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領主との対面①

 馬車が静かに止まる。

 重厚な門をくぐり、敷き詰められた白石の先には、カルゼオンの領主・ヴェルリス家が居を構える巨大な屋敷が鎮座していた。

 荘厳な石造りの外壁と、手入れの行き届いた広大な庭園。

 冒険者であるイザヨイが普段目にすることのない、権力と富の象徴だ。


「到着いたしました。どうぞ、お足元にお気を付けて」


 馬車の扉が開き、初老の執事が完璧な所作で恭しく頭を下げた。

 手袋をした手を差し出され、イザヨイはその手を取って馬車を降りる。

『星屑の聖衣』の裾がふわりと広がり、銀色の髪が午前の陽光に煌めいた。


「ありがとうございます。立派なお屋敷ですね」

「恐れ入ります。主と若様が、奥の応接室でお待ちかねです。こちらへどうぞ」


 執事はイザヨイの美貌に一瞬目を見張ったが、すぐにプロとしての表情を取り繕い、屋敷の奥へと案内した。


 長い廊下には、高価な絵画や壺が飾られており、歩くたびにフカフカの絨毯が足音を吸い込む。

 やがて、重厚な両開きの扉の前に到着した。


 コンコン


 執事が静かにノックをし、扉を開け放つ。


「旦那様、アンドリュー様。お約束の『イザヨイ様』をご案内いたしました」


 イザヨイは一歩、室内へと足を踏み入れた。

 そこは、窓から明るい光が差し込む広い応接室だった。

 部屋の中央にある豪華なソファに腰掛けていた二人の男――領主マクミランと、その息子である若き天才騎士アンドリューが、扉の方へと視線を向ける。


 そして――

 二人は完全に言葉を失い、石像のように固まった。


「なっ……」

「こ、この子が……!?」


 無理もない。

 彼らが想像していた『Aランクの魔獣グリフォンを単独討伐した豪傑』とは、顔に傷のある歴戦の戦士か、白髭を蓄えた恐ろしい大魔導士だったはずなのだ。


 それがどうだ。

 目の前に現れたのは、まだ十代半ばにしか見えない、透き通るような肌と銀糸の髪を持つ絶世の美少女。

 しかも、どこかの王族の姫君と見紛うばかりの、星空を切り取ったような豪華絢爛なドレスを身に纏い、その華奢な体の中心には、ドレスの胸元をはち切れんばかりに押し上げる暴力的なまでの双丘(おっぱい)が存在感を放っている。

 可憐さと妖艶さが同居するその姿は、およそ『殺戮の力』とは無縁の芸術品のようだった。


(よしよし、めっちゃビビってるじゃん。やっぱり、野暮ったい冒険者の格好じゃなくて、このお気に入りのドレスに着替えてきて大正解だったな!)


 二人の露骨な反応を見て、イザヨイは内心でガッツポーズを作った。

 最初の掴みは完璧だ。

 外見の美しさとドレスの威光で、相手のペースを崩す。ゲーマーとしての交渉の第一歩である。


「初めまして。冒険者のイザヨイと申します。領主様からのお呼び出しと伺い、参上いたしました」


 イザヨイはスカートの裾を優雅につまみ、貴族の令嬢にも引けを取らない完璧なカーテシー(お辞儀)を披露した。

 その涼やかな鈴を転がすような声に、マクミランとアンドリューはハッと我に返った。


「……お、おお。よくぞ参られた、イザヨイ殿。私がカルゼオンの領主、マクミラン・ヴェルリスだ。そしてこちらが息子の……」

「……アンドリュー・ヴェルリスです。王都の騎士団で副団長を務めております」


 アンドリューが立ち上がり、胸に手を当てて一礼する。

 その金髪のイケメン騎士の顔は、昨日のパレードの時よりもどこか強張っており、イザヨイの美貌と、彼女が放つ底知れないオーラに当てられているようだった。


「さあ、立ち話も何だ。そこに掛けてくれたまえ」

「失礼いたします」


 マクミランに促され、イザヨイは向かいのソファに腰を下ろした。


「さて、イザヨイ殿。単刀直入に聞こう。ギルドからの報告だが……北の岩山のAランク魔獣、グリフォン。あれを、本当に貴女がたった一人で討伐したというのは、事実か?」


(……来たな。やっぱりその件か)


