ワイバーン討伐
「ギャルルルルァァァッ!!」
夕闇を切り裂くような凶悪な嘶きと共に、南の空を覆い尽くしていた黒雲の正体がその姿を現した。
翼竜ワイバーン。
強靭な皮膜の翼と、猛毒を秘めたという鋭い尾。その一匹一匹が、小ぶりの家屋ほどもあるAランク相当の魔獣だ。
それが確認できるだけで十数体、連携を取るように旋回しながらカルゼオン南方の村へと降下を始めている。
「各員、対空防御陣形を維持しろ! 盾を上げろッ!」
アンドリューが長剣を振りかざし、円陣を組んだ騎士たちを鼓舞する。
村人たちを背後に庇い、鋼の防壁が空を睨む。
だが、その鉄壁の陣形を崩すように、円の中心から一人の少女が軽やかな足取りで前へと進み出た。
『星屑の聖衣』の裾を夕風に揺らしながら、銀髪の美少女・イザヨイが、ワイバーンの群れが押し寄せる方向へ、つまり村の防衛線から離れていくのだ。
「イ、イザヨイ殿!? どこへ行く! 陣形から出るな、上空からの連携攻撃の的になるぞ!」
アンドリューが血相を変えて制止しようと手を伸ばす。
しかし、イザヨイは立ち止まることなく、肩越しに彼を振り返り、ふわりと可憐に微笑んだ。
「大丈夫です、アンドリューさん。私を信じて、ここで村の皆さんを守っていてください」
その透き通るような声と、一切の恐怖を感じさせない瞳の輝きに、アンドリューは伸ばしかけた手をピタリと止めた。
ここで彼女を無理に引き戻せば、村を巻き込む大乱戦になるかもしれない。
グリフォンを単独で討ち果たした、その『規格外』の実力を信じるしかないのだ。
「……承知した。我々はここを死守する。だが少しでも危険を感じたら、すぐに退け!」
「はい、任せてください!」
イザヨイは村の広場を抜け、焼け焦げた畑が広がる開けた場所へと単身で歩みを進める。
(さてと。村からこれくらい離れれば、魔法の巻き添えは食らわないな。あとは……射程圏内に入るのを待つだけだ)
イザヨイの脳内には、エターナルクレイドルの『ターゲットサークル』の感覚が鮮明に浮かび上がっていた。
上空を旋回する十数体のワイバーンが、獲物(孤立したイザヨイ)を見定め、一斉に急降下を始める。
「ギャルァァァァッ!!」
突風が巻き起こり、イザヨイの銀髪が激しく煽られる。
巨大な爪と牙が迫り来るその瞬間。
(ここだ……!)
イザヨイは両手を天へと掲げ、冷徹な声で詠唱を紡いだ。
「凍てつく白銀の息吹よ、全てを削り取る嵐となれ。《ダイヤモンドストーム》!」
直後、イザヨイの頭上の空間が、物理法則を無視して凍り付いた。
急降下してきていたワイバーンの群れを真正面から迎え撃つように、猛烈な吹雪と、刃のように鋭い無数の氷塊が荒れ狂う巨大な竜巻が発生したのだ。
極限まで高められた「物理的な破壊力を持つ氷の乱舞」が、鋼のように硬いワイバーンの鱗を容赦なく削り、皮膜の翼を切り裂いていく。
「ギ、ギャアアアッ……!?」
嵐に巻き込まれたワイバーンたちは、突如として発生した絶対零度の刃に悲鳴を上げ、飛翔のバランスを完全に崩した。
翼の関節が凍りつき、巨大な躯が次々と空中から投げ出されていく。
ドズンッ! ズゴォォォンッ!!
十数体の飛竜が、まるで撃ち落とされたハエのように、イザヨイの周囲の地面へと激突し、凄まじい土煙を上げた。
「……よし、全機墜落。第一段階クリアっと」
だが、落下したワイバーンたちはまだ生きている。
氷に覆われながらも、強靭な生命力で身をよじり、あるいは憎悪の目でイザヨイを睨みつけ、ゆっくりと起き上がろうとしていた。
「ルルルゥゥ……ッ!!」
(さすがワイバーン……硬いな。このまま放っておけば、すぐに氷を割って暴れ出すだろうし)
ゲームであれば、ここで《ライトニングスピア》などの単体高火力魔法で処理していくのが定石だ。
だが、十数体もの群れを相手に、いちいちターゲティングして雷の槍を落としていては時間がかかるし、何より魔力消費が激しい。
(俺の魔力なら、もっと派手なので一気に片付くじゃん)
イザヨイは不敵な笑みを浮かべ、今度は空へ向かって右手を高く突き上げた。
「一匹ずつ相手にしてる暇はないからね。……まとめて消し炭になれ!」
暮れなずむ空に、突如として真っ黒な雷雲が渦を巻いて発生する。
バチバチという紫電の明滅が、村全体を不気味に照らし出した。
「降り注げ、神の裁き。《ジャッジメントレイン》!!」
その言葉を合図に、空が裂けた。
ゴロゴロドシャァァァァァンッ!!!!
文字通り、無数の雷が『雨』のように降り注いだのだ。
広範囲を無差別に爆撃する、エターナルクレイドルにおける雷属性の最上位制圧魔法。
先ほどの氷の嵐で地面に叩きつけられ、逃げ場を失っていた十数体のワイバーンたちに、容赦のない紫電の豪雨が断続的に直撃する。
「ギャ、ギギギィィィッ……!!!」
落雷の凄まじい轟音と閃光で、村の広場にいた騎士や村人たちは思わず耳を塞ぎ、目を閉じた。
「う、うわぁ!」
「か、雷!?」
「ひぃ! 天変地異か!?」
鼓膜を破らんばかりの雷鳴が数十秒間も鳴り響き、焦げ臭い肉の匂いと、地面が焼き払われる熱波が押し寄せてくる。
やがて、神の怒りとも呼べる落雷の雨が止み。
雷雲が晴れて、再び夕焼けの空が顔を出した。
「…………」
黒焦げになった大地に、動くものは何もなかった。
強靭な鱗も、猛毒の尾も、全てが等しく炭化し、十数体のAランク魔獣・ワイバーンの群れは、一匹残らず完全に息絶えていた。
その中心で、銀髪を揺らすイザヨイだけが、ふうっと小さく息を吐き出して立っている。
「よし、お掃除完了。おっぱいの揺れも最小限に抑えられたし、これで信じてくれるだろう」
イザヨイは被害ゼロでの大魔法ぶっぱな成功に、誰にも聞かれないように呑気な感想を漏らしながら、自身の胸元を軽くポンと叩いた。
後方で、その神話のような光景を目の当たりにしたアンドリューと騎士たちが、アゴを外さんばかりに口を開けて硬直していることなど、全く気にも留めずに。




