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勝負の提案

「おいダイーザ!! イザヨイから離れろって言ってんだろうが!!」


 ボルグが再び怒声と共に割って入り、イザヨイの前に立ち塞がってダイーザを睨みつけた。

 その巨体と戦斧の威圧感は十分すぎるほどだったが、ダイーザは一歩も引くことなく、薄ら笑いを浮かべて肩をすくめた。


「へっ、吠えるねぇ鈍亀。お前みたいなトロい斧使いが、この天使みたいな嬢ちゃんを守りきれるわけねぇだろ。俺は親切心で言ってやってるんだぜ?」

「なんだと……!?」

「それにだ」


 ダイーザはボルグの言葉を遮り、ギルドの依頼掲示板の方へ足早に向かった。

 そして、束の中から一枚の羊皮紙を乱暴に引っ剥がし、バサッとボルグの目の前に突きつけた。


「言葉で言っても分からねぇなら、実力で証明してやるよ」

「……これは」


 ボルグが目を細める。

 そこには、牙を剥く犬の獣人のような魔物の絵と、『コボルト集落の殲滅依頼』という文字が書かれていた。

 推奨ランクB。群れで行動し、狡猾な罠や武器を操る、厄介な魔獣だ。


「コボルト討伐だ。……勝負しようぜ、ボルグ」


 ダイーザが不敵な笑みを浮かべて宣言した。


「俺たちのパーティと、お前たちのパーティ。同じ集落に向かって、どっちがより多くのコボルトの『討伐証明部位』を持って帰ってこれるか。討伐数で勝負だ」

「勝負だと……? ふざけるな!」

「もし俺が勝ったら」


 ダイーザはボルグの抗議を無視し、イザヨイの方へ色目を使った視線を送りながら、舌舐めずりをするように言った。


「この美しいお嬢さんは、俺たちのパーティに頂く。……それが条件だ」

「なっ……!?」

「ちょっと待ちなさいよ!!」


 シエルが顔を真っ赤にして前に出た。


「アンタ、イザヨイちゃんをモノ扱いする気!? だいたい、こんなふざけた勝負、イザヨイちゃんが納得するわけ――」

「……その勝負、受けてやる」


 シエルの言葉を遮り、低く、腹の底から響くような声がギルドに轟いた。

 ボルグだった。

 ボルグはダイーザから依頼書をひったくり、鬼のような形相でダイーザを睨み下ろしていた。


「ボルグ!? 正気か!?」


 クローザーが驚愕の声を上げるが、ボルグはそれを手で制した。


「ただし。俺たちが勝ったら……てめぇは二度と、イザヨイにも、俺たちのパーティにも近づくな。半径百メートル以内に近寄ったら、その場でてめぇの双剣ごと両腕をへし折る。……それでどうだ?」


 ボルグの眼光には、一切の迷いも恐怖もない。

 絶対の自信と、仲間をコケにされた怒りが炎のように燃え盛っている。

 そのただならぬ迫力に、ダイーザは一瞬だけ息を呑んだが、すぐに虚勢を張って口角を吊り上げた。


「……ハッ! いいぜ、その条件で飲んでやるよ! せいぜい今のうちに、天使の顔を目に焼き付けておくんだな、鈍亀!」


 ダイーザは高笑いしながら、取り巻きの冒険者たちを引き連れて、意気揚々とギルドを出ていった。


 残されたボルグたちは、ピリピリとした重い沈黙に包まれた。


「ボルグ……。お前……なんてことを。イザヨイを賭けるなど、彼女の意志を無視しているじゃないか」

「そうよ! もし負けたらどうするの!? イザヨイちゃんが、あんなチャラ男のパーティに入れられちゃうのよ!?」


 シエルも必死にボルグの腕を掴んで抗議する。


 だが、ボルグは依頼書を丸めて強く握り締め、後ろで事の成り行きをポカンと見守っていたイザヨイを振り返った。


「……悪いな、イザヨイ。お前を賭けのダシにしちまって」

「あ、いえ……。私は別にいいですけど」


 イザヨイは困ったように頬を掻きながら答えた。


(だって、コボルトなんて広範囲魔法で一掃すれば一瞬だし。俺が本気出せば、討伐数で負けるわけがないからね)


 という、カンストゲーマー特有の圧倒的な余裕があるからだ。


 しかし、ボルグの真意は別のところにあった。


「イザヨイ、お前は今回……一切魔法を使うな。手出し無用だ」

「「「……えっ?」」」


 イザヨイ、シエル、クローザーの三人の声が、綺麗に重なった。


「ボルグ!? 正気なの!? イザヨイちゃんの魔法がなければ、あのダイーザたちの機動力に討伐数で勝てるわけがないわ!」


 ダイーザは火力こそ低いが、双剣や短剣を使った機動力に特化している。

「数を狩る」という勝負においては、重い大斧を使うボルグとは圧倒的に相性が悪いのだ。


 だが、ボルグは真っ直ぐにイザヨイの目を見つめ、力強く頷いた。


「イザヨイ。お前はグリフォンやオークキングを倒して、俺たちを助けてくれた。……でもな、俺たちはただ守られてるだけの役立たずじゃないってことを、どうしてもお前に、そしてあいつらに見せつけてやりたいんだ」


 ボルグの大きな手が、背中の戦斧をガシッと掴む。


「お前はただ後ろで見ててくれ。俺たち三人で、あのペテン師を実力で黙らせて、二度とお前にちょっかいを出せないようにしてやるからな」


 その言葉にはただの強がりではない、一人の戦士としての強固な矜持と、イザヨイという仲間を守り抜くという覚悟が満ち溢れていた。


「……ボルグさん。分かりました。私、皆さんを応援してますね!」


 イザヨイは目を丸くした後、ふわりと、心からの笑顔を浮かべた。


「ああ。任せておけ! 行くぞ、シエル、クローザー!」

「……やれやれ、仕方ないわね。付き合ってあげるわよ!」

「……俺の矢で、ダイーザの鼻をへし折ってやろう」


 こうして、魔法という最大のチート火力を自ら封印し、誇りを懸けたボルグたちと、軽薄なナンパ男ダイーザとの、『コボルト討伐競争』が始まろうとしていた。

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