぱり浮くんだよな、これ。はぁ……早く自分の風呂付屋敷が欲しいぜ)


 イザヨイはお湯の中で漂う自身の双丘を隠しながら、ため息をついた。


 やがて、火照った身体に夜風を浴びながら銭湯を出ると、入り口横の長椅子に、一人でうなだれている大男の姿があった。

 ボルグだ。

 今日は首にタオルをかけたまま、地面の小石を虚ろな目で見つめている。


「ボルグ? どうした、腹でも痛いのか?」


 クローザーが怪訝そうに尋ねると、ボルグはビクッと肩を揺らし、無理やり笑顔を作った。


「あ、いや……何でもねぇよ。お前ら、今日は先に宿に戻っててくれ。俺はもうちょっと夜風に当たってから帰るわ」

「……そう? なら、先に行ってるわよ」


 シエルは少し不思議そうに首を傾げたが、深くは追及せずにクローザーと共に歩き出した。

 イザヨイも二人の後を追って宿屋へと向かった。


 宿屋の部屋に戻り、ベッドに腰を下ろしたものの、イザヨイの胸には何かが引っかかっていた。


(あのボルグさん、絶対なんか落ち込んでたよな……。ダイーザに勝ったのに、なんであんな顔してるんだろ)


 仲間が沈んでいるのを放置しておくのは、どうにも座りが悪い。

 イザヨイは立ち上がり、静かに宿屋を抜け出して、再び銭湯の方へと小走りで引き返した。


 夜の帳が完全に下りた通り。

 大衆大浴場の前の長椅子には、先程と全く変わらない姿勢で、ボルグが一人座り込んでいた。


「ボルグさん……!」

「……!? イ、イザヨイ!? お前、宿に戻ったんじゃ……!」


 背後から声をかけると、ボルグは飛び上がらんばかりに驚き、慌てて目元を乱暴に擦った。


「どうしたんですか? 元気ないですよ。湯当たりでもしました?」


 イザヨイは小首を傾げながら、ボルグの隣の空いたスペースにチョコンと腰を下ろした。


「い、いや、何でもねぇって。お前こそ、湯冷めするぞ」

「私は大丈夫です。……でも、ボルグさんが大丈夫じゃないみたいだったので」


 イザヨイが上目遣いでジッと見つめると、ボルグは気まずそうに視線を逸らし、やがて、観念したように深いため息を吐いた。


「……情けねぇ話だけどよ」


 ボルグは、自分の太くゴツゴツとした両手のひらを見つめながら、ポツリと呟いた。


「今日、ダイーザの野郎に勝てたのは……お前が最後に、あのコボルトリーダーを一刀両断してくれたおかげだ。もしお前がいなかったら……あのまま数で押し切られて、俺の負けだったかもしれん……」

「そんなこと……」


 イザヨイが否定しようとするが、ボルグは自嘲気味に笑って首を振った。


「俺はお前に頼らず、俺たちの力だけでダイーザを黙らせるって啖呵を切った。……なのに、結局はあの鈍い斧じゃ、群れの数を捌ききれなかった。ダイーザのスピードと手数に、遅れを取ってたんだ」


 ボルグの落ち込みの原因は、自分自身の『前衛としての至らなさ』への不甲斐なさだった。

 コボルトのような素早い群れを相手にした時、大斧という武器の限界を痛感し、圧倒的な敏捷性と手数を誇るダイーザの双剣に、戦闘スタイルにおいて敗北を感じてしまったのだ。


「……ダイーザみたいにもっと身軽に、手数を増やして戦えなきゃダメなのかもしれねぇな。重い斧ばっかり振り回して、俺は時代遅れのパワーバカなのかもな……」


 肩を落として愚痴をこぼす大男の姿は、ひどく小さく見えた。

 イザヨイは少し考え込み、ふと、純粋な疑問を口にした。


「ボルグさん。そんなに手数やスピードが気になるなら、どうして斧を使ってるんですか? 剣ならもっと軽くて、小回りも利いて身軽に動けるじゃないですか」


 戦士であれば、剣や槍など様々な武器を選択できる。

 なぜあえて一番取り回しの悪い『大斧』に固執しているのか。


 その問いに、ボルグはさらに顔を沈ませ、恥ずかしそうに頬を掻いた。


「……実はな、俺も昔は、カッコつけて剣で戦おうとしたことがあったんだよ。でもな……」


 ボルグは自分の巨大な拳をギュッと握り締めた。


「俺……信じられないくらい『不器用』なんだ。……剣ってのは、力任せに振るだけじゃダメだろ? 刃筋を合わせて、的確に急所を狙う。でも俺は、敵を見るとどうしても力んじまって、力加減ができねぇんだ」

「力加減が?」

「ああ。力任せに剣を振るうから、すぐに刃こぼれさせるし、硬い魔物の鱗に弾かれて、何本も安い剣を折っちまった。仲間にも『お前は剣の才能がない』って呆れられてな……」


 そして昔の苦い記憶を思い出すように、目を細めた。


「でも、俺にはこの馬鹿みたいな力しかなかった。だから決めたんだ。刃筋も技巧も関係ねぇ、ただの暴力の塊みたいな『斧』で、誰よりも強くなってやるってな」


 ボルグは近くに立てかけてある愛用の大斧に触れる。


「斧なら細けぇ刃筋のコントロールなんて要らねぇ。折れる心配もねぇ。敵の盾ごと、防御ごと、力いっぱい振り回して粉砕できる。一発当てるだけで、確実に致命傷を与えられる。……俺の性に合ってるのは、この無骨で不器用な戦い方だけなんだよ」


 それは、不器用な男が自分の短所を受け入れ、長所である『圧倒的なパワー』のみを極めようと決意した、一人の戦士の誇りだった。

 だからこそ、今日、手数で劣り、ダイーザに数の勝負で負けそうになったことが、彼の根幹にある自信を揺るがしてしまったのだ。


「……ボルグさん」


 イザヨイは、隣で落ち込む不器用な大男の横顔を、静かに、だが熱のこもった瞳で見つめていた。

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