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過保護な三人組の密談

 宿屋『踊る麦亭』の薄暗い一階、食堂の片隅。

 他の客もまばらになった時間帯、イザヨイが自室へ戻ったのを確認してから、三人の冒険者たちがテーブルを囲んでいた。

 テーブルの中央には冷めたエールの入ったジョッキが置かれているが、誰も口をつけていない。


「……で、明日のことだが」


 ボルグが声を潜めて切り出す。

 先ほどまで銭湯の前で顔を真っ赤にして逃げ出した男とは思えないほど、その表情は真剣で、どこか思い詰めたような険しさを帯びていた。


「ああ。分かっている。自由行動と言った手前、俺たちも干渉はしたくないが……」


 クローザーも前髪の奥で鋭い光を放ちながら頷いた。

 シエルが小さくため息をつき、腕を組む。


「無理よ。あの子を一人で街に放り出すなんて、火のついた爆弾を大通りに転がすようなものだわ。いや、爆弾なら魔法で吹き飛ばせば済むけど、イザヨイちゃんの場合は……」

「世間知らずで、金銭感覚が狂ってて、無防備で、しかも絶世の美少女だ」


 ボルグが指折り数えて、その危険性を再確認する。


「お前らもギルドでの反応を見たろ? 金貨五十枚を平気で他人に渡そうとしやがった。あんなの、悪徳商人や詐欺師に見つかったら、骨の髄までしゃぶられるぞ」

「それに……性に対する警戒心が致命的に欠如している。着替えの途中で飛び出してきたり、男湯に入ろうとしたり……。悪い虫がつかない保証はない」

「いい子ちゃんすぎるのよ……」


 頭を抱える三人。


「だからこそ、明日の自由行動は誰か一人があの子の護衛としてついていくべきだ。……表向きは『買い物の案内』ってことにしてな」

「賛成よ。イザヨイちゃんの魔法がいくらAランクでも、人の悪意までは魔法じゃ防げないもの」


 三人の意見は完全に一致した。

 ここまでは、パーティとしてのまともな会議である。

 だが、問題はここからだった。


「よし。じゃあ、俺が付き添う。特に用事もねぇし、戦士として万が一の荒事にも対応できるからな」


 ボルグが当然のように胸を張って名乗り出た。

 しかし、その提案が通るより早く、クローザーがバンッとテーブルを叩いた。


「待て。それは反対だ」

「ああん? なんでだよ」

「お前のその目立つ巨体とむさ苦しい顔で横を歩けば、逆に変な目立ち方をする。隠密行動と索敵に長けた俺が、適度な距離を保ちながら護衛する方が理にかなっている」


 クローザーは淡々とした口調ながら、一歩も譲らない構えだ。


「バカ言え! 隠れてたら意味ねぇだろ! あいつが騙されそうになった時、弓で射抜く気か!? 隣にガタイのいい男がいれば、それだけで牽制になるんだよ!」

「牽制なら俺の鋭い眼光で十分だ。それに……お前は今日、銭湯の前でイザヨイの隣に座っていただろう」

「……は?」

「順番というものがある。次は俺の番だ。お前は宿で斧でも磨いていろ」


 クローザーの口から飛び出した、あまりにもしょーもない理由に、ボルグは目を丸くした後、青筋を立てた。


「お前、ふざけんなよ! そんな私怨で護衛の任務を決めようってのか!? だいたい、お前みたいなヒョロガリが美少女の隣を歩いてたら、逆に『弱そうな彼氏』だと思われて舐められるんだよ!」

「ヒョロガリだと? 貴様、俺の弓の威力を忘れたのか。近接バカの筋肉ダルマ風情が、あの可憐なイザヨイに相応しいとでも?」

「なんだとコラッ! やんのかテメェ!」

「望むところだ……!」


 二人の男がテーブルを挟んで立ち上がり、今にも取っ組み合いを始めそうなほど火花を散らす。

「強面戦士」対「クール系弓使い」による、大の大人の男二人が「美少女と一日デート(護衛)する権利」を巡って繰り広げる、レベルの低い痴話喧嘩である。


(……これだから男ってバカなのよね)


 その不毛極まりない争いを、シエルは氷のような冷たい眼差しで見下ろしていた。

 先ほどの銭湯でも感じたが、彼らは明らかにイザヨイの容姿と隙だらけの態度に当てられている。


(まあ、無理もないけど……でも、ここでクローザーを連れて行かせたら、ただの痛いストーカーまがいの護衛になりそうだし)


 シエルの脳内には、独自のロマンチックな計算式が弾き出されていた。

 無愛想な弓使いよりも、無骨だが面倒見が良く、イザヨイの純粋な態度に真っ赤になって照れる純情な戦士・ボルグ。

『美少女と野獣』のカップリング。

 どう考えても、こちらの方が恋愛ファンタジーとして燃える(萌える)展開だ。


「……はいはい、そこまで」


 シエルはパンッと手を叩き、争う二人の間に割って入った。


「あんたたち、みっともないわよ。イザヨイちゃんの護衛でしょ? 遊びじゃないの」

「シ、シエル……だが、クローザーの野郎が理不尽なことを……!」

「うるさい。私の権限で、明日の付き添いは『ボルグ』に決定します」


 シエルがビシッとボルグを指差した。


「なっ……!? シエル、なぜだ!」

「クローザー、あんたはダメ。今日だって横からジメジメとイザヨイちゃんを見つめてたじゃない。あんな視線送る奴を隣に置いたら、イザヨイちゃんが居心地悪くなるわ。……それに、ボルグの方が荷物持ちには最適でしょ?」

「……っ」


 クローザーが反論を封じられ、ギリッと奥歯を噛み締める。


「よっしゃあっ!!」


 ボルグが小さな声で、全力のガッツポーズを作った。


「任せとけ、イザヨイには指一本、ハエの一匹も近づかせねぇ!」

「ええ。せいぜい頼りになる男らしさをアピールしてきなさいよ? もし変なことしたら、私が魔法で丸焼きにするからね」


 シエルは釘を刺してはいたが内心では、


(ふふっ、明日はどんな進展があるか楽しみだわ)


 と、ワクワク感を隠しきれなかった。


「……解せぬ」


 クローザーだけが、冷めたエールをヤケ酒のように一気飲みし、理不尽な多数決の前に一人敗北感を味わうのであった。


 こうして、過保護な三人組の密談により、明日のイザヨイの自由行動は、ボルグとの「護衛という名の街歩きデート(?)」になることが決定した。

 当然、当のイザヨイはそんな攻防が繰り広げられていることなど夢にも思わず、自室のベッドで幸せな夢を見ているのだった。

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