空飛ぶハンター
カルゼオンの街から離れ、徐々に険しさを増す北の岩山。
乾燥した風が土埃を巻き上げ、点在する枯れ木が不気味な影を落としている。
フォレストウルフの群れを皮切りに、道中では魔物が何度か現れた。
しかし、それらは全て前衛で暴れたいボルグの大斧と、イザヨイの視線を妙に意識し始めたクローザーの精確な射撃によって、瞬く間に処理されていった。
イザヨイはといえば、ただ見守るだけの簡単なお仕事だ。
「……おかしいわね。そろそろガルーダの縄張りに入っているはずなのに、姿が見えないわ」
シエルが額の汗を拭いながら、険しい表情で上空を見上げた。
雲一つない青空には、獲物を探して旋回する猛禽の影はおろか、鳥の姿すら見当たらない。
岩肌を吹き抜ける風の音だけが、耳障りに鳴り響いていた。
「ああ。俺の索敵にも引っかからない。……嫌な予感がするな」
「チッ、臆病風に吹かれて逃げ出しやがったか? せっかくイザヨイの魔法で派手にぶっ落としてやろうと思ってたのによ」
ボルグが斧を肩に担ぎ直し、舌打ちをする。
その時だった。
「待て。……あれを見ろ」
前方を警戒していたクローザーが、低い声で足を止め、岩陰の奥を指差した。
その指の先、開けたすり鉢状の地形の底に、巨大な黒い塊が横たわっている。
近付くにつれ、鼻をつく血と獣の臭いが強くなっていった。
「なっ……!?」
「嘘でしょ……?」
そこに転がっていたのは、間違いなく彼らが討伐目標としていた魔物――
巨大な猛禽の王、『ガルーダ』の死骸だった。
鋼のように硬いと言われる黒い羽毛はあちこちが毟り取られ、三メートルはあろうかという巨体は、見るも無残な姿で地に伏している。
「おいおい……マジかよ。Bランクの魔物が、こんなにあっさり死んでるなんて」
ボルグが息を呑み、大斧を構え直しながら慎重に死骸へと近付く。
シエルも杖を握り締め、クローザーは即座に矢をつがえて周囲を警戒した。
イザヨイも三人の背後に隠れるようにして、ガルーダの死体を見下ろした。
(あちゃー……やられちゃってるよ。しかもこれ、首筋から肩にかけてガッツリいかれてるな)
ゲーム内の知識が、イザヨイの脳内で自動的に死因を分析し始める。
ボルグが死骸の傷跡を検分し、青ざめた顔で立ち上がった。
「……人の仕業じゃねぇ。剣や魔法の傷跡じゃない。巨大な爪と、獣の牙で抉り取られた跡だ」
その言葉に、シエルとクローザーの顔から血の気が引いた。
「獣の牙……? 冗談でしょ? ガルーダは空を飛んでるのよ!? 地上の獣が、どうやってあいつをこんな風に……」
「空中戦で、ガルーダを上回る存在が……この辺りにいるということか」
クローザーの額から冷や汗が伝う。
Bランクのガルーダを狩る存在。
それは少なくとも、Aランク以上の化け物であることを意味している。
彼らのようなBランクパーティでは、遭遇した瞬間に全滅を覚悟しなければならない絶対的な捕食者。
三人は圧倒的な強者への畏怖に、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
だが、イザヨイだけは違った。
その可憐な顔には、怯えどころか、「やっぱりな」という納得の色が浮かんでいたのだ。
(岩山で、ガルーダを食い殺せる空飛ぶ魔物。しかも牙と爪を持ってる奴。……これ、あいつの縄張り争いに巻き込まれたパターンだろ)
『エターナルクレイドル』において、魔物同士の生態系や縄張り争いは、イベントやランダムエンカウントでよくある設定だった。
イザヨイの脳裏に、かつて何度も周回して素材を集めた、一つの巨大なボスクラスモンスターの姿が浮かび上がる。
(確か、上位互換として湧くレアモンスターがいたはずだ。獅子の下半身と鷲の上半身を持つ、最悪の空飛ぶハンター……)
イザヨイが思考を巡らせていた、まさにその瞬間だった。
『ギェルルルルルァァァァッッ!!!』
空気を引き裂くような、耳をつんざく金切り声が頭上から降り注いできた。
風圧で巻き起こった突風が、四人を地面に這いつくばらせようとする。
「なっ!? 上か!?」
「きゃああっ!?」
ボルグとクローザーが上空を睨みつけ、シエルが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
強風でスカートが捲れ上がりそうになるのを必死に押さえながら、イザヨイも空を見上げた。
雲を切り裂き、太陽を背にして降下してくる、巨大な影。
その翼幅はガルーダの倍以上はあり、黄金の羽毛と、凶悪な猛禽の嘴、そして屈強な獅子の四肢を備えている。
「グ、グリフォン……!! なんでAランクの化け物がこんな所に……!」
ボルグが絶望に染まった声を絞り出した。
その顔は恐怖に引き攣り、大斧を持つ手は小刻みに震えている。
クローザーの矢も、シエルの回復魔法も、この空と大地の王を前にしては何の意味も成さないだろう。
(やっぱりな。こいつの好物はガルーダの肉だって、設定資料集に書いてあったもんなぁ)
だが、イザヨイは内心で一人、呑気なことを考えていた。
グリフォンは確かに少し手強いが、決して勝てない相手ではない。
「ルルルルルァッ!!」
グリフォンは岩山の上に降り立ち、血に染まった嘴を鳴らして四人を威嚇する。
その凶悪な瞳は、次の獲物――つまり自分たちの縄張りに踏み込んだ愚かな人間たちを値踏みしていた。




