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驚愕する領主と副団長

 時は少し戻る。

 場面は変わり、カルゼオンの中央に位置する小高い丘。

 そこには、重厚な石造りと白亜の壁で設えられた、領主ヴェルリス家の広大な屋敷が聳え立っていた。


 豪奢な調度品で飾られた執務室。

 立派な口髭を蓄え、初老に差し掛かりながらも、その体躯と鋭い眼光はかつて武人として名を馳せた領主の風格を漂わせている。

 彼こそが、カルゼオンの最高権力者、マクミラン・ヴェルリスである。


「よく戻った、アンドリュー。王都での任務、大儀であったな」


 マクミランが鷹揚に頷き、対面するソファに座る青年に声をかけた。

 青年――アンドリュー・ヴェルリスは、背筋をピンと伸ばして一礼する。

 昨日、大通りでボルグたちが見かけた、白銀の鎧を纏ったあの若きイケメン騎士だ。

 今日は鎧を脱ぎ、動きやすい騎士団の制服姿だが、その金糸の髪と彫刻のような美貌は、室内でも輝くようなオーラを放っている。


「はっ。ご期待に沿えるよう、王都でも研鑽を積んでまいりました、父上。カルゼオンの治安維持にも、我が剣をお役立てください」

「堅苦しい挨拶はここまででよい。よく戻ったな、息子よ」

「ありがとうございます。我が故郷の風は、やはり王都のそれとは違い、心が安らぎます」

「頼もしいことだ。お前が副団長として箔をつけて戻ってきたことは、この街の民にとっても大きな安心材料となるだろう」


 マクミランは満足げに微笑み、サイドテーブルの紅茶に口をつける。

 親子の再会を祝う、穏やかな雑談がしばらく続いた。

 しかし、マクミランがふと紅茶のカップを置き、声音を一段低くした時、室内の空気が僅かに引き締まった。


「ところで、アンドリューよ。お前が到着する少し前、このカルゼオン近郊で起きた『ある事件』を耳にしているか?」

「事件、ですか? いえ、特に急を要する報告は受けておりませんが……盗賊団の討伐か何かでしょうか?」


 アンドリューが不思議そうに小首を傾げる。

 マクミランはデスクの上の書類を一枚手に取り、重々しく告げた。


「北の岩山を縄張りとしていたAランクの魔獣……『グリフォン』が、討伐されたのだ」

「…………は?」


 アンドリューの端正な顔から、一瞬にして表情が抜け落ちた。

 数秒の沈黙の後、彼は弾かれたようにソファから立ち上がった。


「馬鹿な……! あれは、我々騎士団が一個中隊を編成し、重装盾兵と魔法部隊を揃えて、ようやく足止めができるかどうかの化け物です! 万が一街に降り立てば、カルゼオンそのものが壊滅しかねないほどの……」


 騎士団の副団長という立場柄、魔物の脅威度を熟知している。

 グリフォンと言えば、強靭な獅子の体躯に鋼のような黄金の羽、そして風の魔力を操る厄介極まりない空の捕食者だ。


「あのような化け物を……一体どこの国の騎士団が!? あるいは、Sランクの冒険者パーティがこの街に滞在していたのですか!?」

「いや、違うのだ。討伐したのは、たった『一人』だそうだ」

「――ッ!?」


 アンドリューは息を呑み、そのまま石像のように固まってしまった。

 騎士が総出で死力を尽くす相手を、単独で。

 それは、おとぎ話の英雄か、歴史に名を残す大魔導士でなければ不可能な偉業である。


「バ、バカな……! あり得ません! 父上、何かの間違いでは!? 例えば、Bランクのガルーダと見間違えたとか、重傷を負っていた死骸を拾っただけとか……!」

「私も最初はそう疑った。だが、これは冒険者ギルドのギルドマスターから直接上がってきた報告書だ。疑う余地はない」

「なんと……」

「傷口には氷結魔法と、強烈な雷撃魔法の痕跡が残されていたという。……圧倒的な魔力による、完全なる単独討伐らしい」

「ギルド長からの、確かな情報……」


 アンドリューは愕然とし、ソファにへたり込んだ。

 王都で数々の強敵と剣を交えてきた彼でさえ、グリフォンを単独で無傷のまま仕留めることなど到底不可能だ。

 それほどまでの実力者が、このカルゼオンに存在している。

 その事実は、彼の騎士としての誇りを根底から揺さぶるに十分な衝撃だった。


「……一体、どこのどなたなのですか。その、英雄とも呼ぶべき御仁は」


 アンドリューが震える声で尋ねると、マクミランは手元の書類に視線を落とした。


「そこが、私も一番気になっているところなのだ。報告書によれば、その者の名は『イザヨイ』。登録したばかりのEランクの……新人冒険者だそうだ」

「Eランクの新人が……!? そ、そのような高位の魔法の使い手が、なぜ今まで無名だったのでしょうか。それに、具体的にどのような戦法を用いたのか……」

「それが分からんのだ」


 マクミランは大きなため息を吐いた。


「パーティを組んでいた他の冒険者たちも、ただ『規格外の氷と雷の大魔法だった』と証言するのみで、詳細な魔法までは把握していないらしい。ギルドも、これほどの人材をどのように扱うべきか、持て余しているようでな」


 マクミランが嘆息する。

 彼にとっても、領内で起きたこの異常事態は、喜ばしい反面、薄気味悪い火種のように感じられていた。

 強力すぎる力は、時として魔物以上に国を脅かす。

 それが得体の知れない存在であれば、なおさらだ。


「……父上。そのイザヨイ殿の真偽、私が確かめてまいりましょう」


 アンドリューが真剣な面持ちで、再び立ち上がった。

 騎士としての使命感もあるが、それ以上に、一人の武人として『グリフォンを単独討伐した規格外の強者』に会ってみたいという、熱い探究心が彼の背中を押していた。


「うむ……頼んだぞ、アンドリュー。私も非常に気になっていたのだ。……まずは、冒険者ギルドへ連絡を入れよ」

「はっ。直ちに!」


 アンドリューは胸に手を当て、力強く一礼した。

 そして、その顔には、まだ見ぬ強大な『冒険者』への尊敬と、武者震いに似た興奮が浮かんでいたのである。


 彼が想像しているのは、長い髭を蓄えた歴戦の老魔導士か、あるいは筋骨隆々の恐ろしい魔人のような姿。

 まさかそれが若く、絶世の美貌と、どうあがいても隠しきれない『巨大な双丘』を持った銀髪の少女だとは、この時のアンドリューは夢にも思っていなかったのだった。

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