前衛への羨望
カルゼオンの街を北へ抜け、なだらかな丘陵地帯を越えていくと、次第に景色はごつごつとした岩肌が目立つ荒涼としたものへと変わっていった。
目指す北の岩山までは、大人の足で半日ほどの道のりだ。
昨日のオーク討伐とは違い、視界は開けているが、その分身を隠す場所も少ない。
「……前方に魔物の気配。数、およそ五」
先頭を歩いていたクローザーが、ピタリと足を止めて低い声で告げた。
「チッ……ガルーダの前に面倒な連中に出くわしちまったな」
「クローザー、種類は分かる?」
「足音と唸り声からして、おそらく『フォレストウルフ』の群れだ。ランクはCといったところか」
クローザーの報告に、ボルグはニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、背中の大斧に手をかけた。
「フォレストウルフか。なら丁度いい。ここは俺一人でやらせてもらうぜ」
「え? 一人でですか?」
イザヨイが驚いたように声を上げると、ボルグは自慢の筋肉を誇示するように胸を張った。
「おうよ! これからのガルーダ戦じゃ、空飛ぶ相手に俺の斧は届かねぇし、盾役か囮くらいしか使い道がねぇからな。ここで見せ場を作っておかねぇと、ただの荷物持ちになっちまう」
「ボルグの言う通りね。それに、イザヨイちゃんの魔力とクローザーの矢は、ガルーダとの本命の戦いのために温存しておきたいわ」
「……ああ。雑魚の処理は前衛の仕事だ。無理はするなよ、ボルグ」
シエルとクローザーも同意する。
冒険者としての定石、役割分担というやつだ。
イザヨイの火力なら一瞬で片付く相手だが、ここで魔法を撃たせて魔力を消費させるのは得策ではないと彼らは判断したのだ。
(まあ、俺のMPなんて自然回復量で余裕でお釣りが来るんだけどな……)
イザヨイは内心で苦笑しつつも、
「分かりました、お願いします」
と、素直に下がった。
「ガウゥゥゥッ!!」
岩陰から飛び出してきたのは、馬ほどもある巨大な銀狼たちだった。
鋭い牙を剥き出しにし、赤い双眸を爛々と輝かせている。
五頭のフォレストウルフが、連携を取りながらボルグを半包囲するように散開した。
「ハッ! 来やがれ、雑種ども! 俺の『剛断斧』の錆にしてやる!」
ボルグが咆哮を上げ、地面を蹴る。
巨体に似合わぬ鋭い踏み込み。
遠心力を乗せた大斧の一振りは、先頭に躍り出た一頭のフォレストウルフの胴体を、いとも容易く真っ二つに両断した。
「ギャンッ!」
悲鳴を上げる間もなく、一撃で絶命。
噴き出す血の雨を浴びながら、ボルグは笑う。
続けざまに襲い来る二頭目、三頭目の爪牙を斧の柄で弾き、そのままの勢いで強烈な横薙ぎを見舞う。
斧の重量と筋力が生み出す、圧倒的な破壊力。
剣のように手数は多くないが、一撃当たれば確実に敵を粉砕する、まさにパワーファイターの真骨頂だ。
(……いいなぁ、あれ。やっぱり前衛で暴れるのは最高に楽しそうじゃんか)
後方でシエルの張った防御結界の中にいながら、イザヨイはその戦いぶりから目を離せなかった。
ネメシスソードの鋭利な斬撃とはまた違う、力で敵をねじ伏せる爽快感。
もし自分の身体がこの呪わしい『揺れる双丘』のハンデを背負っていなければ、今すぐ魔法剣士として乱入し、あの大斧と同じようにウルフたちを蹂躙していただろう。
(男のロマンだよな、デカい武器でぶっ飛ばすのは。俺のステータスなら、ボルグさん以上のパワーでぶん回せるはずなのに……クソッ、おっぱいのバカ)
イザヨイの瞳には、純粋な闘争心と、前衛で戦えるボルグへの羨望、そして己の肉体への恨み言が入り混じった、熱を帯びた輝きが宿っていた。
だが、その熱視線を、横からジッと観察している者がいた。
クローザーだ。
(……イザヨイ。あんなに熱心にボルグの戦いを見つめているとは)
クローザーは前髪の奥で、鋭い目を細めた。
イザヨイの瞳に宿る熱。
それは、彼のような弓使い(後衛)には決して向けられない、最前線で命を張る男への憧憬。
いや、それ以上の感情なのではないか。
(ボルグの奴、あんなむさ苦しい顔をして……まさか、イザヨイにあんな目で見られていたとはな。強い男がモテるというのは定石だが……俺も、少しは前に出て弓を射たほうがいいのだろうか)
弓使いとしての冷静な立ち回りを身上としていたクローザーの心に、初めて「目立ちたい」「かっこいいところを見せたい」という、男としての見栄が芽生え始めていた。
一方、さらにその後ろで杖を構えていたシエルもまた、全く別のベクトルで妄想を爆発させていた。
(まあっ……! イザヨイちゃんったら、ボルグから全然目を離さないじゃないの!)
シエルは頬を染め、両手を口元に当ててハワワと震えていた。
美少女と野獣。
純真無垢な魔法使いの少女が、自分を守ってくれる屈強な戦士の荒々しい背中に、いつしか恋心を抱いていく……。
そんな王道ファンタジー恋愛小説のような展開が、今まさに目の前で繰り広げられているのだと、シエルのロマンチックな脳内回路は完全にショートしていた。
(年の差はあるけど、ボルグはいい奴だし、イザヨイちゃんが本気なら私、全力で応援しちゃうわよ……!)
当のイザヨイ本人は「おっぱいが邪魔で前衛に出られない悔しさ」と「物理で殴るの超楽しそう」という、極めておっさん臭いゲーマーの未練を噛み締めているだけなのだが。
五頭のフォレストウルフを無傷で殲滅し、血に濡れた斧を肩に担いで振り返ったボルグは、なぜかクローザーからは無言の対抗心を燃やされ、シエルからは生温かい笑みを向けられることになった。
「おう、待たせたな! 露払いは完了だ!」
「……ああ。見事だった」
「フフッ、お疲れ様ボルグ。イザヨイちゃんも、ね?」
「えっ? はい、さすがボルグさんです。一撃の威力がすごくて、見入っちゃいました」
イザヨイが純粋な賞賛(前衛うらやましい)を口にする。
「がははっ!」
ボルグは照れ臭そうに頭を掻き、クローザーは弓の弦をギリッと引き絞り、シエルは「キャッ!」と謎の黄色い声を上げた。
噛み合わない三人の思いを乗せたまま、パーティはいよいよガルーダの棲む岩山へと足を踏み入れていく。




