心配する過保護な三人組
カルゼオンの石畳を滑るように走り、ヴェルリス家の紋章が刻まれた豪華な馬車は、冒険者たちが定宿とする『踊る麦亭』の前に静かに停車した。
「ありがとうございました、お気を付けて」
イザヨイが完璧な愛想笑いで騎士たちを見送る。
馬車が走り去るのを確認した瞬間――
「イザヨイッ!!!」
「お帰り、イザヨイちゃん! 無事だった!?」
宿屋の入り口から、弾かれたように三人の影が飛び出してきた。
ボルグは顔を真っ赤にして息を切らし、シエルは目に涙を浮かべ、クローザーは周囲に怪しい人影がないか鋭く睨みを利かせている。
彼らはイザヨイが連行されてから、ずっとここで胃に穴が空きそうな思いで帰りを待っていたのだ。
「あはは……ただいま戻りました。そんなに心配しなくても、取って食われたりしませんよ」
イザヨイは苦笑いしながら、裾を翻して宿屋の食堂へと足を踏み入れた。
「バカ野郎、相手はあの領主様だぞ!? 平民の冒険者なんて、機嫌を損ねればいつでも首をすげ替えられるような存在なんだ! 妙な言いがかりとか、無理難題を吹っかけられたりしなかったか!?」
「……怪我はないな。表情を見る限り、精神操作の魔法も受けていないようだが」
「本当よ、私たちがどれだけ心配したか……! それで、どうだったの!? 何の話だったのよ!?」
過保護な三人組にテーブルの奥の席へと押し込まれ、イザヨイはエール(果実水)の入った木製ジョッキを両手で包み込んだ。
皆の剣幕に押され気味だが、その心配が本心からのものであることが伝わってきて、ゲーマーとしては少しだけ胸が温かくなる。
「ええとですね、皆さんの予想通り、昨日倒したグリフォンの件でした。私があれを単独で倒したことが、どうしても信じられなかったみたいで」
イザヨイは一口だけ果実水で喉を潤し、屋敷での出来事――領主マクミランと副団長アンドリューとの謁見、そして魔法の実力証明としての『テスト』――を、ありのままに語って聞かせた。
「……というわけで、明日の朝から、南方の村を襲っているという『ワイバーン』の討伐と調査に、アンドリュー様たちと一緒に行くことになりました」
あっけらかんと締めくくられた報告に。
「「「…………はぁぁぁっ!?」」」
ボルグ、クローザー、シエルの三人の声が、綺麗に重なって食堂の天井を震わせた。
「ワ、ワイバーンの討伐だとぉぉっ!? お前、自分が何を言ってるか分かってんのか!? ワイバーンはなぁ、単体でもAランクの厄介な飛竜だが……一番の脅威は、奴らが『群れ』で狩りをすることだぞ!?」
ボルグの顔には、かつてないほどの恐怖と焦燥が浮かんでいた。
「グリフォンは確かにバカみたいに強いが、基本は単独行動だ! だがワイバーンは違う! 空の彼方から一斉に急降下してきて、上空からの連携攻撃で獲物を嬲り殺しにするんだ! いくらイザヨイの魔法がデカくても、四方八方から空を飛ぶ複数のAランクに襲われたら……!」
「ボルグの言う通りよ! いくら天才魔導士のイザヨイちゃんでも、詠唱の隙を突かれたらひとたまりもないわ! なんでそんな無茶なテスト、引き受けちゃったのよ!」
シエルが青ざめた顔でイザヨイの肩を掴み、ガクガクと揺らす。
当然、その振動でイザヨイの豊かな双丘もブルンブルンと上下に暴れ回るが、今は誰もそんなことを気にしている余裕はない。
「……領主の息子、アンドリューか。あいつ、イザヨイを試すためにわざと死地に送り込むつもりだな。外道め……」
クローザーがギリッと歯を食いしばり、弓の弦に手を伸ばす。
三人の激しい反応は、彼らがいかにこの世界の魔物の恐ろしさを知っているかの証明だった。
だが、その常識は『エターナルクレイドル』のカンストプレイヤーには通用しない。
「わわっ、シエルさん、揺らさないで! ……大丈夫ですよ、皆さん」
イザヨイはシエルの手を優しく解き、三人を見回して、ニシシといたずらっぽく笑った。
「ワイバーンが群れで来るのは知ってます。でも、空飛ぶ的がいっぱい増えるだけで、私の魔法なら一網打尽にできる範囲ですから」
「ば、馬鹿野郎……ッ! そんな甘くねぇ! 現実の飛竜の群れは……」
「ボルグさん」
その一言で、ボルグの口がピタリと止まった。
イザヨイの真っ直ぐな瞳。
そこには、虚勢や強がりではない、絶対的な強者としての揺るぎない自信が宿っている。
Eランクの新人という肩書きとは裏腹の、底知れない実力。
「……私の魔法、信じてくれませんか? 絶対に、無傷で帰ってきますから」
数秒の沈黙の後。
ボルグは深い、本当に深いため息を一つ吐き出し、ドスッと椅子に座り直した。
「……ああ、もう。分かったよ。お前がそこまで言うなら、これ以上は引き留めねぇ」
「ボルグ!?」
シエルが驚いて声を上げるが、ボルグは首を横に振った。
「俺たちが見た、あの大魔法の嵐と雷の槍。……あれを信じるしかねぇだろ。それに、俺たちがここで何を言っても、イザヨイの奴、結局行っちまう気満々の顔してやがるしな」
クローザーもふっと息を抜き、弓から手を離した。
「……無茶だけはするなよ。俺たちは明日の朝、馬車を見送ることしかできないんだからな」
「はい! ありがとうございます!」
イザヨイはパァッと顔を輝かせ、大きな返事をした。
(よっしゃ! これで明日の金策……いや、ワイバーン討伐への障害はクリアだ! ……でも、おっぱいの揺れ対策が間に合わなかったのだけが痛いな。また魔法の固定砲台に徹するしかないか)
そんな不純な防具問題に頭を悩ませているとも知らず、過保護な三人組は「明日はせめて一番いい朝飯を食わせて送り出そう」と、祈るような気持ちでイザヨイを見つめるのだった。




