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それぞれの思惑

 夜風が火照った肌に心地よい、大衆大浴場の外。


「ふぅ……!」


 ホカホカと湯気を纏いながら出てきたのは、上気した頬をピンク色に染め、濡れた銀髪をタオルでまとめたイザヨイだった。

 その後ろから、同じくさっぱりとした顔のシエルが続く。


「はぁ〜、生き返ったわね。お湯の質も最高だったし、これで明日も頑張れるわ」

「はいっ! 本当に最高でした。またすぐにでも入りたいくらいです!」


 イザヨイは、まだほんのり赤い頬を両手で包み込みながら、心底嬉しそうに頷いた。

 風呂上がり特有の心地よい気怠さと清潔感は、やはり何物にも代えがたい。

 建物の外、夜の冷気が吹き抜ける入り口脇の長椅子には、既にボルグとクローザーが腰を下ろして待っていた。


「おう、遅かったな。女湯はやっぱり長いんだな」

「お待たせしました、ボルグさん、クローザーさん」


 イザヨイは小走りで駆け寄ると、何の迷いもなくボルグのすぐ隣の空いているスペースへ、ちょこんと腰を下ろした。


「ッ……!?」


 その瞬間、ボルグの肩がビクンと大きく跳ね上がった。無理もない。

 しかしイザヨイにとっては、「一番話しやすいリーダーの隣」という合理的なポジショニングに過ぎない。

 中身がおっさんゲーマーである以上、修学旅行の夜のように、男同士で並んで座る感覚で横に並んだだけなのだ。


(……ちかっ! おい、なんでこんなに近いんだよ!?)


 ボルグの心臓が、大音量で早鐘を打ち始めた。

 イザヨイとの距離は、拳一つ分も空いていない。

 しかも、長椅子に座った反動で、薄手のチュニック越しに、あの豊かな双丘がフワリと大きく揺れたのを、ボルグの視界の端が確実に捉えていた。


「イ、イザヨイ……」

「?」


 ボルグがギクシャクと首を動かし、隣を見下ろすと、そこには見上げるような上目遣いで微笑む、絶世の銀髪美少女がいた。


 歴戦の戦士であるボルグの心臓が、まるで思春期の少年のように早鐘を打つ。

 彼の人生において、これほどまでの絶世の美少女と、しかも風呂上がりという最も無防備な状態で密着した経験など皆無だ。

 彼女いない歴=年齢のむさ苦しい男にとって、この刺激はAランク魔物のプレッシャーよりも遥かに心臓に悪い。


「えっ、ど、どうしたんですか?」


 イザヨイの柔らかい太ももが長椅子の上で少しだけ押し潰され、ボルグの太い腕のすぐ横にある。

 そして何より、風に乗ってふわりと漂ってきたのは、石鹸の香りと入り混じった、イザヨイ特有の甘く爽やかな匂いだった。


(……っ!? ち、近ぇ! そしてめっちゃいい匂いがする……ッ!)


 甘く、それでいて爽やかな、花の蜜のような香り。

 イザヨイの素肌から発散される、湯上がりの少女特有の体臭と、石鹸の残り香が混ざり合った、破壊力抜群のフェロモンだった。

 ボルグは顔を真っ赤にして視線を泳がせ、不自然に体を強張らせていた。


「な、なんでもねぇ……! ちょっとむせただけだ」

「………………」


 その様子を、長椅子の反対側に座っていたクローザーが、弓を射る時のように鋭く、そして明らかに羨ましそうな目で睨みつけている。


(……チッ。なぜあいつの隣なんだ。俺の方が早く上がって席を空けておいたというのに)


