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理想のブラ

「よし、これでどうだ……!」


 狭い試着室の中で、イザヨイはふぅっと息を吐き出した。

 手に入れたのは、丈夫な厚手の布でできた胸帯。

 冒険者向けの店とはいえ、どちらかといえば男装を好む女性や、体型を隠すための実用品として置かれていたものだ。

 イザヨイは昨夜の失敗を教訓に、今回は誰にも見られないようしっかりとカーテンを閉め切り、チュニックとキャミソールを脱ぎ捨てた。


 白磁のような肌に、重力に従って弛緩した双丘が露わになる。

 その質量を両手で持ち上げ、胸帯をきつく巻きつけ始めた。

 ゲームの知識はあるが、現実の『胸を潰す』という行為は初体験だ。

 背中側で紐を引き絞り、前で固定する。

 ギチギチと布が軋む音がして、豊かな膨らみが無理やり平らな形へと押し込められていく。


「……んぐっ、き、キツい……」


 最後に結び目を固く縛った瞬間、イザヨイの口から苦しげな声が漏れた。

 確かに、見た目のボリュームは劇的に抑えられた。

 これなら上から服を着ても、前衛で剣を振るう際の邪魔な揺れは軽減されるだろう。


 ――だが、代償は大きすぎた。


「ぐはっ……息が……吸えねぇ……っ」


 イザヨイは胸のあたりを両手で押さえ、ゼェゼェと荒い呼吸を繰り返す。

 当たり前だ。

 元々規格外のサイズに設定した柔らかな脂肪の塊を、物理的な力技で強引に圧縮しているのだ。

 肺が圧迫され、深呼吸すらままならない。

 少し腕を動かすだけで、布が肉に食い込み、擦れて痛みさえ感じる。


(ダメだこれ……! こんなのつけてたら、五分も戦えずに酸欠で倒れるぞ!)


 イザヨイは心の中で悲鳴を上げた。

 揺れを抑えることはできたが、代わりに『呼吸困難』と『常時持続ダメージ(圧迫感)』という、さらに致命的なデバフを背負い込んでしまったのだ。

 魔法を詠唱するのにも息苦しいし、前衛で激しく動くためのスタミナもゴリゴリ削られる。


「こんなに苦しいなら、つけないほうがマシだ……!」


 イザヨイは慌てて結び目を解き、胸帯をむしり取った。

 パツンッ、と解放された双丘が、反動でブルンと大きく揺れる。


「ぷはぁっ……」


 イザヨイは試着室の壁に手をついて項垂れた。


(やっぱり、サイズに合わないもので無理やり押し潰すのは間違ってたのか)


 男の身体だった頃は、スポーツブラやサラシの仕組みなど真面目に考えたこともなかった。

 けれど実際にこの身体で体験して初めて分かる。胸の大きさは、ただ布で巻けば解決するような単純な問題ではないのだ。


(俺が求めてるのは、おっぱいを無理に押し潰すんじゃなくて……)


 イザヨイはチュニックを羽織り直しながら、理想の装備について思考を巡らせる。


 ・おっぱいの本来の形を崩さず、しかし激しい動きでも『揺れないようにホールド』してくれること。

 ・布が食い込まず、長時間の戦闘でも『呼吸や動きを阻害しない』こと。

 ・そして何より、あのメロン二つ分の『重量を軽減』してくれること。


「そんな都合のいい魔法の下着……この世界にあるのか……?」


 ゲーム内なら「重量軽減エンチャント付きインナー(見た目反映なし)」といった課金アイテムで一発解決だったかもしれない。


 だがここは現実とファンタジーが混ざり合った異世界だ。


(異世界なんだから、重力や慣性を無視するブラジャーの一つくらいあってもおかしくないはずだ。いや、あってくれないと困る……)


 イザヨイは大きな溜息を吐きながら、外した胸帯を乱暴に畳んだ。


(とにかく、普通の店じゃ解決しないってことか。なら、魔道具屋とか、ドワーフの鍛冶屋とかで特注するしかないか……?)


 しかしそんな特殊な注文をすればどうなるか。

「すいません、私の胸の揺れを完璧に抑えつつ軽くする魔法のブラジャー作ってください」などと大の大人の男……いや、今は銀髪の美少女として頼むのは、あまりにも羞恥プレイが過ぎる。


「……はぁ。前途多難だな」


 イザヨイはチュニックの襟元を整え、気分を切り替えるように両頬を軽く叩いた。

 とりあえず、この息苦しい胸帯はお蔵入りだ。

 今はまだ、この重くて揺れる爆弾を抱えたまま、後衛職として立ち回るしかない。


「お待たせしましたー。うーん、やっぱりこれ、サイズが合いませんでした」


 イザヨイが試着室のカーテンを開けて出てくると、外で待機していた三人の過保護な護衛たちが、一斉に振り返った。


「そうか。無理して合わねぇモンを着る必要はねぇさ。別のを探そうぜ」


 ボルグが気のいい笑みを浮かべて頷く。

 彼はイザヨイが手に持っている布が『胸を潰すための帯』であることには気付いていない。

 シエルもまた、ウンウンと頷きながら近づいてきた。


「そうよ、イザヨイちゃんはもっと華やかな服が似合うもの! あんな地味な布切れより、こっちの可愛い下着なんてどう? 魔法の糸で編まれてて、肌触りも最高なのよ」


 シエルが自信満々に差し出してきたのは、レースがふんだんにあしらわれた、防御力ゼロ・誘惑力百の可愛らしい下着だった。


「……あの、シエルさん。それ、戦闘には全く向かないと思うんですけど」

「可愛いからいいじゃない! 女の子の身だしなみよ!」

「……素材はミスリル糸らしい。耐性は意外と高いかもしれん」


 クローザーまで真面目な顔で援護射撃をしてくる始末だ。

 彼らは彼らで、イザヨイを「戦闘のプロだが、普通の女の子としての幸せを知らない可哀想な子」として、一生懸命着飾らせようとしているのだ。


(違うんだよ……俺が欲しいのは可愛い下着じゃなくて、揺れないおっぱいなんだよ……!)


 イザヨイは内心で泣き言を漏らしながら、シエルの勢いに押されて「あはは……じゃあ、それも見てみます」と苦笑いするしかなかった。


 理想の『魔法のブラジャー』を求めるイザヨイの孤独な戦いは、過保護な仲間たちの勘違いと共に、まだまだ続くのであった。

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