コボルト討伐競争④
森の静寂が戻る中、倒れたまま呆然としていたダイーザの前に、ボルグがズシンと重い足音を立てて歩み寄った。
「……さて。どうする、ダイーザ」
ボルグが腕を組み、大男特有の威圧感で見下ろす。
ダイーザは痛む脇腹を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
「数は……俺の方が多かったはずだ。お前の鈍い斧じゃ、俺のスピードには勝てなかったはず……」
「ああ。個人でのコボルトの討伐数だけなら、お前の勝ちかもしれねぇな」
ボルグはあっさりとそれを認めた。
「だがな。今回はパーティでの討伐数を競うのが目的だ。俺個人なら数で負けてるかもしれねぇが、クローザーとシエルの分を含めたら、俺達のほうが数で勝っている」
「…………」
そして視線を、真っ二つに両断されたコボルトリーダーの巨大な死骸へと移す。
「それに加えて、お前が刃すらまともに通せなかった親玉を、イザヨイは一撃で仕留めた。イザヨイは俺たちのパーティメンバーだ。この討伐数は、当然俺たちにカウントされる」
「…………」
「……お前の『手数の多さ』か、俺たちの『質の高さ』か。どうやって勝敗を決めるか、ギルドに持ち帰って判定してもらうか?」
ボルグの挑発に、ダイーザはギリッと唇を噛み締め、やがて――ふっ、と自嘲気味に笑って肩を落とした。
「……いや、いい。俺の負けだ」
「へぇ、あっさり認めるんだな。らしくねぇじゃねぇか」
「負け惜しみを言ったところで、あの化け物じみた一撃を見せられた後じゃあ、みっともないだけだろ。……それに、俺は自分の女たちを守りきれなかった。あの嬢ちゃんがいなきゃ、今頃俺たちはコボルトの餌になってたさ」
ダイーザは、彼なりにBランク冒険者としてのプライドを粉々に砕かれていた。
自分が手も足も出なかった相手を、たった一振りの剣で屠った銀髪の美少女。
もはや、軽薄にナンパなどできる次元の存在ではないと、心の底から悟ったのだ。
性格は腐っていても、冒険者としての実力の差と、勝負の理屈は理解しているらしい。
「俺は約束通り、お前たちにも、あの天使ちゃんにも二度と近づかねぇ。……行くぞ、お前たち」
ダイーザは負け犬の顔で背を向け、腰を抜かしたままだった三人の女性メンバーに声をかけた。
しかし、いつもなら「ダイーザ様~!」と黄色い声を上げてすり寄ってくるはずの彼女たちが、微動だにしない。
「おい、どうした? 早く立てよ。街へ帰るぞ」
「……」
ダイーザが怪訝に思って振り返ると、女性たちは彼を完全に無視し、ぽーっと赤らんだ顔で、ある一点を食い入るように見つめていた。
その視線の先には――剣を片付け、ボルグたちと談笑しているイザヨイの姿があった。
「え、あ……」
女性たちは顔を見合わせ、まるで魔法にかけられたかのようにフラフラと立ち上がると、ダイーザの横をすり抜け、イザヨイの元へと一直線に駆けていったのだ。
「イ、イザヨイお姉様ぁっ!!」
「は、はい!?」
突然の黄色い声に、イザヨイがビクッと肩を揺らす。
三人の女性が、目をハートマークにして、イザヨイの周りを取り囲んだのだ。
「すっごく、すっごくかっこよかったです!!」
「私たちのために、あんな恐ろしい魔物を一太刀で……っ!」
「それに、あの涼しげな顔で『させないよ』って……私、もう胸がキュンキュンしちゃって……!」
「えっ? あ、いや……」
イザヨイは、彼女たちの熱烈なラブコールに完全に気圧されていた。
中身が男のであるイザヨイにとって、女性からこれほどまでにチヤホヤされ、熱い視線を向けられる経験など、前世を含めても初めてのことだ。
(女性に迫られること自体は……嫌いじゃないけど、ちょっと熱量が高すぎないか!? ていうか『お姉様』って何!?)
「ちょっと、お前ら! 何やってんだ、帰るぞ!」
焦ったダイーザが駆け寄り、女性たちの腕を掴もうとするが、彼女たちはパシンッとその手を払い除けた。
「触らないでよ、ダイーザ!」
「そうよ! アンタ、さっきあの親玉に手も足も出なかったじゃない!」
「それに比べて、イザヨイお姉様は命がけで私たちを守ってくださったわ! 本当の強さって、こういうことを言うのよ!」
「なっ……!?」
ダイーザは言葉を失い、その場にへたり込んだ。
「私、今までダイーザ様が一番強いって思ってたけど……イザヨイお姉様の方がずっと強いし、綺麗だし、頼りになるわ!」
彼女たちは、ダイーザのメッキが剥がれた瞬間に、新たな『絶対的な強者』であり、自分たちを窮地から救ってくれた『美しきナイト(騎士)』であるイザヨイに、完全に心変わりをしてしまったのだ。
「あの、イザヨイお姉様! 私たち、ダイーザのパーティなんて抜けます! だから、お姉様のパーティの荷物持ちでも何でもするから、私たちも一緒に行かせてくれませんか!?」
「「「お願いします、お姉様ぁっ!!」」」
三人の女性から、瞳をキラキラさせて迫られるイザヨイ。
ダイーザを巡る勝負だったはずが、いつの間にかイザヨイが「取り巻きの女性」を根こそぎ奪い取ってしまうという、予想の斜め上をいくハーレム展開が爆誕していた。
「いや、ええと……気持ちは嬉しいんですけど、私にはボルグさんたちがいますし……」
イザヨイは冷や汗を流しながら、引き攣った笑顔で後ずさる。
「ぷっ……ははははは!!」
それを見ていたシエルが、ついに堪えきれずに吹き出した。
「だ、ダメよあなたたち! イザヨイちゃんは私たちのパーティの宝物なんだから、変な虫はつかせないわよ!」
「ああ。彼女たちに同行されては、索敵の邪魔だ。……帰れ」
クローザーも容赦なく切り捨てる。
そして、最も哀れなのは、全てを失って森に取り残されたダイーザだ。
プライドをへし折られ、彼女たちにも見限られ、ただの負け犬として地面を這いつくばる男。
「……ウソ、だろ。俺のハニーたちが……こんな、こんな……」
その光景を前に、イザヨイはもう苦笑いするしかなかった。
(女の子にモテるのも大変だな……)
こうして、ボルグパーティとダイーザパーティの因縁の対決は、イザヨイという規格外の存在による『完全なる蹂躙』と『取り巻きの寝取り』という、結末で幕を閉じたのである。




