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イケメン騎士

「はぁ……」


 洗練された防具屋『鉄床と糸車亭』を出て、カルゼオンの石畳の道を歩きながら、イザヨイは深いため息をついた。

 隣を歩く大男のボルグが、チラチラと心配そうな視線を送ってくるのが分かるが、思考の沼から抜け出せない。


(アラクネの討伐自体は、全く問題ない。Bランクの魔物なら、今の俺なら魔法で瞬殺だ。問題は『天蜘蛛の絹糸』を、どうやって『究極の揺れないインナー』に加工するかだ……)


 ゲーム内であれば、アイテム合成画面で素材を選択して『作成』ボタンを押すだけで済んだ。

 だが、ここは現実の異世界。

 特殊な魔力を持つアラクネの糸を編み上げ、着用者の体型――つまりは暴力的な双丘(おっぱい)に完璧にフィットし、重量を軽減しつつ防御力を持たせる『神の裁縫技術』を持った職人が必要なのだ。


(店主のおじさんは「数えるほどしかいない」って言ってた。そんな幻の職人を、この広い世界からどうやって探し出せばいいんだ……。お金を積む以前の問題じゃないか)


 前衛で剣を振り回し、ボルグのように敵を力でねじ伏せる。その悲願への道は、想像以上に遠く険しい。

 銀髪を揺らしながら俯くイザヨイの横顔は、端から見れば「欲しい服が買えなくて落ち込んでいる可憐な美少女」そのものだった。


「……おい、イザヨイ」


 不意にボルグが気まずそうな、それでいて必死に言葉を絞り出すような声で話しかけてきた。


「なんだかよく分からねぇが……そんなに落ち込むなよ。防具なら、また金が貯まったらもっといい店を探せばいいさ。俺も手伝うから……な?」


 顔を真っ赤にしながら慰めてくれる純情な先輩冒険者の姿に、イザヨイはハッとして顔を上げた。

 自分のくだらない「おっぱいホールド問題」で、命を預け合う仲間に気を使わせてしまっている。

 これはゲーマーとしても、人間としても申し訳ないことだ。


「あ……はい! すみません、ボルグさん。ちょっと考え事をしてただけです」


 イザヨイはパッと顔を輝かせ、笑顔を取り繕った。


「そうですよね。防具のことは、またおいおい情報を集めながら探すことにします。今はせっかくの休日ですし、楽しく街を回りましょう!」

「お、おう! そうだな、そうしてくれ! お前が暗い顔してると、こっちまで調子が狂っちまうからな」


 ボルグがホッとしたように豪快に笑い、二人は再び歩き出した。


(とりあえず、アラクネインナー計画はいったん保留だ)


 しばらく大通りを歩いていると、前方の様子がおかしいことに気付いた。

 いつもなら露店と買い物客でごった返しているはずの中央の道が、ぽっかりと空いているのだ。

 人々はみな、道の両脇に避けるようにして立ち止まり、ヒソヒソと囁き合いながら道の奥を見つめている。


「ん? なんだ、祭りでも始まるのか?」

「……なんでしょう? みんな端に寄ってますね」


 不思議そうに首を傾げる二人の耳に、やがて規則正しい蹄の音と、金属が擦れ合う重厚な音が聞こえてきた。


「道を開けい!!」


 先触れの声と共に現れたのは、磨き上げられた白銀の鎧に身を包んだ、複数名の騎士の一団だった。

 それぞれが立派な軍馬に跨り、堂々とした行軍で大通りの中央を進んでくる。

 その洗練された装備と一糸乱れぬ動きは、ボルグたちのような荒くれ者の冒険者とは全く違う、国に仕える正規兵の威容だ。


 そして、その一団の先頭を行く一人の騎士に、街の人々の視線が集中していた。

 白馬に跨るその男は、兜を脱いでおり、陽光を反射する金糸のような髪と、彫刻のように整った顔立ちを惜しげもなく晒している。

 絵に描いたような、白馬の王子様、あるいは若き英雄そのものの姿だ。


「キャーッ! アンドリュー様よ!」

「王都からお戻りになられたのね!」

「相変わらずお美しい……!」


 沿道の女性たちから、黄色い歓声と溜息が漏れる。

 イザヨイの優れた聴覚が、群衆の会話を拾い上げた。


「……アンドリュー・ヴェルリス。王都の騎士団で副団長を務める若き天才剣士、か」

「おお、そういや領主の息子の名前がそんなんだったな」


 ボルグが腕を組み、納得したように鼻を鳴らした。


「剣の腕を見込まれて、若くして王都の副団長に大抜擢されたって噂は聞いてたが……どうやら凱旋帰国ってとこらしいな。道理でこれだけ堂々と大通りを闊歩できるわけだ」

「わぁ……すっごい……!」


 イザヨイの瞳は、星のようにキラキラと輝き、パァッと顔を紅潮させていた。

 その視線は、先頭を進む金髪のイケメン騎士――アンドリューに釘付けになっている。


(すげぇ……! 本物のフルプレートアーマーだ! あの装飾、あの質感、そしてあの堂々とした騎乗姿勢! まさしくファンタジー世界の騎士じゃん!)


 中身が男のゲーマーであるイザヨイにとって、全身鎧を着た騎士という存在は、ある種のロマンであり、憧れの対象なのだ。

 ゲーム内で重騎士系のジョブを使っていた時の高揚感が蘇る。


 見るだけならヒラヒラしたドレスも悪くないが、やはり男なら一度はああいう硬派で輝く鎧を着てみたい。

 それが純粋な、一人のファンタジー好きとしての興奮だった。


「かっこいい……! あれが、この世界の騎士なんですね……!」

「――ッ!?」


 イザヨイが頬を染め、恍惚とした表情でアンドリューの姿を追いかけているのを見た瞬間。

 ボルグの胸の奥で、何かがパリンと音を立てて砕け散った。


(ウソ、だろ……? イザヨイの奴、あの金髪の優男に見惚れてやがる……!?)


 ボルグの視界がグラリと揺れる。

 無理もない。

 これほどの絶世の美少女が、頬を赤らめて白馬の騎士を見つめているのだ。

 誰がどう見ても、「身分違いの素敵なイケメン騎士様に一目惚れしてしまった純情な乙女」の構図そのものである。


(そうか……やっぱり、女ってのはああいう顔の良くて、身分が高くて、金髪でキラキラした王子様みたいなのがタイプなんだな……)


 自分のような、顔に傷のある巨漢のむさ苦しい戦士など、端から恋愛対象に入るはずもなかった。そう思ってしまうほどの衝撃だった。

 さっきまで「防具を探すのを手伝う」と意気込んでいた純情な心臓が、冷水を浴びせられたように縮み上がる。


「……ボルグさん? どうしたんですか、顔色悪いですよ?」


 騎馬隊が通り過ぎた後、興奮冷めやらぬイザヨイが振り返り、小首を傾げる。

 イザヨイの目には「カッコいい装備のNPCの行列」にしか見えていなかったのだが、ボルグは泣きそうな顔を必死に堪え、空回りするような笑顔を作った。


「な、なんでもねぇよ! ほら、騎馬隊も通り過ぎたし、早く次の店に行こうぜ! ……ハハハ……」

「あ、はい! 待ってくださいよボルグさん!」


 イザヨイが密かに男のロマン(物理)に燃える横で、ボルグは己の男としての自信(恋愛)を粉々に打ち砕かれ、すっかり意気消沈して大通りを歩くのだった。

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