お買い物パーティ
「ふぅ、美味しかった! ごちそうさまでした!」
イザヨイは両手を合わせ、大満足の笑顔を浮かべた。
宿屋のベーコンエッグは噂通り絶品で、厚切りの肉から溢れる脂の甘みと半熟卵のまろやかさが、昨日の疲れを完全に吹き飛ばしてくれた。
「おう、食いっぷりがいいな。さて、今日はどうする? ギルドに行って依頼でも探すか?」
「あ、いえ。私はちょっと行きたいところがあるので、午前中は別行動でもいいですか?」
イザヨイが立ち上がり、身支度を整えようとすると、テーブルの空気がピタリと凍りついた。
「べ、別行動……?」
「イザヨイちゃん、一人で街に出るつもりなの?」
「……それは、推奨しない」
ボルグ、シエル、クローザーの三人が、一斉に怪訝な、というよりは明確な危機感を孕んだ顔でイザヨイを見つめる。
「え? はい。ちょっと服屋に寄って、必要なものを買おうかなって。昨日も一人で歩いてましたし、道には迷いませんよ」
「服屋……。いや、そういう問題じゃねぇ!」
ボルグがバンッとテーブルを叩き、身を乗り出した。
その剣幕にイザヨイがたじろぐと、三人はハッとして顔を見合わせ、イザヨイに聞こえないよう、テーブルの真ん中で顔を寄せ合い、ヒソヒソと緊急会議を始めた。
「おい、どうする!? あいつ一人で服屋に行かせる気か!?」
「ダメに決まってるでしょ! 朝からあんな無防備な格好で出歩こうとする子が、一人で服屋なんか行ったら、どんな悪徳商人にぼったくられるか!」
「……それ以前に、街の男どもの視線が危ない。昨日ギルドに入った時を思い出せ。あの美貌だぞ。路地裏にでも連れ込まれたらどうする」
「で、でも、イザヨイちゃんは強いわよ? オークの集落を一人で壊滅させたじゃない!」
「魔法はな。だがあの子は世間知らずだ。毒を盛られたり、巧妙な手口で騙されたりしたら、あの純真さじゃコロッと騙されちまうかもしれねぇ!」
三人の脳内では、イザヨイが人の悪い商人に全財産を巻き上げられ、涙目で路頭に迷う姿が容易に想像できていた。
あるいは、言葉巧みに裏路地へ誘い込まれる悲劇のヒロイン。
彼らにとって、イザヨイは『最強の火力を持つが、精神年齢と警戒心が五歳児並の危なっかしい美少女』という認識で完全に一致していた。
「……結論は出たな」
「ええ。私たちがついていくしかないわ」
「おう。俺たちが護衛につけば、変な虫も寄り付かねぇだろ」
三人はウンウンと頷き合い、パッと顔を上げてイザヨイに向き直った。
「決まりだ、イザヨイ! 俺たちも一緒に行くぜ!」
「えっ? でも、皆さんは休んでても……」
「いいのいいの! 私たちも昨日の報酬で買い物したかったし、女の子の服選びなら私が手伝ってあげるから!」
「……荷物持ちくらいにはなる」
有無を言わさぬ勢いで押し切られ、イザヨイは「はあ、それなら……」と困惑気味に頷くしかなかった。
中身が男のイザヨイとしては、過保護すぎる彼らの反応が少し不思議だったが、悪気がないことは分かるので無下にもできない。
こうして、銀髪の美少女一人に対し、屈強な戦士、僧侶、弓使いがフルメンバーで護衛につくという、異常に物々しいお買い物パーティが結成された。
宿を出て、活気あふれるカルゼオンの街を歩く。
先頭を歩くイザヨイの両脇をボルグとクローザーが固め、シエルが背後からフォローするという、要人警護のようなフォーメーションだ。
すれ違う街の住人たちは、可憐な少女を取り囲む強面たちの異様な光景に、道を譲るか遠巻きに見守るしかできなかった。
「よし、着いたわ。この服屋なら、女性用の上着や下着、実用的な防具まで幅広く揃ってるはずよ」
シエルが案内してくれたのは、大通りから少し入った場所にある、立派な店構えの服飾店だった。
ショーウィンドウには、綺麗なドレスから丈夫な革の外套まで、様々な衣服が並んでいる。
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと見てきますね」
イザヨイは足早に店内へと入り、一直線に並んだ商品棚へと向かった。
女性もののコーナーだが、イザヨイの目的は可愛いワンピースやフリルのついたスカートではない。
探しているのは、切実かつ重大な「戦力低下の原因」を排除するためのアイテムだった。
(くそっ……昨日の戦いで確信した。このおっぱいのままじゃ、絶対に前衛で戦えない)
イザヨイは棚に並んだ服を次々と捲りながら、内心で舌打ちをした。
走れば重く、剣を振れば遠心力で身体を振り回し、ちょっと油断すれば服のボタンを弾き飛ばそうとする暴力的な双丘。
魔法を撃つだけの固定砲台で満足するならともかく、本来のアクション重視のプレイスタイルを取り戻すためには、この二つの巨大なメロンをどうにかして『固定』する必要があるのだ。
(スポーツブラみたいな、ガッチリ胸を抑え込んで揺れないようにするやつ……最悪、サラシでもいい。とにかく、この邪魔な質量を抑え込める丈夫な布はないか……?)
血眼になって探すイザヨイの後ろ姿を、三人の護衛たちは入口付近から心配そうに見守っていた。
「おいシエル。イザヨイの奴、何を探してるんだ? あんなに真剣な顔して」
「さあ……。ドレスには目もくれないし、やっぱりもっと丈夫な革鎧でも探してるのかしら。戦いにはストイックな子だし」
「……いや、だが……見ているのは下着やインナーのコーナーだぞ」
クローザーの指摘に、ボルグとシエルはハッとして視線を凝らす。
確かにイザヨイが真剣な顔で物色しているのは、肌に直接触れる布地、それもコルセットや帯のような、締め付けるためのアイテムばかりだった。
「……あの子、もしかして、何かを隠そうとしてるの?」
「隠すって……まさか、自分の魔力を制御するための封印具とかか?」
三人の脳裏に、再び「隠された力を抑えるためのアイテムを求める悲劇の少女」という、壮大な勘違いファンタジーが展開される。
(よし、これならどうだ……?)
そんな彼らの視線など露知らず、イザヨイは一筋の希望を見出していた。
それは、厚手の布で作られた、バストラインを平らに押し潰すための強力な胸帯だった。
(これだ……! これをきつく巻けば、少しは揺れがマシになるはずだ!)
イザヨイはその胸帯を手に取り、どうすればこの巨大な障害を乗り越え、再び前衛としてネメシスソードを振るうことができるのか、熱心に思考を巡らせるのだった。
ただ純粋に、おっぱいを邪魔だと感じている中身男の切実な悩みが、周囲の過保護な勘違いをさらに加速させていることには、気付く由もなかった。




