理想の夢
陽は高く昇り、活気付くカルゼオンの街路。
石畳の道を、香ばしい肉の匂いを漂わせながら、銀髪の美少女と大柄な戦士が並んで歩いていた。
すれ違う人々の視線は相変わらずイザヨイに集まっているが、隣に立つボルグの威圧感のおかげで、声をかけてくるような命知らずはいない。
「ん~っ、やっぱりここの串焼きは最高だね! ボルグさんもそう思いませんか?」
イザヨイが最後の一切れを飲み込み、満足そうに串をゴミ箱に放り投げる。
「お、おう。美味かったな。お前、細い体してよく食うな」
「冒険者たるもの、食べられる時に食べておかないと! それに……これくらい食べても、どこかに行っちゃうみたいで全然太らないんです」
イザヨイはペロリと舌を出して笑う。
そんなイザヨイの胸元へ視線を落とすボルグ。
(食べた分が全部が胸に栄養として持っていかれてるんじゃないか……?)
などと、内心ではセクハラ全開の感想が出てくる。
だがそんなことは口が裂けても言えるわけがない。
「へ、へぇ、うらやましい体質だな」
適当に相槌を打ち、顔を赤くして視線を逸らすことしかできなかった。
「……それで、ボルグさん。実はちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なんだ? 装備の店か? それとも魔道具屋か?」
「いえ……家を売ってくれるようなお店、というか、不動産屋ってこの街にありますか?」
「……は?」
ボルグの足がピタリと止まり、間の抜けた声が出た。
本気で耳を疑った顔で銀髪の少女を見下ろす。
「家……? お前、今なんて言った?」
「家です。マイホームです」
「い、家を買うってことか!? なんでそんなもんが必要なんだ!?」
ボルグの驚きも無理はない。
ギルドに登録したばかりのEランク新人が、いきなり不動産購入の相談をしてきたのだ。
だが、金貨五十枚という大金を懐に入れたばかりのイザヨイにとって、資金的な問題はクリアしている……と思い込んでいる。
あとは物件の質だけだ。
「ええっと……実はですね」
イザヨイは少し迷った。
「他人の視線を気にせず、最高のリラックス風呂タイムを満喫したいからです!」
……などと、バカ正直に言えるわけがない。
そんなことを言えば、また過保護な三人が暴走して、どんな恥ずかしい展開になるか分かったものではない。
「その……お風呂付きの家が欲しいなって、思って」
イザヨイは上目遣いで、できるだけ健気な少女を演じながら、理由を小さく口にした。
「……風呂付きの家?」
「はい。昨日行った大浴場もすごく良かったですけど、やっぱり自分だけのお風呂に入りたくて……」
「……」
ボルグはポカンと口を開け、数秒間フリーズした後、豪快に頭を掻きむしった。
「ガハハッ! なんだお前、そんな理由かよ!」
「えっ、笑うことないじゃないですか!」
「いやいや、悪い! だがなイザヨイ。お前、風呂付きの家を買うのがどれだけ金がかかるか分かってんのか?」
ボルグが真面目な顔になり、諭すように口を開く。
「個人の家に魔石で湯を沸かす風呂を作るなんて、貴族か大商人くらいの特権だぜ。金貨五十枚でも、カルゼオンの一等地で風呂付きの豪邸なんて買えねぇよ。下手すりゃ魔石の維持費だけで破産する」
「そ、そうなんですか……!?」
「ああ。それにだ」
ボルグは一歩イザヨイに近づき、冒険者としての先輩の顔で続けた。
「俺たち冒険者ってのは、一つの場所に縛られねぇ生き物だ。強い魔物を求めて、あるいは良い依頼を探して、国から国へと渡り歩く。家なんて買っちまったら、その身軽さがなくなっちまうだろ?」
「……身軽さ」
「そうだ。寝床なら宿屋で十分だし、風呂に入りたきゃ、少々高くても銭湯に行った方がずっと安上がりで手軽だ。……まあ、いつか冒険者を引退して、腰を落ち着ける気になったら話は別だがな」
その言葉が、イザヨイの心に重く響いた。
ハッとして、歩みを止める。
(そうだ……家を買うってことは、俺はこの『カルゼオン』に定住するってことか)
ゲーム『エターナルクレイドル』の世界は広大だ。
ここはおそらく、物語の序盤で立ち寄る拠点都市の一つに過ぎない。
さらに広がる広大なフィールド。
魔法都市、深緑のエルフの里、機械仕掛けの古代遺跡。
自分のカンストステータスと、インベントリに眠るレアアイテムの数々。
それらを駆使して、まだ見ぬ世界を遊び尽くすのが、この異世界転生における最大の目的であり、ロマンだったはずだ。
(この街に骨を埋める覚悟なんて、まだこれっぽっちもない。お風呂の誘惑に負けて、こんな序盤の街に何千万Gものローン……いや一括払いだけど、そんな大金をぶち込むのは、ゲーマーとして完全な悪手だ!)
冷静になって考えれば、風呂付きの家を買うという選択は、早計にも程がある。
(危ないところだった……)
浮いたおっぱいに羞恥心を刺激されたあまり、視野が狭くなっていた。
この世界の他の街に行けば、もっと素晴らしい温泉街や、魔法仕掛けの高級スパリゾートがあるかもしれないのだ。
「……そう、ですね。ボルグさんの言う通りです」
イザヨイは深く頷き、ぱあっと顔を輝かせた。
「私、冒険者になったばかりで、これからもっと色んな世界を見て回りたいんです! だから、一つの街に住み着くのは、まだ早いですよね!」
「おお! 分かってくれたか! そうだそうだ、お前のそのバカでけぇ魔力があれば、世界中どこだって行けるさ!」
ボルグも嬉しそうに頷き、ポンとイザヨイの小さな肩を叩いた。
(その「世界」を、俺たちと一緒に見て回ってくれると嬉しいんだが……)
という、ささやかで純情な男の願望は、口には出さないでおいた。
「いやぁ、お風呂付きの家なんて、将来の理想の夢をちょっと語ってみただけですよ! 夢を見るのはタダですからね!」
「がははっ、そりゃそうだ! いつか本当に引退する時が来たら、最高の大豪邸を建ててやれ!」
イザヨイは「えへへ」と笑って誤魔化しながら、内心で冷や汗を拭った。
(とりあえず、マイ風呂計画はいったん保留だな。でも……おっぱいの揺れ問題は、絶対解決しなきゃ!)
家探しという無謀な計画から撤退し、イザヨイの次なるターゲットは、再び『究極の揺れないブラジャー(あるいは胸帯)』へと定められた。
「じゃあボルグさん! 次は、魔法のアイテムが売ってそうな魔道具屋か、腕のいい鍛冶屋に案内してください!」
「魔道具屋? 鍛冶屋? なんだ、やっぱり武器か防具が欲しいのか?」
「……ええ、まあ、そんなところです! すっごく重要な防具が!」
イザヨイは力強く拳を握り締め、意気揚々と歩き出した。
その後ろ姿、特にリズミカルに弾む双丘の暴力的な揺れる。
(目のやり場に困る……!)
と、赤面しながら、ボルグは必死に護衛の任務を全うするのだった。




