2人で街歩き
柔らかな朝の光が差し込む『踊る麦亭』の食堂。
昨日とは打って変わって、四人のテーブルには奇妙な緊張感が漂っていた。
イザヨイは朝から元気よくパンを頬張っているが、残りの三人の様子がおかしい。
クローザーは前髪の奥からじとっとした視線を送り続け、シエルはどこかワクワクしたように身を乗り出している。
そして、当のボルグはといえば、顔を真っ赤にしながら口をパクパクと開閉し、エールを無駄にガブ飲みしていた。
「あ、あの……ボルグさん? 何か言いたいことでも?」
パンを飲み込み、イザヨイが不思議そうに首を傾げた。
その無垢な瞳に見つめられ、ボルグはビクッと肩を跳ねさせた後、意を決したようにテーブルに両手をついた。
「お、おう! イザヨイ、その……今日なんだが」
「はい? 自由行動ですよね」
「あ、ああ。自由行動だ。だが、俺も特に予定がねぇし、もし良かったら……その、一緒に行動してもいいか? お前、この街はまだ二日目で地理も分からねぇだろうし、俺が案内するぞ」
必死に作り出した自然な笑顔。だが、声は裏返り気味で、額には冷や汗が滲んでいる。
(う~ん……どうしよう……)
本当はおっぱいを固定するための特殊な防具――というより下着――を探すために一人で行動したかったのだが、ボルグの言うことも一理ある。
(昨日の一件もあるし、ボルグさんが一緒なら治安の面でも安心か。それに、不動産屋の場所とかも聞きたいし)
「あ、はい。それならお願いします! 一人で迷子になるのも怖いですし」
「よ、よしっ……!」
その隣でクローザーがギリッと奥歯を鳴らす。
「……チッ」
「ボルグ、変なことしたら許さないからね」
「そ、そんなことするわけないだろ!」
「ま、頑張りなさいよ」
シエルが心配そうに釘を刺す。
(なんだこの空気……。まあいいか、さっさと準備して出かけよう)
イザヨイは呑気なもので、自分の護衛を巡って昨晩男二人が不毛な争いを繰り広げていたことなど、微塵も察していなかった。
朝食を終え、二人は活気あふれるカルゼオンの大通りへと足を踏み出した。
雲一つない青空。
行き交う人々、立ち並ぶ露店、どこからか聞こえてくる陽気な音楽。
平和な異世界の風景を満喫しながら、イザヨイは歩幅を合わせてくれるボルグの隣を歩く。
(よし、今日の目的はおっぱい対策の装備……は、さすがにボルグさんには言えないから後回しだ)
イザヨイは内心でこっそりと予定を修正する。
「ちょっとおっぱいが揺れないブラを探したいんで、下着屋に付き合ってくれませんか?」などと大の大人の戦士に頼めるわけがない。
(なら、昨日の夜の決心通り、今日は『お風呂付きのマイホーム』探しだな。金貨五十枚もあれば、そこそこの一軒家が買えるか、借りられるはずだし)
そんなことを考えながら大通りを進んでいると、不意に、あの暴力的に食欲をそそる匂いが風に乗って漂ってきた。
タレの焦げる匂いと、炭火で焼かれた脂の香り。
イザヨイはピタリと足を止め、匂いのする方へ顔を向けた。
「ん? どうした、イザヨイ? 腹でも減ったか?」
「あ……ボルグさん、あっちの屋台に行ってもいいですか? 私、ちょっと恩返しがしたくて」
イザヨイが指差した先には、見覚えのある煙を上げる屋台があった。
カルゼオンに来て初めての食事を施してくれた、あの気風のいい店主の『コカトリスの串焼き』屋台だ。
「恩返し? なんだ、知り合いでもいるのか?」
「ええ。前に私が無一文だった時に、おじさんがタダで串焼きをくれたんです」
イザヨイは嬉しそうに小走りで屋台へと向かい、ボルグも慌ててその背中を追った。
「おじさん! こんにちは!」
「へいらっしゃ……おおっ! 別嬪の嬢ちゃんじゃねぇか!」
脂ぎったエプロンにねじり鉢巻きの店主が、イザヨイの顔を見るなりパッと顔を輝かせた。
「約束通り、出世払いしに来ました! お肉、本当に美味しかったです」
「ガハハ! 義理堅ぇ嬢ちゃんだな! あれは俺の奢りだって言っただろ?」
「ダメですよ、商売なんですから。今日は、えーと……串焼きを二本、お願いします!」
イザヨイがポーチから取り出そうとした時、店主の視線が、イザヨイの後ろにそびえ立つ巨漢――ボルグへと移った。
「ん? 嬢ちゃん、今日は随分と厳つい連れがいるじゃねぇか。……もしかして、そのでっかいのが嬢ちゃんの彼氏か?」
「ぶふっ!?」
ボルグがむせ返り、またもや顔を真っ赤にして後ずさった。
美少女とのデート(仮)を満喫している最中に、いきなり見知らぬ屋台の親父から核心(?)を突かれ、純情な戦士の脳内はパニック状態だ。
「ち、ちげぇよ! 俺はただの同じパーティの……その、護衛みたいなもんでだな……!」
「あははっ、違いますよおじさん。ボルグさんは、ただのパーティメンバーです」
イザヨイは、欠片ほどの躊躇いもなく、あっさりと、そして爽やかに即答した。
その声には照れも動揺もなく、まるで「今日の天気は晴れですね」と言うのと同じくらい、純度100%の「事実」としての響きがあった。
それはつまり、異性としての意識が1ミリも介在していないという、残酷なまでの宣告である。
「お、おう……。そ、そうだよな。ただの仲間だ」
ボルグはガクッと肩を落とし、消え入りそうな声で同意した。
シエルのロマンチックな計算や、彼自身の淡い期待など、この無邪気な美少女の前では木端微塵に粉砕される運命だったのだ。
「なんだ、違ったのか。俺てっきり、こんないい女を連れ歩くなんて、さぞかし腕の立つ彼氏なんだろうと思ったぜ。嬢ちゃんも罪な女だな!」
「もー、おじさんったら! からかわないでくださいよ」
イザヨイは笑顔で流しながら、以前に貰った分を含めた串焼き三本分の代金――銅貨十五枚を多めに支払う。
「おじさん、コカトリスの串焼きを二本お願いします! この前の分も合わせて、銅貨十五枚でいいですか?」
「あいよ! 律儀な嬢ちゃんに、今日は特別にタレを大盛りにしてやるぜ!」
喜ぶ店主から、熱々の串焼きを二本受け取った。
「はい、これボルグさんの分です。一緒に食べましょう!」
「あ、ああ……サンキュー。美味そうだな」
落ち込んでいる大男に串焼きを一本手渡し、イザヨイは大きな口を開けて肉に齧り付く。
イザヨイからホカホカの串焼きを一本手渡され、ボルグは複雑な表情でそれを受け取った。
「んん~っ、やっぱり最高!」
ジューシーな肉汁とタレの香ばしさが口いっぱいに広がり、イザヨイの顔が幸せそうに綻ぶ。
その眩しすぎる無邪気な笑顔を横目で見ながら、ボルグは一口だけ肉を齧り、心の中でひっそりと涙を流すのだった。
街歩きは始まったばかりだ。