 イザヨイは内心で舌を出しつつも、表面上は涼しい顔を保ったまま、こくりと頷いた。


「はい。間違いありません。私一人で討伐いたしました」


 そのはっきりとした肯定に、アンドリューが身を乗り出した。


「ば、馬鹿な……! 失礼ながら、貴女のような華奢なご令嬢が、あの化け物を相手にどうやって……!? 騎士の精鋭部隊でさえ、容易には近づけぬ相手なのだぞ!」

「落ち着け、アンドリュー。……イザヨイ殿、息子が非礼を詫びる。だが、我々としても信じ難いのは事実だ。報告書によれば、魔法の痕跡があったそうだが……具体的に、どのような手段を用いたのか、教えてはもらえないだろうか?」


 マクミランが食い下がる。

 グリフォンは生半可な魔法など、その強靭な羽毛と風の加護で弾き返してしまう。

 それを打ち破るほどの魔法となれば、使用者は相当な手練れなのは確実である。

 領主として、カルゼオンの安全を脅かす存在ではないかを見極めなければならないのだ。


「ええと……得意の魔法で、ちょっと撃ち落としただけですけど」


 イザヨイは小首を傾げ、さらりと言ってのけた。

 その言葉に、アンドリューが再び声を上げる。


「ちょっと撃ち落とした、だと……!? あのグリフォンには並大抵の魔法は通じない! 貴女は一体、どれほど強力な、どのような大魔法を使ったというのだ!?」


 アンドリューの必死な形相に、イザヨイは少し困ったように眉を下げた。


「そんなに強力な魔法じゃないですよ? 《ダイヤモンドストーム》で飛べなくして、あとは《ライトニングスピア》を二発撃ち込んだだけですし……」

「…………は?」


 マクミランとアンドリューの口が、ぽかんと開いた。

 《ダイヤモンドストーム》。広範囲の空間を絶対零度に凍てつかせる高位の氷雪魔法。

 《ライトニングスピア》。単体を貫く極大の雷撃魔法。

 どちらも、一流の宮廷魔導士でさえ使用者が限られている、超高位の攻撃魔法である。


「そ、それを……一人で、連続して無詠唱で放ったというのか……!?」

「それに……それ以上の大魔法は使わなかったのか?」


 マクミランの震える声に、イザヨイは申し訳なさそうに視線を落とした。


「はい。……あの、私、本当はもっと威力の高い魔法や、全部の魔法が使えるわけじゃないんです。ただ、自分にとって使いやすくて便利な魔法をいくつか得意にしているだけで……」


 これは決して嘘ではない。

『エターナルクレイドル』において、プレイヤーは全てのスキルツリーを埋めることはできず、イザヨイのキャラクターは「敏捷性・物理攻撃力極振り+一部の高火力便利魔法(氷と雷)」という、ピーキーな魔法剣士ビルドで育成されていたのだ。

 イザヨイからすれば、炎や光などの魔法は殆ど使えないし、本来は「魔法よりも剣で殴った方が火力が高い」という脳筋な理由があるのだが、それは相手には伝わらない。


 だが、マクミランとアンドリューにとって、その事実は逆に恐ろしいものだった。


『得意な魔法を数発撃っただけで、Aランクのグリフォンを瞬殺した』。


 つまり、彼女はまだ本気すら出していない。もし本気でその魔力を街に向ければ、カルゼオンなど一瞬で灰燼に帰すのではないか。

 その可憐な外見に包まれた、底知れない圧倒的な暴力の片鱗。

 二人は冷や汗を拭い、完全に沈黙してしまった。


 静まり返った応接室に、カチャリという陶器の音が響いた。

 先程の執事が、三人の前に香り高い紅茶の入ったティーカップを静かに置き、一礼して下がっていく。


「あ、いい匂い。いただいてもいいですか?」

「……あ、ああ。もちろんだ、どうぞ」


 緊張の極地にある親子を他所に、イザヨイは呑気にティーカップを手に取り、優雅に紅茶を啜るのだった。

 領主との謁見は、イザヨイの「圧倒的強者の余裕(本人は全く気付いていない)」によって、完全にイザヨイのペースで進んでいく。

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