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勘違い

 カルゼオンの冒険者ギルドで、ポイズンリザードの討伐証明を提出し、ささやかな報酬を受け取ってから数時間。

 夜が深まり、宿屋『踊る麦亭』も寝静まった頃。


 自室のベッドで横になっていたイザヨイは、天井の木目を見つめながらため息をついた。


(……やっぱり、ちゃんと謝ったほうがいいよな)


 昼間の湿地帯での出来事が、どうしても気にかかっていたのだ。


 毒の知識を褒めた途端、クローザーが見せたあの暗い顔。

「圧倒的な魔法があれば……毒などという姑息な手段に頼る必要はない」という言葉。

 ゲーマーとしての純粋な感嘆が、結果として彼のプライドや劣等感を刺激してしまったのだと思い込んでいたイザヨイは、仲間内にしこりを残すのを嫌い、直接話をつけることを決心した。


 むくりと起き上がり、最低限の身だしなみとしてチュニックのシワを伸ばし、銀髪を手で梳く。

 部屋を出て、廊下を少し歩いた先にあるクローザーの部屋の前に立ち、小さくノックをした。


 コンコン


「……誰だ」


 警戒心を孕んだ低い声が返ってくる。


「夜分遅くにすみません、イザヨイです。少し、お話してもいいですか?」


 ガタッ!!


 部屋の中から、椅子を蹴立てて何か硬いものが床に落ちるような、激しい物音が聞こえた。

 数秒の不自然な間があってから、ガチャリと扉が少しだけ開く。


「イ、イザヨイ……? こんな夜更けに、どうした」


 隙間から顔を出したクローザーの表情は、完全に動揺で強張っていた。


 当然である。

 深夜、絶世の美少女が自分一人だけの部屋を訪ねてきたのだ。

 クローザーでなくとも、健全な大人の男であればあらぬ想像をして心臓が跳ね上がるシチュエーションだ。


「少し、お話ししたいことがあって。……入ってもいいですか?」

「あ……ああ、構わないが……部屋が散らかってて……」

「失礼します」


 イザヨイが室内へ入り込むと、クローザーは石化したように扉の前に立ち尽くした。


「その……座ってくれ」


 クローザーは慌てて部屋にあった丸太の椅子を勧めようとしたが、イザヨイは迷うことなく、彼のベッドの端にストンと腰を下ろした。


「あの、クローザーさんもどうぞ」

「……お、俺はここでいい」


 ベッドに座る絶世の美少女。

 ただでさえ密室に男女二人きりという状況に耐性がない弓使いにとって、すぐ隣に座るなど心臓が爆発しかねない。

 クローザーは顔を少し赤くし、壁際に追いやられるようにして立ったまま、イザヨイと視線を合わせまいと必死に顔を背けていた。


「えっと……あの。今日のこと、謝りに来たんです」

「……今日のこと? 何の話だ?」

「その……湿地帯で、クローザーさんが毒袋を採取してた時です。私が、不用意なことを言っちゃって……」


 イザヨイは申し訳なさそうに眉を下げ、上目遣いでクローザーを見上げた。

 しかし、クローザーは本当に心当たりがないというように、眉間を寄せて首を傾げた。


「不用意なこと……? お前は何も悪いことは言っていないはずだが。むしろ、俺のつまらん知識を褒めてくれただろう」

「でも! そのあと、すごく落ち込んだ顔して、口を利いてくれなくなったじゃないですか。私、クローザーさんの劣等感を煽るような嫌味な言い方になっちゃったのかなって……」

