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最後の忠告

 コボルトの集落での激闘(と、その後の人間模様の修羅場)を終え、一行はカルゼオンの街への帰路に就いた。

 討伐競争という名目上、倒したコボルトの耳や、リーダーの状態の良い毛皮など、回収できる素材の量は凄まじいものになった。


「重ぇ……。だが、これだけの大漁なら、文句は言えねぇな」

「……ああ。今日の稼ぎは、当分の間の矢の補充に回せる」


 ボルグとクローザーは、パンパンに膨れ上がった大きな麻袋をそれぞれ背負い、ドスドスと重い足音を響かせている。

 だが、その表情はどこか晴れやかだ。

 因縁の元仲間に実力(イザヨイのチート武力含む)で勝利し、完全に見返すことができた達成感が、二人の足取りを軽くしていた。


 一方で、最も足取りが重いのは――最後尾をフラフラと歩くダイーザである。

 彼の双剣は刃こぼれし、自慢の革鎧は泥とコボルトの返り血で汚れ、何よりも……その周囲には、彼を労う「ハニー」たちの姿がなかった。


「イザヨイお姉様! 喉は乾いていませんか? 私のお水、飲んでください!」

「お姉様、歩き疲れたら私が肩をお揉みしますからね!」

「ねえねえ、さっきの剣の振り方、すっごく綺麗だった! どうやったらあんな風に斬れるの!?」

「え、あ、うん。ありがとう……。水は自分で持ってるし、肩は……まあ、大丈夫だから……」


 イザヨイは、完全にダイーザを見限って自分にべったりと張り付いてきた三人の女性メンバーたちに囲まれ、ひきつった愛想笑いを浮かべながら歩いていた。

 中身が男である以上、若い女性からチヤホヤされること自体は満更でもない。


 だが、彼女たちの熱量が「憧れの王子様」に向けるような尋常ではないレベルであり、しかも『お姉様』という謎の百合(?)属性まで付与されてしまっているため、どう対応していいのか完全に持て余しているのだ。


(うわぁ……なんか、すっごく居心地悪い。女の子のファンがつくって、こういう感覚なのか。正直、前衛で殴り合う方が何百倍も気が楽だぞ)


 チラリと後ろを振り向けば、自分に愛を囁いていたはずの女性たちが、自分を振って別の『強者』に乗り換えたのを目の当たりにし、ダイーザが死んだ魚のような目で俯きながらトボトボと歩いている。


(自業自得とはいえ……ちょっと可哀想になってきたな)


 イザヨイは苦笑いを漏らしながら、なんとか女性たちを適当にあしらって街への道を急いだ。


 やがて、一行はカルゼオンの冒険者ギルドへと到着した。

 ボルグたちが素材の詰まった袋をカウンターに叩きつけると、受付嬢が目を見開いて査定に走る。

 それを横目に、ダイーザは一人、無言でギルドを出ていこうとした。


「おい、ダイーザ」


 ボルグが声をかける。

 ダイーザは足を止め、振り返らずに肩越しに言った。


「……負け犬がいつまでもギルドで酒を飲んでるわけにはいかねぇからな。安心しろ、二度とお前らの前には現れねぇよ。約束は守る」

「……そうかよ」


 ボルグも、それ以上彼を引き留めることはしなかった。

 冒険者としての道が交わることは、もう二度とないだろう。


 しかしダイーザはそのままギルドを出る直前、ふと立ち止まり、背中を向けたままポツリと口を開いた。


「……ボルグ。俺から負け犬の最後の置き土産だ。耳の穴かっぽじってよく聞けよ」

「ああん?」


 ダイーザの声音が、先程までの軽薄なものとは違い、妙に低く、深刻な響きを帯びていた。


「しばらくの間、北の方角……『ヴァルシュタイン国』の領内には近づかねぇ方がいいぜ」

「ヴァルシュタイン国だと?」


 ボルグが怪訝に眉を寄せる。

 シエルとクローザーも、素材の整理をする手を止めてダイーザの言葉に耳を傾けた。


「ああ。俺がこの街に来る前、北の街道で出くわした行商人から聞いた話だ。……ヴァルシュタインの領内で魔物の数が増えてるらしい。しかも、普段なら現れないような強力な魔獣が、群れを成して人里に降りてきてるってよ」

「魔物の増加……? 魔物暴走(スタンピード)の前兆か?」

「そこまでは知らねぇが……。なんでも、国境付近の村がいくつか、原型を留めないほどに壊滅させられたらしい。……生き残った連中の話じゃ、普通の魔物じゃない、『異常な黒い瘴気を纏った化け物』を見たって噂もある」

「黒い、瘴気……」


 ボルグの顔色が険しくなる。


「俺が言えるのはそれだけだ。お前らも、調子に乗ってあのバカ強い嬢ちゃんと一緒に北へ向かえば、足元をすくわれるかもしれねぇぞ。……じゃあな、鈍亀」


 ダイーザはそれだけ言い残すと、今度こそギルドの重い扉を開け、夕闇の街へと姿を消した。

 負け惜しみのようでもあり、しかし確実に、かつての仲間に対する最後の『忠告』だった。


「……ヴァルシュタイン国での、異常な魔物の増加、か」


 ボルグが腕を組み、重苦しい声で呟く。


「最近、このカルゼオンの周辺でも、グリフォンやワイバーンが本来の縄張りを離れて南下してきていた。……もしかすると、北で起きている異変から逃げてきたのかもしれんな」


 クローザーが冷静に分析を重ねる。


 イザヨイは、女性たちの『お姉様コール』から解放され、その話を聞きながら内心で首を傾げた。


(黒い瘴気を纏った化け物、ねぇ。エターナルクレイドルのストーリー設定でそんなのあったかな……? なんか、ちょっと大きめのイベントシナリオの匂いがするぞ)


 中身がゲーマーのイザヨイとしては、「異常な魔物」と聞けば「強力なレアボス」や「限定ドロップアイテム」を連想してしまい、ワクワク感が勝ってしまう。


 だが、この世界を生きる冒険者であるボルグたちの表情は、深刻そのものだった。


「……気をつけねぇとな。北の依頼は、しばらく見送ったほうが無難かもしれねぇ」


 ダイーザの残した不吉な噂が、冒険者ギルドの喧騒の中で静かな波紋を広げていた。

 ボルグたち三人は、しばらく考え込むように腕を組み、沈黙を保っていた。


「異常な黒い瘴気、か。……ただの魔物の増加なら、領主軍や高ランク冒険者で対処できるはずだ。だが、村が原型を留めないほど壊滅したとなると、話が変わってくる」

「ええ。もし本当にそんな厄介な事態が起きているなら、近いうちにカルゼオンにも被害が及ぶかもしれないわ。……イザヨイちゃん、あなたも北の方角の依頼には絶対に参加しちゃダメよ。分かったわね?」

「えっ? あ、はい。分かりました」


 シエルが母親のような真剣な表情でイザヨイの肩を掴み、念を押すように言ってきた。

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― 新着の感想 ―
ゲーム感覚のイザヨイには行くなと言えば「お、フラグか?」くらいにしか思わなさそう
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