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コボルト討伐競争③

「オラァッ! 俺のスピードについてこれるかよ!」


 ダイーザが、短槍の雨を掻き潜りながら、コボルトリーダーの懐へと一気に潜り込んだ。

 得意の双剣が、風を切るような速度で獣人の巨体に迫る。


 ギンッ!


「……なっ!?」


 ダイーザが目を剥いた。

 必殺の速度で放たれたはずの双剣の一撃を、コボルトリーダーは手にした大剣の腹で、いとも容易く受け止めたのだ。

 ダイーザはすぐさま反撃を躱し、素早いステップでリーダーの背後に回り込む。

 そして、無防備な胴体へと渾身の斬撃を見舞った。


 しかし。

 ザシュッという軽い音と共に、赤黒い毛皮が数本宙に舞っただけだった。

 傷は浅い。

 致命傷どころか、怒りを煽った程度のダメージしか入っていなかった。


「ウソだろ!? この毛皮、鋼鉄かよ!?」

「退けダイーザ! 俺の斧でかち割ってやるッ!」


 ダイーザの隙を突いて、ボルグが大斧を上段に構えて突進する。

 だが、パワーファイターであるボルグの渾身の一撃は。


 フワッ


 コボルトリーダーの驚異的な脚力によるバックステップで、空しく空を切った。

 地面に斧が突き刺さる轟音が虚しく響く。


「クソッ、ちょこまかと……!」


 俊敏だが威力が足りないダイーザ。

 威力は絶大だが当たらないボルグ。


(二人とも、見事に相性が最悪だな。……いや、リーダーの身体能力が、単体でAランク級ってのは本当みたいだ)


 最後方で見守るイザヨイの分析は冷静だった。

 だが、戦況はさらに悪化する。


「ガァルルルッ!」

「ぐはっ!」


 リーダーが隙を突いて強烈な裏拳を放ち、ボルグがぐもった声を上げて後方に吹き飛ばされた。

 そして、リーダーの赤く濁った瞳が、獲物を探すようにギョロリと動く。

 その視線の先には――怯えて固まっている、ダイーザの三人の女性メンバーがいた。


「っ……マズい! やらせるかッ!」


 嫌な予感に顔色を変えたダイーザが、女性たちを庇おうと再び双剣を構えて突撃する。

 だが、リーダーの迎撃は早かった。

 大剣の無骨な一振りが、ダイーザの双剣ごと彼を真横へと大きく薙ぎ払ったのだ。


「がはぁっ……!」


 ダイーザが木に激突し、崩れ落ちる。


「ヒィィィッ!?」

「いやぁぁっ、助けてぇっ!」


 守る者を失い、圧倒的な暴力の権化が自分たちに迫ってくる。

 女性たちは恐怖で腰を抜かし、逃げることすらできずに悲鳴を上げた。

 リーダーが、その大剣を高く振りかぶる。

 血に飢えた獣の咆哮が森を震わせた。


「クソッ! 間に合わねぇッ!!」


 ボルグが必死に立ち上がり、斧を掴んで駆け出そうとするが、距離が遠すぎる。

 シエルとクローザーの魔法や矢も、今から放っては間に合わない。

 誰もが、最悪の結末を覚悟した。


 ――その、瞬間だった。


「させないよ」


 涼やかで、それでいて冷徹な響きを持つ声が、絶望に支配された空間を切り裂いた。


「え……?」


 女性たちの目の前。

 振り下ろされるはずだったリーダーの大剣と彼女たちの間に、一人の銀髪の少女が、風のように滑り込んできたのだ。


 イザヨイだ。


 右手には、いつの間にか虚空から取り出された漆黒の片手剣――『ネメシスソード』が握られている。

 そして左手は自身の胸元を、暴れ狂う双丘(おっぱい)を服の上からギュッと押さえつけていた。


「ガァッ……!?」


 コボルトリーダーが、突如現れた小さな獲物に驚き、大剣の軌道を僅かに狂わせる。

 だが、その一瞬の隙が命取りだった。


「せいやっ!」


 イザヨイの腕が、軽く振られる。

 ただそれだけだった。


 シュァァァァッ……!


 漆黒の軌跡が、虚空に美しい三日月を描いた。

 次の瞬間。


 ドゴォォォォンッ!!!!


 コボルトリーダーの巨体が、袈裟懸けに綺麗に真っ二つに両断され、背後の大木ごと盛大に吹き飛んだのだ。

 断末魔の叫びすらなく、赤黒い毛皮と大剣ごと、完璧な一刀両断。

 一瞬遅れて、凄まじい風圧が吹き荒れ、女性たちの髪を乱した。


「……は?」

「え……?」


 その場にいた全員――ボルグも、クローザーも、シエルも、地面に倒れたダイーザも、腰を抜かした女性たちも。

 全員がポカンと口を開け、信じられないものを見る目で、ネメシスソードを軽く振って血糊を落とすイザヨイを見つめていた。


「キャウンッ!?」

「クゥゥゥン……」


 親玉が一瞬にして文字通り『一刀両断』されたのを見て、残っていたコボルトたちはパニックに陥り、尻尾を巻いて蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ出していった。


「ふぅ……。なんとか間に合ってよかった」


 イザヨイが左手を胸元から離し、剣を虚空に消して振り返る。


「……い、イザヨイ……お前……っ。魔法は使わないって約束したじゃねぇか……!!」

「あはは。使ってませんよ、『魔法』はね。私、剣で『物理的に』斬っただけですから。ボルグさん、禁止したのは『魔法』だけで、武器での攻撃は禁止してませんでしたよね?」


 屁理屈。

 圧倒的なステータスの暴力による、完全な屁理屈である。

 イザヨイの物理攻撃力は、下手な前衛職を遥かに凌駕するカンストレベルなのだから、魔法を使わなくてもAランク程度ならワンパンなのだ。


「……っ」


 ボルグは一瞬言葉に詰まり……。


「……ぶっ、はははははっ!!!」


 我慢しきれず、腹を抱えて大爆笑し始めた。


「ちげぇねぇ! 確かに俺は魔法を使うなとしか言ってねぇ! がはははっ、お前って奴は、本当に規格外で、最高にイカれてるぜ!」

「……ああ。全く、心臓に悪い奴だ」


 クローザーも、前髪の奥で苦笑いを漏らしながら弓を下ろした。


「もうっ! イザヨイちゃん、心配かけさせないでよ! でも……かっこよかったわ」


 シエルもホッとしたように涙を拭い、微笑む。


 過保護な三人組の笑い声が、森に響き渡る。

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