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ラッキースケベ

 カルゼオンを出立した討伐隊の馬車は、街道を南へと進み続けた。

 目的地であるワイバーンに襲われたという村までは、大人の足と馬車でも二日の道程だという。

 太陽が西の空へ傾き、辺りがオレンジ色に染まり始めた頃。


「本日の行軍はここまでとする! 野営の準備に取り掛かれ!」


 先頭を騎馬で進んでいたアンドリューの号令で、馬車が街道沿いの開けた広場に円陣を組むように停車した。


「はっ!」


 総勢数十名の騎士たちが一斉に動き出す。

 手際よく馬を繋ぎ、荷台からテントの布や薪を下ろし、あっという間に野営地を設営していく。

 その一糸乱れぬ動きは、さすがは領主に仕える精鋭部隊だ。


「わぁ……みんなすごい手際がいいなぁ」


 イザヨイは馬車から降り、裾を払いながら感心したように周囲を見回した。

 冒険者としての野宿経験は皆無に等しいため、自分も何か手伝ったほうがいいのだろうかと、近くで薪を運んでいた若い騎士に声をかける。


「あ、あの……私も何か手伝いましょうか? 料理とか、荷物運びとか」


 イザヨイが裾を持ち上げながら遠慮がちに尋ねると、騎士たちは一斉に、そして凄まじい勢いで首を横に振った。


「「「滅相もございません!!」」」

「貴女様のような可憐なご令嬢に、このような泥仕事などさせられません! 我々にお任せいただき、どうかそちらでお休みになっていてください!」

「そうですとも! 火起こしから食事の支度まで、全て我々が完璧にこなしてみせますゆえ!」


 他の騎士たちも、どこからともなくワラワラと集まってきては、胸を張って頼もしさをアピールし始めた。

 平素は厳しい訓練に明け暮れるむさ苦しい男所帯の騎士団にとって、絶世の美少女(しかもAランク討伐の噂がある謎の強者)が同行している今回の任務は、ある意味で最高にモチベーションの上がるボーナスステージなのだ。


 皆、イザヨイの気を引こうと、あるいは「頼りになる男」として良いところを見せようと、いつも以上に張り切って野営の準備に奔走している。

 彼女に「頼りになる」と思われたいという男の(悲しい)見栄が、彼らのポテンシャルを普段の150%まで引き上げていた。


(すげぇなぁ……。さすがはプロの騎士団。手際が良すぎるし、体力もある。それにしても、みんなやけに元気だな)


