挙動不審
翌朝の『踊る麦亭』。
食堂のテーブルには、今日も香ばしく焼かれた分厚いベーコンと目玉焼きが並んでいた。
しかし、そのテーブルを囲む四人の間には、なんとも言えない奇妙な空気が漂っていた。
「……うん、今日のも美味しい! ボルグさん、お肉食べないんですか?」
「へっ!? あ、ああ! 食う! 食うぞ! あー、ベーコン美味ぇなぁ!!」
イザヨイが無邪気に話しかけるたび、ボルグの肩がビクッと跳ね上がる。
彼はガチガチに強張った不自然な笑顔でベーコンを口に放り込むが、その視線はイザヨイの顔を一切直視せず、壁の木目や手元のフォークの先など、明後日の方向を泳ぎ続けていた。
(……なんであんなに目を逸らすんだ? 昨日、あんなにカッコいいこと言ったのに、俺、また何か地雷踏んだか?)
イザヨイは首を傾げながら、フォークで目玉焼きを突いた。
無理もない。
昨夜の「手乗せ&全肯定」というカウンターパンチを食らったボルグは、一晩中ベッドの中で悶絶し、完全に『恋する乙女(中身はゴリゴリの戦士)』状態に陥ってしまっていたのだ。
今朝も、イザヨイの銀髪が揺れたり、甘い匂いが漂ってくるだけで、心臓が爆発しそうになり、まともに顔を見ることもできない有様だった。
「……おい、ボルグ。どうしたんだ。昨日のダイーザの言葉がまだ尾を引いているのか?」
「ちげぇよ! ダイーザなんか関係ねぇ!」
「では、なぜさっきからイザヨイの方を見ようとしない。……もしや、お前、イザヨイの『その服』が破れているとか、何か失礼なことでも見つけてしまったのか?」
「バカッ! そんなことあるわけねぇだろ! お前は黙ってろ!」
クローザーの明後日な推理に、ボルグは顔を真っ赤にして怒鳴り返す。
事情を知らないクローザーは「?」と前髪の奥で眉をひそめ、ますます疑問を深めるばかりだ。
しかし、このテーブルの中で唯一、その不可解な状況の『真の理由』を完璧に察知している者がいた。
シエルである。
(……なるほどねぇ。ボルグの奴、あんなに顔を赤くして、イザヨイちゃんと目を合わせられないなんて……)
シエルはサラダをフォークで上品に口に運びながら、ニマニマと口角が上がるのを必死に抑えていた。
(つ・い・に! あのお堅いパワーバカが、イザヨイちゃんへの恋心を自覚したのね!! くぅ~っ、青春ね! 焦ったいけど最高だわ!!)
女の勘――というより、シエル特有の恋愛ファンタジー脳が、昨夜の二人の間に何か『甘酸っぱいイベント』があったことを正確に弾き出していた。
(でも今のボルグじゃ、緊張しすぎて討伐中にミスしかねないわね。ここは少し頭を冷やす時間と、私がイザヨイちゃんの『本音』を探る時間が必要だわ)
シエルはポンッと手を叩き、明るい声で提案した。
「ねえみんな! 今日は討伐をお休みにして、各自『自由行動』にしない?」
「えっ、お休みですか?」
イザヨイが目を丸くする。
「ええ。昨日ダイーザのパーティと張り合って、コボルトをいっぱい狩ったでしょ? 素材の売却益も入ったし、たまにはのんびり街を満喫しましょうよ!」
「……俺は異存ない。矢のメンテナンスも残っているしな」
クローザーが即座に同意する。
「あ、ああ! そうだな! 自由行動、大賛成だ! お、俺も斧の手入れと……その、色々とあるからな! じゃあ、俺はこれで!!」
ボルグはシエルの提案を渡りに船とばかりに、椅子から弾かれたように立ち上がり、イザヨイの方を見ないまま、逃げるような猛スピードで二階の自室へと駆け上がっていってしまった。
「……なんか、すっごく急いでましたね、ボルグさん」
「ええ、男の人って不器用だからねぇ。色々と『心の整理』が必要なのよ」
シエルは意味深にクスクスと笑い、残されたイザヨイに向き直った。
「というわけで、クローザーは引きこもるみたいだし。イザヨイちゃん! 今日は私と二人きりで、街をデートしましょ!」
「えっ、シエルさんと二人で、ですか?」
イザヨイは少し驚いたが、すぐに笑顔で頷いた。
中身が男としては、「女子同士のキャッキャウフフな買い物」という未知のイベントへの好奇心もあるし、何よりボルグやクローザーといった男性陣がいない方が、気兼ねなく街を歩ける気がしたからだ。
(それに、シエルさんとなら、アラクネの糸で作る『おっぱい揺れないインナー』の相談もしやすいかもな……。同性の意見も聞いてみたいし)
そんな打算的なことを考えているイザヨイに対しシエルは、
(ふふふ……イザヨイちゃんのボルグに対する本音、丸裸にしてあげるんだから!)
と、恋愛相談(という名のガールズトーク)へのモチベーションを限界まで高めていた。
おっぱい防具に悩む美少女と、恋バナに飢えた世話焼き恋愛脳。
方向性の全く違う二人の『女子会デート』が、今まさに幕を開けようとしていた。




