嬉しい報告
「イザヨイ殿、滞在の快諾、誠に感謝いたします。客室の準備はすぐにセバスチャンに整えさせますので」
マクミランとセレーネ、エレノアへの挨拶を終え、執務室から廊下へと出たイザヨイに、アンドリューが柔らかい声で語りかけた。
「いえいえ、こっちこそお世話になります。あのお風呂、本当に楽しみで……じゃなくて! 職人さんの件、よろしくお願いしますね」
「ええ。全力を尽くします」
(ふふっ。一時的にだけど、今日から極上の貸し切りお風呂生活の始まりだぜ)
イザヨイが内心でガッツポーズを決め、軽やかな足取りで廊下を進んでいた、その時だった。
「あッ! 兄上! それに……イザヨイさん!!」
廊下の向こうから、木剣を片手に持った少年が、パァッと顔を輝かせて猛烈な勢いで走ってきた。
ヴェルリス家の3人目の子であるカルロスだ。
「おや、カルロスくん。久しぶりだね」
イザヨイが微笑んで手を振ると、カルロスはイザヨイの数歩手前で急ブレーキをかけ、顔を林檎のように真っ赤に染めて直立不動の姿勢をとった。
「お、おかえりなさい! テアトラムの防衛、すっごく大活躍だったって聞いたよ! さすがイザヨイさんだね!」
「ふふ、ありがとう。カルロスくんも、元気にお留守番してた?」
イザヨイがしゃがみ込み、目線を合わせようとすると――カルロスの視線が、イザヨイのドレスの胸元、『星屑の聖衣』で暴力的に強調された双丘の谷間へと釘付けになった。
そして彼の脳裏に、あの『ご褒美ハグ』の柔らかすぎる感触と甘い匂いがフラッシュバックした。
「ひゃうッ!?」
カルロスは変な悲鳴を上げて両手で顔を覆い、バタバタと後退りした。
「ど、どうしたの? 顔真っ赤だよ? 熱でもあるのかな」
イザヨイが不思議そうに首を傾げると、後ろからゆっくりと歩いてきた執事のセバスチャンが、微笑ましそうに目を細めて口を開いた。
「イザヨイ様、カルロス坊ちゃまは熱など出しておられませんよ。……実は、アンドリュー様とイザヨイ様がテアトラムへ赴かれている間、坊ちゃまはただの一度も屋敷を抜け出すことなく、毎日欠かさず剣の鍛錬に励んでおられたのです」
「えっ、本当に!?」
「はい。来る日も来る日も、朝から晩まで中庭で木剣を振り続けておりました。あの無断脱走の常習犯だった坊ちゃまが、見違えるように立派になられまして……」
セバスチャンがハンカチで目頭を押さえるフリをする。
「……カルロス。お前、本当に言いつけを守っていたのか」
アンドリューが、驚きと感心の混じった声で弟を見下ろした。
カルロスは顔を覆っていた手を下ろし、まだ赤い顔のまま、グッと力強く木剣を握り直した。
「……うん! 僕、兄上と約束したから! 絶対に途中で投げ出さないって決めたんだ! それに……」
カルロスはチラッとイザヨイを盗み見て、もじもじとしながら小さな声で付け足した。
「……早く強くなって、僕が……イザヨイさんを守れるくらいの、立派な騎士になりたいから……っ」
「え?」
その言葉にイザヨイは目を丸くした。
(俺を守る……? この子が?)
中身がレベル200のカンスト魔導剣士であり、男であるイザヨイにとって、十歳の少年からの庇護の宣言は、なんともこそばゆく、そして可愛らしいものだった。
「ふふっ。そっか。カルロスくん、すっごく頑張ったんだね。えらいえらい!」
イザヨイは立ち上がり、カルロスの頭をポンポンと優しく撫でた。
「わたし、カルロスくんが強くてカッコいい騎士になるの、楽しみにしてるからね」
「~~~~~ッ!!!」
イザヨイに頭を撫でられ、カルロスの頭からシューッと本物の湯気が噴き出した。彼は嬉しさと恥ずかしさでキャパオーバーになり、そのままその場でピシッと固まってしまった。
その弟の姿を見て、アンドリューは小さく笑みをこぼした。
「……よくやったな、カルロス。お前の成長、この兄としても誇らしく思う。これもおそらく、イザヨイ殿のお力添えがあってこそだろう。感謝いたします」
「いえいえ、私はただちょっと約束しただけですから」
イザヨイが謙遜すると、アンドリューはカルロスに向き直り、一つ大きな爆弾(朗報)を落とした。
「カルロス。お前に良い知らせがある」
「え?」
「イザヨイ殿は、これからしばらくの間、この屋敷に滞在されることになったのだ」
「…………えっ?」
カルロスが、パチパチと瞬きを繰り返す。
そして、その意味を脳内で処理した瞬間。
「ほ、ほ、ほんとぉぉぉっ!!?」
カルロスの絶叫が、屋敷の廊下に木魂した。
「イザヨイさんが! 僕の家に! ずーっと一緒にいるの!? やったぁぁぁっ!!」
カルロスは木剣を放り投げ、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを爆発させた。
初恋の女神(胸部凶器持ち)が、自分の家で一緒に生活する。少年(思春期突入済み)にとって、これほど天国な状況はないだろう。
「あはは。しばらくの間、よろしくね、カルロスくん。でも、剣の練習の邪魔はしないように気をつけるよ」
「邪魔じゃないよ! 絶対邪魔じゃない! 毎日、僕の素振り見てて! 頑張るところ見てて!」
「やれやれ……これは剣の訓練よりも、煩悩の制御訓練から始めねばならんな」
大はしゃぎする弟を前に、アンドリューは微かに頭痛を覚えながら額を押さえるのだった。
(カルロスくん、本当にいい子だなぁ。これなら、屋敷での生活も退屈しなさそうだし、お風呂も貸し切りだし、最高だぜ!)
イザヨイは、少年の純情な恋心(と下心)には全く気付かず、ただ「可愛い弟分ができた」と能天気に喜んでいるのだった。