 普段はクールな弓使いの胸の内に、黒々とした嫉妬の炎が渦巻いていた。

 だが、そのクローザーの殺気に満ちた視線を遮るように、ドスッと鈍い音を立ててシエルが彼の隣に座り込んだ。


「ちょっとクローザー。あんた、さっきからボルグとイザヨイちゃんの方ばっかり見て、鼻の下伸ばしてんじゃないわよ」

「なっ……伸ばしてなどいない。俺はただ、周囲の警戒を……」

「嘘おっしゃい。顔に『代わってほしい』って書いてあるわよ。ほんっと、男ってバカなんだから」


 シエルがジト目でクローザーの脇腹を小突く。

「イザヨイちゃんとボルグの恋」を密かに応援しているシエルにとって、クローザーの横恋慕は完全に邪魔なノイズでしかないのだ。


「……シエル、お前は少し黙っていろ」

「なによ! 私だって風呂上がりなんだから、少しくらい労いなさいよね!」


 シエルがクローザーの脇腹を小突きながら、声を潜めて説教を始める。

 だがその二人の喧嘩など、ボルグとイザヨイの耳には全く入っていなかった。


「あー、サッパリした。お湯も広かったし、最高でしたね」

「そ、そうだな……」

「できれば毎日でも入りたいですよね!」

「そ、そうだな……」


 ボルグは顔を真っ赤にし、視線を宙に泳がせながら、しどろもどろに答える。

 その様子を、少し離れた位置からクローザーが、ギリッと奥歯を噛み締めながら見つめていた。


(……くっ、ボルグの奴、あんな無愛想な顔をして、ちゃっかりイザヨイの隣をキープしやがって。なぜ俺の隣には来ないんだ)


 弓使いとしての冷静さはどこへやら、クローザーの前髪の奥の瞳には、明確な嫉妬の炎がメラメラと燃え上がっている。

 さらにその後ろで、シエルが「あらあら」と口元を手で覆い、一人で勝手に恋愛脳を爆発させてニヤニヤしていた。


(あはっ、イザヨイちゃんったら、ボルグのことじっと見つめちゃって。もう、青春ねぇ……!)


 シエルはそんな呑気なこと考えているが、ボルグ本人は必死だった。


(……ッ!!! だ、ダメだ! これ以上隣にいられたら、俺の理性がオークになっちまう!)


 ただでさえ風呂上がりの甘い匂いに当てられているというのに、純情な大男のキャパシティは完全にオーバーだ。


「どうかしましたか?」


 イザヨイがさらに顔を近づけてきた。

 今でもほぼ密着しているのに、その距離が数センチ縮まっただけで、ボルグの脳内キャパシティは限界を突破した。


「あーっ! クソッ、暑いな! 湯上がりだからかな!」

「えっ? そうでしょうか。風が涼しくて気持ちいいですけど」

「いや、暑い! 俺は今、すごく暑いんだよ!」


 ボルグはイザヨイから三歩ほど距離を取り、深呼吸を一つして、強引に話題を切り替えた。


「そ、そうだ! 明日の予定だがな!」

「明日ですか?」


 イザヨイが首を傾げると、ボルグはまだ赤い顔を逸らしたまま、咳払いをして続ける。


「お、おう。今日はグリフォンまで狩っちまって、相当な大金が手に入っただろ? だから、明日は討伐依頼は休みだ! 全員、自由行動! 装備を整えるなり、好きなモンを食うなり、ゆっくり身体を休めろ!」


 それは、パーティリーダーとしての真っ当な提案だった。

 だがその実態は「これ以上、無防備なイザヨイと一緒にいたら、俺の理性が(主に心臓が)もたないから少し距離を置かせてくれ」という、切実な逃避行でもあった。


「あ、それ賛成です! 私も、ちょっと買い出しとか、色々準備したいことがあったので!」


 イザヨイは、ボルグの内心の動揺など露知らず、パッと顔を輝かせて同意した。

 自由行動。

 つまり、邪魔されずに『おっぱいをホールドする魔法のインナー探し』や、『自分専用の風呂付き拠点探し』といった極秘ミッションを遂行できるチャンスだ。


「そうね、私もお買い物に行きたかったし。たまには別行動もいいわね」

「……異存はない」


 シエルとクローザーも頷き、明日の休養日が決定した。

 かくして、それぞれの思惑――前衛復帰と風呂の野望に燃えるイザヨイ。

 動悸を鎮めたいボルグ。

 恋の駆け引きを応援(妄想)するシエル。

 そして静かにライバル心を燃やすクローザ――を乗せたまま、異世界の夜は更けていく。

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― 新着の感想 ―
楽しく読ませてもらってます。 が、パーティークラッシャーにならない事を祈りますw でも、なったらなったでそれも面白そう。
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