解決の糸口
「というわけで、防具屋に着いたぞ。カルゼオンで一番の品揃えを誇る『鉄床と糸車亭』だ。昨日行った店とは少し毛色が違うが、魔法使い向けの軽い防具ならここが一番だぜ」
ボルグの案内に従い、二人が足を踏み入れたのは、革製品や特殊な布地を扱う洗練された雰囲気の防具屋だった。
店内には色とりどりのマントや、魔獣の皮を滑らかになめした軽鎧が所狭しと並べられている。
「いらっしゃいませ。おお、ボルグさんじゃないですか。今日はどういった御用件で?」
カウンターの奥から現れたのは、鼻眼鏡をかけた初老の店主だった。
彼はボルグに一瞥をくれた後、その隣に立つ銀髪の美少女――イザヨイに視線を移し、感嘆の息を漏らした。
「ほほう、これはお美しい。お連れ様の防具をお探しですか?」
「ああ。こいつが、ちょっと特殊な防具を探してるらしくてな。……おい、イザヨイ。どんなのが欲しいんだ?」
ボルグに促され、イザヨイはゴクリと喉を鳴らして一歩前へ出た。
いよいよ本題である。
『激しい運動をしても絶対に揺れず、かつ呼吸を阻害せず、重量を軽減してくれる夢のホールド機能付きインナー(あるいはおっぱい専用防具)』。
そんなふざけた注文を、どうにかして真面目な防具のオーダーとして伝えなければならない。
「ええとですね……」
イザヨイは少し言い淀みながら、身振り手振りを交えて懸命に説明を始めた。
「その……とにかく体にぴったりフィットして、激しく動いてもズレないものがいいんです。でも、締め付けすぎると苦しいから、伸縮性があって……それと、できれば装備してること自体を忘れるくらい、ものすごく軽くなるような……」
「……」
店主は鼻眼鏡を押し上げ、イザヨイの胸元から顔へと視線を往復させた。
イザヨイの身振り手振りにより、チュニックの下で豊かな双丘が不自然なほど激しく自己主張をしている。
店主の長年の経験が、彼女が『何を』固定し、『何から』解放されたがっているのかを瞬時に察知したようだ。
「……なるほど。お嬢さん、あなたのお悩みはよく分かりました」
店主は小さく咳払いをして、苦笑いと共に首を横に振った。
「ですが、そのような魔法のような都合のいい防具は、当店の既製品には存在しません。体を強く固定すれば必然的に動きは制限されますし、伸縮性を求めればホールド力は落ちる。防御力と軽さを両立させるのも至難の業です」
「……ですよねー」
イザヨイはあっさりと肩を落とした。
(やっぱりダメか……)
現代地球の最新技術を結集したスポーツブラでさえ、これほどの質量を完全に制御するのは難しいのだ。
ましてやファンタジー世界である。期待する方が間違っていた。
「まあ、仕方ないですよね。普通の革の胸当てで我慢します……」
イザヨイが諦めて踵を返そうとした、その時だった。
「――しかし」
店主の低い声が、イザヨイの足を止めさせた。
「既製品にはありませんが……素材さえあれば、お嬢さんの理想に近いものをオーダーメイドでお作りすることは可能かもしれません」
「本当ですか!?」
イザヨイが弾かれたように振り返り、カウンターに身を乗り出した。
ドスッと胸が木板に押し付けられるが、そんなことは気にしていられない。
「どんな素材なんですか!? 魔石? それともドラゴンの鱗とかですか!?」
「いえいえ。それは……『アラクネ』が吐き出す、特上の粘糸ですよ」
「アラクネ……! 上半身が人間で、下半身が巨大な蜘蛛の魔物ですよね?」
イザヨイのゲーマー知識が即座に反応する。
確かに、エターナルクレイドルにおいてアラクネのドロップアイテムである『天蜘蛛の絹糸』は、高位の魔道衣や暗殺者用の軽量防具の素材として重宝されていた。
その名前を聞いて、隣にいたボルグはその顔色が一瞬にして険しいものに変わる。
「おい親父、アラクネって……あの蜘蛛女か!? Bランクの厄介な魔物じゃねぇか!」
「ええ、その通りです。アラクネの糸は、鋼鉄よりも強靭でありながら、シルクのように柔らかく、そして驚くべき伸縮性と弾力性を持っています」
店主は目を輝かせながら、職人としての熱を帯びた声で語り始めた。
「その糸を特殊な製法で編み上げれば、着用者の体型にフィットし、どんな激しい動きにも追従します。もちろん防御力も申し分なく、何より……羽根のように軽い。まさに、お嬢さんが求める『動きを阻害せず、軽く、完璧にホールドする』理想の防具となるでしょう」
「それです!! それこそが私の求める究極の装備です!!」
イザヨイは両手を突き上げ、満面の笑みで歓喜の声を上げた。
伸縮性があり、体にフィットし、耐久力があり、軽い。
(それはつまり、どんなに大きいおっぱいであろうとも、優しく、かつしっかりとホールドし、重力を忘れさせてくれる『究極のスポーツブラ(物理防御力付き)』が作れるということじゃん!)
