お気に入りのコスチューム
場面は再びカルゼオンの街、冒険者たちが集う宿屋『踊る麦亭』の食堂へと戻る。
白銀の鎧を纏った騎士たちが立ち並ぶ中、銀髪の美少女――イザヨイは、彼らの申し出に一つ頷いた。
「はい、同行しますよ。領主様がお呼びなら、無下にはできませんし」
あっけらかんとしたイザヨイの返事に、背後で固まっていたボルグ、クローザー、シエルの三人が慌てて前に出た。
「お、おいイザヨイ! 本気か!? 相手はこの街で一番偉いお方だぞ!?」
「……もし妙な言いがかりをつけられるようなら、俺たちも同行する。何かに巻き込まれる可能性が高い」
「そうよイザヨイちゃん! あなたみたいな純真な子が、貴族のドロドロした政治の道具にでもされたら……!」
シエルは今にも泣き出しそうな顔でイザヨイの手を握り締めた。
過保護な三人組の脳内では、既に「田舎から出てきた無垢な美少女が、悪徳領主に目をつけられて妾にされる」という昼ドラのような悲劇のシナリオが完成しつつあった。
(いやいや、いくらなんでも考えすぎだろ。倒したグリフォンのことで話が聞きたいだけだろうし。……でも、確かにちょっと面倒くさいことになったな)
イザヨイは内心でため息をつきつつも、三人の不安を解すようにふんわりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ、皆さん。私、自分の身くらいは自分で守れますから。それに、領主様がそんな悪い人だとは思いませんし。……すぐ戻ってきますから、ギルドで待っててくださいね」
その揺るぎない笑顔と、Aランク魔獣を瞬殺した圧倒的な実力を思い出し、三人はぐっと言葉を飲み込んだ。
確かに、武力においてイザヨイの右に出る者はこの街にいないだろう。
彼らは渋々ながらも頷き、一歩引き下がった。
「……じゃあ、ちょっと着替えてくるので、部屋の前で待っててもらえますか?」
騎士の一人に声をかけ、イザヨイは足早に二階の自室へと向かった。
ガチャリと扉を閉め、一人になった途端、イザヨイは大きくため息を吐き出してベッドにダイブした。
「はぁ〜……マジかよ。なんで俺がいきなり領主に呼び出されてんの……」
心当たりがないわけではない。
ギルドでの騒ぎ。金貨五十枚という破格の報酬。そして何より、この街の生態系の頂点に君臨していたであろうグリフォンを、得体の知れない新人冒険者がソロで討伐したという事実。
為政者として、そんな危険な存在を無視できるはずがないのだろう。
「最悪、国から追放とか、面倒な騎士団に入れとか言われたらどうしよう……。まあ、いざとなれば魔法でぶっ飛ばして逃げればいいだけだけど」
ゲーマーらしい物騒な解決策を頭の片隅に置きつつ、イザヨイはのそりと起き上がった。
「とりあえず、身だしなみだな。こんな格好では印象悪くしそうだし……」
イザヨイの脳内に、一つの衣装が閃いた。
インベントリの奥底に眠らせていた、この世界に転生してきた初日に着ていたあの装備。
(領主に謁見するんだから、少しでも印象を良くしておかないと。失礼のない格好、というか、舐められないような……威厳があって、でも華やかなやつ……!)
イザヨイは虚空に手をかざし、インベントリを開いた。
そこに並ぶアイテム群から、一番最初に着ていたあの装備を選択する。
「これだ……!」
虚空から取り出したのは、白と銀を基調とし、青いリボンがあしらわれたゴシック調の美しいドレス。
ゲーム『エターナルクレイドル』における、超絶レア装備『星屑の聖衣』である。
露出度は高いが、その繊細なレースや宝石の装飾は、どこかの国の王女が着ていてもおかしくないほどに豪華絢爛だ。
そして何より、魔法防御力と状態異常耐性がトップクラスという、見た目の可憐さとは裏腹のガチガチの高性能防具でもある。
「うん、これなら見た目的にもドレスみたいで可愛いし、俺のお気に入りのコスチュームだからテンションも上がるしな。おっぱいも……まあ、コルセットでギュッと上げれば、見た目のバランスは悪くない」
防具としての実用性(おっぱいホールド機能)は皆無だが、今日は戦闘ではなく謁見だ。
歩くだけなら激しい揺れも誤魔化せるだろう。
何より、このドレスの『圧倒的な美しさ』は、貴族の目から見ても決して失礼には当たらないはずだ。
「よし、着替え完了!」
一回転し、スカートの裾をふわりと広げる。
銀髪を整え、完璧な美少女アバターの威力を最大限に引き出したイザヨイは、自信満々に部屋の扉を開けた。
「お待たせしました! 行きましょうか」
廊下で待機していた騎士たちが、その声に振り返り――そして、見事に全員の動きが停止した。
「こ、これは……」
「なんと、美しい……」
つい先程まで地味な冒険者の格好をしていた少女が、まるで星空から舞い降りた女神のようなドレス姿で現れたのだ。
コルセットで強調された豊満な胸元、歩くたびに微かに覗く白磁の太腿。
厳格な訓練を受けた騎士たちでさえ、一瞬、呼吸を忘れてその姿に見惚れてしまった。
「……あ、あの。何か変ですか?」
イザヨイが小首を傾げて尋ねると、リーダー格の騎士がハッと我に返り、慌てて咳払いをした。
「い、いえ! 大変素晴らしい装いで……ごほん。領主様も喜ばれることでしょう。では、こちらへ。外に馬車をご用意しております」
騎士たちは、先程よりも明らかに丁重で、まるで本物の貴族の令嬢を扱うような態度で、イザヨイをエスコートした。
宿屋の外に出ると、そこにはヴェルリス家の家紋が刻まれた、四頭立ての豪華な馬車が待機していた。
金色の装飾が施された車体は、街の平民たちが遠巻きに眺めるほどに立派なものだ。
「わぁ……馬車なんて初めて乗るかも。すっごいフカフカだ」
騎士の手を借りて馬車に乗り込んだイザヨイは、ビロード張りの座席に腰を下ろし、ふんわりと微笑んだ。
窓の外では、ボルグたちがぽかんと口を開けて、まるで別世界へ連れ去られる姫君を見送るような顔で立ち尽くしている。
(さてと。領主様がどんな顔で俺を出迎えてくれるか、お手並み拝見と行こうじゃないか)
馬車が静かに動き出し、車輪の音が石畳に響く。
華麗なる『星屑の聖衣』を身に纏った銀髪の美少女は、内心で少しだけ緊張しながらも、ゲーマー特有の好奇心を胸に、丘の上の領主の館へと向かうのだった。




