突然の来訪者
宿屋『踊る麦亭』の一階、いつものように香ばしいベーコンの匂いが漂う食堂の片隅で、四人の冒険者はテーブルを囲んでいた。
だが、今日は何故か空気が少しばかり重い。
「……ん?」
ベーコンの最後の一切れを口に放り込んだイザヨイが、不審そうに首を傾げた。
向かいに座るボルグが、フォークを弄びながらチラチラと見ている。
「どうしたんですか。朝からお葬式みたいな顔して」
「い、いや……その、イザヨイ」
ボルグがゴクリと喉を鳴らし、意を決したように口を開く。
「俺たちは今日からまた、ギルドで討伐依頼を受けて稼ぎに出るつもりなんだが……お前、これからどうするんだ?」
「どうするって、私も一緒に行くに決まってるじゃないですか。パーティの仲間なんですから」
あっけらかんと答えるイザヨイに、ボルグはさらに言い淀んだ。
「それは……ありがてぇんだけどよ。お前、一昨日グリフォンを狩って、金貨五十枚も手に入れただろ?」
「はい。それがどうかしましたか?」
「……金貨五十枚もあれば、こんな泥臭くて危険な冒険なんて、無理して続ける必要はねぇんだぞ。何年でも遊んで暮らせるし、街で安全に商売を始めることだってできる」
ボルグの言葉に、クローザーとシエルもハッとしたように顔を上げた。
彼らも心の底ではその事実から目を背けていたのだ。
普通、これだけの大金を手にした冒険者は、よほどの命知らずか金狂いでない限り、一旦は引退して街で悠々自適の生活を送るのが定石だ。
ましてやイザヨイは、Aランク魔物すらソロで狩れるほどの実力者でありながら、その中身は(彼らの目には)純真な美少女。
これ以上、自分たちのようなむさ苦しいBランクパーティの稼ぎに付き合わせるのは、申し訳ないという思いが強かった。
だが、その本音の裏側にあるのは、強烈な『別れの寂しさ』だった。
たった数日だが、彼女のような優しく、可憐で、しかも圧倒的に頼りになる人格者とパーティを組めたことは、荒くれ者ばかりの冒険者稼業において奇跡のような日々だったのだ。
彼女がいなくなるなど、考えたくもない。
「俺たちは、お前が一緒に行動してくれるなら嬉しいが……もし、お前が街で安全に暮らしたいって言うなら、無理に引き留めるつもりはねぇ。お前の自由だ」
ボルグが寂しそうに顔を伏せる。
その沈痛な面持ちを見て、イザヨイは内心で盛大にツッコミを入れていた。
(いやいやいや! 遊んで暮らすどころか、あの『アラクネの究極ホールドインナー』を作るのに金貨五十枚じゃ全然足りないって分かったばっかりなんですけど!? これじゃあ、おっぱい問題を解決して前衛に復帰するなんて夢のまた夢じゃないか。金はいくらあっても困らないんだよ!)
さすがに「揺れないブラジャーを作る資金が足りないからです」とは言えない。
(よし。ここはもっともらしい理由で押し切るしかない)
イザヨイはほんの少しだけ視線を落とし、心細げな少女の顔を作った。
「あの……私、お金はあるかもしれませんけど、まだこの世界のことも、街のことも、よく分からないことだらけで……一人じゃ不安なんです」
これは完全な嘘ではない。
ゲームの知識はあるが、現実の異世界の文化や人々の思惑など、イレギュラーな事態にはまだ対応しきれない部分も多い。
「それに……私、ボルグさんやクローザーさん、シエルさんと一緒に冒険するの、すごく楽しいんです。皆さんがいろんなことを教えてくれて、守ってくれるから……」
上目遣いで、少しだけ潤んだ瞳を三人に向ける。
「もし、私が足手まといで、もうお邪魔なんだったら……私、一人で出ていきますけど……」
その言葉の破壊力たるや、絶大だった。
「「「バカ言えっっ!!!!」」」
ボルグ、クローザー、シエルの三人が、椅子をガタッと鳴らして同時に立ち上がった。
「誰がお邪魔だなんて言った!? お前がいなくなるなんて、絶対に嫌に決まってるだろうが!!」
「……ああ。お前を手放すなど、あり得ない。ずっと俺たちのそばにいてくれ」
ボルグが泣きそうな顔で叫び、クローザーがいつもより熱を帯びた声で断言する。
「そうよイザヨイちゃん! あなたみたいな良い子、絶対に手放さないんだからっ!」
シエルに至っては、感極まってテーブル越しに身を乗り出し、イザヨイにギュッと抱きついてきた。
柔らかい感触と、石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。
「わわっ……」
「イザヨイちゃんと離れたくないわよぉ……」
ボルグとクローザーは、シエルに抱きつかれて頬を染めるイザヨイの姿を凝視していた。
(シエルのやつ羨ましい……)
(場所代われ……!)
という血走った目で羨ましそうに睨みつけながらも、内心ではガッツポーズを取っていた。
「あはは……。じゃあ、今日も一緒にギルドに行ってくれますか?」
「おうよ! 今日からまた、四人でバンバン稼ぐぞ!」
「……俺が矢で射抜いてやる」
ボルグが豪快に笑い、クローザーが弓を構えるポーズをとる。
朝の重苦しい空気は一掃され、四人のパーティの絆はより一層強固なものとなった。
「よしっ、善は急げだ。早速ギルドに出発――」
ボルグが立ち上がり、背中の大斧を背負い直した、その時だった。
ガチャン、ガシャン
重厚な金属鎧の擦れる音が、宿屋の静かな入り口から響いてきた。
「ん……?」
食堂にいた他の客たちも一斉にそちらを振り向く。
現れたのは、昨日大通りでパレードを行っていた、白銀の鎧に身を包んだ複数の騎士たちだった。
その整然とした行軍と威圧感に、荒くれ者の冒険者たちでさえ息を呑んで道を開ける。
騎士たちの一人が前に進み出ると、食堂にいる全員の耳に届くよう、よく通る張りのある声で宣言した。
「この場に、『イザヨイ』と名乗る冒険者はいるか!」
その名前に、ボルグたち三人の顔がサッと強張った。
「……えっと。私ですけど……」
困惑しつつも、イザヨイが立ち上がり、控えめに手を挙げる。
騎士たちはイザヨイのその常軌を逸した美貌に一瞬目を見張ったが、すぐに居住まいを正し、彼女の前へと歩み寄ってきた。
「貴方がイザヨイ殿か。ご同行願いたい」
「同行? どこへですか?」
イザヨイが小首を傾げると、騎士は恭しく頭を下げて告げた。
「我が主であり、カルゼオンの領主である『マクミラン・ヴェルリス卿』が、貴方をお探しです。直接お会いして、お話をしたいとのこと」
「領主様が……!?」
ボルグが素っ頓狂な声を上げた。
昨日、王都から帰還したイケメン副団長・アンドリューの父親であり、この街の最高権力者。
そんな雲の上の存在が、昨日冒険者になったばかりのイザヨイに、何の用があるというのか。
(……な、なんでそんな人が俺なんかを探しているんだ……?)
突然の呼び出しに、過保護な三人組は騎士たちを警戒するようにイザヨイを庇う陣形を取った。




