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領主との対面②

 カチャッ。

 イザヨイが静かにティーカップをソーサーに戻す音が、張り詰めた応接室の空気に小さく響いた。


 向かいのソファに座るアンドリューは、その一挙手一投足を、油断なく、同時に吸い込まれるような眼差しで見つめていた。


(……不自然だ。あまりにも不自然すぎる)


 若き天才騎士の脳内は、目の前の絶世の美少女に対する強烈な警戒と、底知れない謎への疑問で埋め尽くされていた。


 まず、その規格外の戦闘力。

 Aランク魔獣・グリフォンの単独討伐。

 王都の騎士団長であっても、無傷で単騎討伐など不可能に近い。

 Sランク冒険者に匹敵する、いや、それすらも凌駕するかもしれない圧倒的な武の象徴。

 それが、なぜこんな華奢な少女の姿をしているのか。


 次に、その容姿。

 透き通るような白磁の肌に、星屑を集めたような銀糸の髪。

 そして何より、男であれば誰でも――騎士たる自分であっても――無意識に目を奪われてしまうほどの、完璧に計算され尽くしたかのような美貌と、暴力的なまでのプロポーション。

 もし彼女が夜の街で娼婦として立てば、一晩で国中の財を傾かせるほどのトップに君臨できるだろう。


 さらに、その装い。

 イザヨイが身に纏っているのは、王都の上級の仕立て屋でも見たことがないほど精緻で、使われている宝石や布地は、上流貴族や王族の礼服と見紛うばかりの業物だ。


(これほどまでに特徴的で、目を引く存在……。そんな者が、なぜ今まで全くの無名だったのだ?)


 強大な力、絶世の美貌、豪華絢爛なドレス。

 このうちの一つでも持っていれば、国中に噂が広まっていてもおかしくない。

 だというのに、カルゼオンの領主である父マクミランも、王都で広く情報を集めている自分も、イザヨイの存在を昨日まで欠片も知らなかった。


(まるで昨日突然、この世界にポンと現れたかのようだ……)


 考えれば考えるほど、イザヨイという少女の不気味さと謎が、深い影を落としていく。


 アンドリューが眉間に皺を寄せて思考の海に沈んでいると、父マクミランが静かに口を開いた。


「……さて。貴女の力が本物であることは、その立ち居振る舞いからも伝わってくる。だが、領主として、カルゼオンにこれほどの力を持つ者が滞在する以上、無視することはできん」


 マクミランの鋭い眼光が、イザヨイを射抜く。

 アンドリューもハッとして、父の次の言葉に全神経を集中させた。

 彼が今、最も知りたかった疑問だ。


「イザヨイ殿。貴女の『出身』は、どこなのだ? これほどの魔法の使い手、いずこかの高名な師に学んだか、あるいは遠方の超大国の出身か。……教えてはもらえないだろうか」


 イザヨイは内心で盛大に顔をしかめた。


(……あちゃー。やっぱり、その質問は避けて通れないか)


 表面上はティーカップを指でなぞりながら、少しだけ伏し目がちな、憂いを帯びた表情を作る。


 当然のことながら、「私は『エターナルクレイドル』っていうVRゲームをプレイしてたら、なぜかこの世界に転生してきちゃった異世界人です。中身は男です」などと、バカ正直に言えるはずがない。

 言ったところで狂人扱いされるか、最悪の場合、未知の魔法や知識を狙われて国に幽閉されるのがオチだ。


(ここは……嘘をつかずに、誤魔化すしかない!)


 数秒の沈黙の後、イザヨイはゆっくりと顔を上げ、マクミランとアンドリューの目を真っ直ぐに見つめ返した。


「……申し訳ありません、領主様。私の出身や、魔法をどこで学んだかについては、申し上げることはできません」

「言えない、と?」


 マクミランが片眉をピクリと跳ね上げた。

 イザヨイはコクリと頷き、さらに言葉を続ける。


「はい。私にも色々と……複雑な事情がありまして。お話ししたくても、どうしても話せない理由があるのです。ご無礼はお許しください」


 これは、ある意味では事実だった。

「異世界から来た」という最大の事情を抱えている以上、物理的に(あるいは精神的に)話すことができないのだ。


「うむむ……」


 その言葉を聞いたマクミランは、顎髭を撫でながらと渋い顔で唸った。

 身元不明の超戦力。領主としては最も警戒すべき対象である。

 そして、隣でそのやり取りを聞いていたアンドリューの心には、さらに濃い疑惑と警戒心の影が落ちた。


(事情があって話せない……? やはり、何か裏があるのか。王都に仇なす組織の工作員か、あるいは他国のスパイ……。いや、それにしては目立ちすぎる。だが、素性を隠すということは……)


 アンドリューの騎士としての勘が、このまま彼女を野放しにしておくべきではないと警鐘を鳴らしていた。

 言葉での詰問は、これ以上は無意味だ。

 ならば、彼が取るべき手段は一つしかなかった。


「……父上。よろしいでしょうか」


 アンドリューが立ち上がり、剣の柄にそっと手を添えながら、イザヨイを真っ直ぐに見据えた。


「イザヨイ殿。貴女に深い事情がおありであることは理解した。だが、カルゼオンの治安を預かる我々として、貴女の言葉をただ鵜呑みにするわけにはいかない」

「アンドリュー様……?」


 イザヨイが小首を傾げる。

 アンドリューは、その金糸の髪を揺らしながら、一人の武人としての鋭い闘志を瞳に宿らせて宣言した。


「貴女のその力……グリフォンを単独で討ち果たしたという大魔法の片鱗を、どうか、私のこの目で確かめさせてはいただけないだろうか」


 それは、身元不明の怪しい美少女への疑念を晴らすため。

 そして同時に、若き天才騎士としてのプライドが、純粋な探求心を隠しきれずにいたからの提案だった。

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