「れ、劣等感……?」


 クローザーの完全に意味を掴みかねているような間の抜けた声だった。

 顔を上げると、クローザーは首を傾げていた。


「なぜイザヨイが謝る必要があるんだ? 俺はお前に見下されただなんて、欠片も思っていないぞ」

「えっ? でも、『圧倒的な魔法があれば毒なんて……』って、すごく落ち込んだ顔してたじゃないですか」


 イザヨイが不思議そうに問うと、クローザーの顔が、照れとバツの悪さがないまぜになったような複雑な表情に変わった。

 そして深くため息をつき、頭をガシガシと掻きむしった。


「……なんだ。お前、そんなことを気にしていたのか。……勘違いだ」

「勘違い?」


 クローザーは壁に寄りかかり、観念したようにベッドの端……イザヨイから少しだけ距離を置いた位置に腰を下ろした。

 至近距離で漂ってくる甘い石鹸の匂いに再び顔を赤くし、そっぽを向きながらボソボソと語り始めた。


「俺は……お前のその圧倒的な強さに嫉妬したり、劣等感を抱いて腹を立てていたわけじゃない」

「じゃあ、なんであんなに元気がなかったんですか?」

「……お前に、嫌われると思ったからだ」

「えっ?」


 クローザーは前髪を深く下ろし、自身の膝をきつく握り締めた。


「俺は……毒を扱う。魔物を解体し、内臓から毒袋を引きずり出し、それを矢に塗って……敵を苦しめながら殺す、姑息な戦い方だ」

「…………」

「そんな知識ばかり豊富で、いつも毒草や毒液の調合ばかりしている男なんて……お前のような、光の当たる道を歩く美しく純粋な少女から見れば……ただの『気味が悪い男』だろう? 引かれたり、怖がられたりするのが怖くて……お前のまっすぐな称賛が、皮肉でも何でもなく、ただ純粋なだけに……余計に惨めになったんだ」


 それを聞いて、イザヨイはようやくすべての合点がいった。


 なんのことはない。

 クローザーは『魔法使いとの実力差への劣等感』に悩んでいたのではない。

美人な女の子(イザヨイ)の前で、グロいことしてる自分を気持ち悪がられたらどうしよう』という、思春期の中学生のようなピュアな乙女心(男心)で勝手に落ち込んでいただけだったのだ。


(……ええーっ!? マジかよ!!)


 イザヨイは内心で大声でツッコミを入れた。


「あはははっ! なんだ、そんなことだったんですか!」


 緊張の糸がプツリと切れ、イザヨイは堪えきれずに笑い出してしまった。


「な、何を笑っている! 俺は真剣にだな……!」

「だって、クローザーさん! 私、毒の知識が豊富だからって、気持ち悪いなんてこれっぽっちも思いませんよ!」

「……え?」


 イザヨイは少しだけクローザーの方へ身を乗り出し、目を真っ直ぐに見つめた。

 その勢いで、イザヨイの豊かな双丘(おっぱい)が大きく揺れ、クローザーの理性を直撃するが、イザヨイはそんなことお構いなしに言葉を続ける。


「むしろ、すごく尊敬してます! 毒を扱えるってことは、解毒の方法も知ってるってことでしょ? 戦場では一番頼りになる知識じゃないですか。それに、戦い方に綺麗も汚いもありません。生き残るための最善の手を尽くせるクローザーさんは、すごく立派な冒険者だと思います!」

「……イザヨイ……」


 クローザーは目を見開き、そして――ぼんっと音が鳴りそうなほど、耳の先まで真っ赤に染まった。

 美少女から面と向かって、これ以上ないほどの全肯定を食らったのだ。


「……そ、そうか。お前がそう言ってくれるなら……俺は、この知識を誇りに思うことにしよう」


 クローザーは顔を逸らしながらも、嬉しさを隠しきれないように微かに口角を上げた。


「はい! これからも頼りにしてますよ、毒のエキスパートさん!」


 イザヨイは一件落着とばかりに、ホッと息をついて立ち上がった。

 これでパーティ内の人間関係の溝も埋まり、明日の冒険にも支障は出ないだろう。


「それじゃあ、誤解も解けたし、私は自分の部屋に戻りますね。おやすみなさい」

「あ、待ってくれイザヨイ!」


 部屋を出ようとしたイザヨイの背中を、クローザーの切羽詰まった声が引き止めた。


「ん? まだ何かありました?」


 振り返ると、クローザーは立ち上がり、何かを言い淀むように拳を強く握り締めていた。

 前髪の奥の瞳が揺れ、何度も深呼吸を繰り返している。


「あのな……俺は……その、毒の知識だけじゃなくて……実は……!」


(えっ!? 何!? もしかして、毒だけじゃなくて拷問の知識も持ってるとかカミングアウトするつもりか!?)


 イザヨイが変な方向に身構えて次の言葉を待っていると。


「……いや。何でもない。……遅くまで引き留めて悪かった。おやすみ」


 クローザーは急に顔を俯かせ、糸が切れたようにその言葉を飲み込んでしまったのだ。


「え、あ……はい。おやすみなさい」


 イザヨイは小首を傾げながらも、これ以上詮索して今度こそ本当に地雷を踏み抜いてしまってはマズいと判断し、逃げるように部屋を退出した。


 扉が閉まった後、一人残されたクローザーが、自身の意気地なさに絶望してベッドに崩れ落ち、頭を抱えて静かに悶絶していた。

 しかし、「まあ、人には色々秘密があるよね」と、呑気に自分の部屋へ戻る美少女には、知る由もなかったのである。

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