おっぱい問題、ついに解決の糸口発見である。
アラクネの糸で作られたブラジャー。
「おじさん、それ作ってください! 私、お金ならありますから!」
これでついに、前衛復帰への道が開かれる。
ボルグのような熱いインファイトが、再びこの手でできるのだ。
だがそんなイザヨイのテンションに冷や水を浴びせるように、店主は深く、重いため息をついた。
「……お気持ちは分かりますが、お嬢さん。それは現実的ではありませんよ」
「え?」
「アラクネの糸を使った防具は、とんでもなく高額になるんです。金貨十枚や二十枚では、到底足りません」
「なっ……!?」
イザヨイの笑顔が凍りついた。
「金貨二十枚でも足りない……? ど、どうしてそんなに高いんですか!? 素材代にしても、いくらなんでも……!」
「俺も気になるぜ。アラクネは確かに強いが、グリフォンほどじゃねぇ。なんでそんな法外な値段になるんだ?」
ボルグも身を乗り出して問い詰める。
店主は困ったように眉を下げ、ゆっくりと首を横に振った。
「理由は三つあります。第一に、アラクネという魔物自体が非常に狡猾で、巣の奥深くに潜んでいるため、素材の入手難易度が高いこと。第二に、その糸は特殊な魔力を帯びており、採取してからすぐに適切な処理を施さなければ、ただの硬いロープになってしまうこと」
「…………」
「そして第三の、最大の理由が……その糸を『布』として編み上げ、加工できる技術を持った職人が、数えるほどしかいないということです。素材の希少性と、加工技術の独占。だからこそ、市場に出回ることすら稀で、貴族や王族ですら手に入れるのが難しい至高の品となるのです」
店主の説明が終わると、店内には重苦しい沈黙が降りた。
イザヨイはがっくりと肩を落とし、カウンターに突っ伏した。
「そ、そんな……。金貨五十枚でも買えないかもしれないなんて……」
Aランクのグリフォンを討伐して手に入れた大金。
それすらも、『おっぱいを揺らさないためのインナー』一つの前に敗れ去ろうとしているのだ。
この異世界は、巨乳の美少女ゲーマーに対してどこまでも過酷だった。
「……イザヨイ」
どん底まで落ち込むイザヨイの背中を、大きな手が不器用にポンポンと叩いた。
「そんなに落ち込むなよ。お前がどんな防具を欲しがってたのかはよく分からねぇが……」
ボルグは真っ赤な顔で、どこか申し訳なさそうに視線を逸らしながら、必死に慰めの言葉を紡ぐ。
「お前は今のままでも十分強いだろ? 魔法を使えば、アラクネだろうがグリフォンだろうが一撃だ。……だから、そんな無理して高い防具を買わなくても、お前は立派な冒険者だぜ」
(違うんですボルグさん……俺は魔法じゃなくて、前衛で剣を振り回したいんです……!)
イザヨイの悲痛な叫びは、当然ボルグに届くはずもない。
だが、その不器用な優しさが、少しだけイザヨイの心に染みたのも事実だった。
「……ありがとうございます、ボルグさん。そうですね、今は諦めるしかないか」
イザヨイは力なく笑って立ち上がった。
アラクネの糸。その存在を知れただけでも収穫だ。
(絶対に諦めないぞ……! いつか、いつか必ず前衛として暴れてやるんだ!)
新たな目標を心に固く誓い、イザヨイはボルグと共に防具屋を後にするのだった。