 イザヨイは用意された丸太の椅子にちょこんと座り、ニコニコと微笑みながら呑気に彼らの働きぶりを眺めていた。

 自分がその「張り切る原因(モチベーションの塊)」であることなど、欠片も分かっていない。

 むしろ「キャンプみたいで楽しいな。料理とかするのかな」と、修学旅行の夜のようなワクワク感すら抱いていた。


 やがて夜の帳が下り、焚き火の周りで簡単な食事が振る舞われた後。


「イザヨイ殿。そろそろ休まれると良い」


 見回りを終えたアンドリューが、火の番をする騎士たちから少し離れた場所でくつろいでいたイザヨイの元へ歩み寄ってきた。


「あ、アンドリューさん。お疲れ様です。……あの、寝る場所はどうすれば?」

「貴女には、こちらの幌付きの荷台を用意してあります。毛布も敷いてありますので、風も凌げるはずです」


 アンドリューが示したのは、四台のうち、最も頑丈で荷物の少ない一台の馬車だった。

 紅一点であり、しかも得体の知れない大物(客人扱い)である彼女を、荒くれ者の男たちと同じ地べたで寝かせるわけにはいかないという、副団長としての配慮だろう。


「わぁ、ありがとうございます! 助かります」


 イザヨイはパァッと花が咲くような笑顔でお礼を言い、馬車の後部へと回った。

 荷台は少し高い位置にあり、木製のステップが掛けられている。

 イザヨイはドレスの裾を少し持ち上げ、ステップに足をかけた。


 その時だった。


「あっ……」


 夜露で濡れていたのか、ステップの端でイザヨイの足がズルッと滑った。

 バランスを崩し、背中から地面へと落ちそうになる。


「危ないっ!」


 すぐ近くで待機していたアンドリューが、とっさに身を翻した。

 騎士としての反射神経が、倒れゆくイザヨイの身体を咄嗟に受け止めようと両腕を差し出す。


 ガシッ


 見事にイザヨイの柔らかな身体を受け止め、転倒を防ぐことに成功した。


 だが――その瞬間、彼の手は、絶対に触れてはならない、そして最も柔らかな部分を、これ以上ないほど「がっつり」とホールドしてしまったのだ。


「……ッ!!?」


 手に伝わる、恐ろしいほどの弾力と、ドレス越しでも分かる圧倒的な質量。

 両手の中に収まりきらない、水風船のような柔らかい感触が、アンドリューの脳を直撃した。

 それは、彼が今まで剣の柄や鎧の硬さしか知らなかった手にとって、あまりにも衝撃的で、強烈な未知の感覚だった。

 そんな巨大な双丘(おっぱい)を、鷲掴みにしてしまったのだ。


 手のひらに伝わる、布越しでもはっきりと分かる規格外の柔らかさと、弾力。

 そして、腕の中にすっぽりと収まった、温かく甘い石鹸の香り。

 若き天才騎士の脳内は完全にショートした。


「ば、っ!? も、申し訳ございません!!!」


 アンドリューは弾かれたように両手を離し、後ろへ飛び退いた。

 顔は真っ赤に茹で上がり、騎士にあるまじき狼狽ぶりで、地面に膝をつきそうになりながら平謝りする。


「と、咄嗟のこととはいえ……!! ご令嬢の、あ、あの……その……何という無礼を……!! 決して、故意にその……無礼を働いたわけでは……っ!」


 騎士道に反する、あるまじきセクハラ行為。

 最悪、この怒りで強大な魔法を放たれて消し炭にされるかもしれない。


 だが。

 当の被害者であるイザヨイの反応は、彼の予想を斜め上に裏切るものだった。


「ビックリしたぁ……助かりました、アンドリューさん。ナイスキャッチです!」


 イザヨイはパンパンとドレスの埃を払い、ニコッと無邪気に笑ったのだ。


「……え?」

「そのまま落ちてたら、腰を打つところでした。ありがとうございます! それじゃあ、おやすみなさい!」


 イザヨイは全く気にする様子もなく、顔を赤らめるでも、悲鳴を上げるでもなく――ヒラリと身軽に荷台へ乗り込み、幌を閉めてしまった。


 中身が男のゲーマーであるイザヨイにとって、「同性に胸を触られた(というか受け止められた)」程度のことは、ラッキースケベでも何でもなく、ただの「物理的な接触事故」に過ぎない。

 羞恥心など湧くはずもなかったのだ。


 残されたアンドリューは、幌が閉ざされた馬車の前で、一人ポカンと口を開けて立ち尽くしていた。


(……怒らなかった? いや、それどころか、全く気にする素振りすら見せなかった……?)


 普通であれば、顔を真っ赤にして泣き叫ぶか、最悪の場合、強烈な平手打ちが飛んできてもおかしくない状況だ。

 それなのに、彼女は「ありがとう」と微笑んだだけ。


(この感触……)


 無意識に、イザヨイの胸を揉みしだいてしまった手のひらを見つめる。


(もしや、彼女は自分が故意に触ったとすら思っていないのか? それとも、あの無防備さには何か別の意図が……?)


 脳裏に蘇る、あの規格外の柔らかさと、指が沈み込むような圧倒的な弾力。


「……ッ、いかんいかん! 私は何を考えているのだ!」


 アンドリューは顔から火が出そうになりながら、自分の頬を両手でパンッ! と叩いて邪念を振り払った。

 しかし、その不可解すぎる反応が、イザヨイという存在の謎をさらに深めていく。

 あのように美しい少女が、性的羞恥心を全く持っていない。あるいは、達観している。


(いや、それとも……あの程度のことは『日常茶飯事』というほど、修羅場を潜り抜けてきたということか……!?)


 アンドリューの深読みと妄想は、止まるところを知らない。


(イザヨイ殿……貴女は、一体何者なのだ……)


 アンドリューの胸中で、ワイバーンの脅威よりも、あの柔らかい感触の謎が、夜空の星のようにぐるぐると回り続けていた。

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