皆に報告
翌朝。
カルゼオンの領主館で、これまでにないほどフカフカのベッドで目覚め、朝食(メイドさんのお給仕付き)を堪能したイザヨイは、足取り軽く街の定宿『踊る麦亭』へとやってきた。
カランコロンとベルを鳴らして食堂に入ると、奥のテーブルにいつもの四人の姿があった。
「あ、皆さん! おはようございます!」
イザヨイが手を振って近づくと、四人は一斉に顔を上げた。
「イ、イザヨイ! お前、昨日は結局宿に戻ってこなかったから、どうしたのかと思ってたんだぞ!」
ボルグがガタッと立ち上がり、安堵と少しの焦りを滲ませた顔で迎える。
「本当に心配したんだから! もしかして、また領主様に無理難題を吹っかけられて、そのままどこかの討伐に行かされたんじゃないかって……」
シエルも慌てて駆け寄り、イザヨイの体をペタペタと触って怪我の有無を確かめる。
「……無事で何よりだ。で、どこにいたんだ?」
クローザーが冷静に、しかし鋭く問いかけた。
「あはは、ご心配おかけしました。実はですね……」
イザヨイはテアトラムでの功績の報酬として、アラクネ防具の職人探しを本格的に進めてもらうことになり、その連絡を待つために、しばらく『ヴェルリス家の屋敷』に滞在することになったと説明した。
「……というわけで、少しの間、私はあのお屋敷でお世話になることになったんです。でも、昼間はこうして皆さんと一緒にギルドで依頼を受けたり、一緒にご飯を食べたりしますから!」
イザヨイは笑顔で締めくくった。
だが、その報告を聞いた過保護三人組の反応は、イザヨイの予想とは全く違うものだった。
「…………領主の、屋敷……」
ボルグの顔から、スッと血の気が引いた。
「……それって、つまり……あのアンドリュー副団長と、一つ屋根の下に住むってことよね……?」
シエルがワナワナと震えながら呟く。
「……同棲、という表現が近いな。非常にまずい状況だ」
クローザーが、前髪の奥でギリッと奥歯を噛み締めた。
彼らの脳内には、一つの強烈な『危機感』が警報を鳴らしていた。
それは、イザヨイが権力者に利用されるという心配ではない。
あの白馬の王子様そのものである、イケメン騎士の『アンドリュー・ヴェルリス』に、彼らの大事なイザヨイが【完全に取られてしまう】という危機感だ。
(マ、マズい……! いくらイザヨイが俺の泥臭い斧をカッコいいって言ってくれても、毎日あんなピカピカの鎧を着たイケメン貴族と一緒に暮らして、優しくエスコートなんかされたら……間違いなく、コロッと参っちまう!)
ボルグは顔面を蒼白にしながら、己の勝算の無さに絶望の淵に立たされていた。
(ど、どうしよう……! 私はボルグとイザヨイちゃんの純愛を応援してたのに……! でも、もし私がイザヨイちゃんの立場なら、イケメンで将来有望な領主の息子と同棲なんて、三秒で即落ちしてるわ! ……ああっ、イザヨイちゃんがあの金髪騎士に絆されちゃうビジョンしか見えない……っ!)
シエルは、乙女(恋バナ脳)としての本音と、パーティの仲間としての建前の間で激しく葛藤し、頭を抱えていた。
(……チッ。権力と財力で外堀を埋めてくるとは、さすが貴族のやり口だ。だが、我々平民の冒険者には、それに文句をつける術がない……)
クローザーもまた、身分違いという圧倒的なハンデにもどかしさを感じ、テーブルの下で拳を強く握り締めていた。
「え、あの……皆さん? どうしたんですか、そんな難しい顔して」
「「「いや、なんでもない(ねぇ)(わ)!!」」」
一方、そんな彼らのドタバタ劇を、シルフィアは極めて冷静な、そして不思議そうな目で眺めていた。
(……なんなのコイツら。イザヨイが貴族の館に滞在するくらいで、何でこんなにお通夜みたいな顔してんの?)
シルフィアには、彼らの「イザヨイがイケメン騎士に取られてしまう(かもしれない)」という強烈なジェラシーと焦りが全く見えていなかった。
(まあ、わたしはイザヨイがどこに住もうが関係ないわ。『豊胸魔法』の秘密さえ暴ければいいんだから!)
シルフィアは鼻を鳴らし、密かにイザヨイの豊かな双丘をジト目で睨みつけるのだった。
「ま、いいんじゃない? アンタみたいに一人で野宿もできない世間知らずの『Eランク』は、せいぜい安全な貴族の屋敷でフカフカのベッドにでも寝てなさいよ。わたしは一人でも生きていけるAランクだから、そんなお城の生活なんてこれっぽっちも羨ましくないけどね!」
シルフィアが強がり全開でフンッと鼻を鳴らすと、イザヨイは苦笑しながら彼女のツインテールを軽くポンと撫でた。
「あはは、シルフィアちゃんは逞しいね。でも、何かあったらすぐに駆けつけるから、安心してね」
「さ、触らないでって言ってるでしょ! 子ども扱いするなぁっ!」
真っ赤になって怒るシルフィア。
(まあ、これで俺の宿無しの心配はなくなったし、お風呂は毎日貸し切りだし! あとはボルグさんたちと普通に冒険を楽しみつつ、職人が見つかるのを待つだけだ!)
イザヨイは、ボルグたちの「恋愛対象を奪われる焦燥感」には全く気付くことなく、異世界スローライフ(貴族居候編)の始まりにウキウキと胸を弾ませるのだった。
すれ違う思いと、それぞれの思惑を抱えたまま、五人は今日も依頼を探すために冒険者ギルドへと歩き出すのである。




