魅力的な提案
テアトラムからカルゼオンへの帰路は、行きの強行軍とは違い、ゆったりとしたペースで行われた。
精鋭騎士団と二人のAランク(級)魔導士、そしてBランクパーティが揃っているのだ。街道に出没する魔物など、近づく前にシルフィアの氷魔法かクローザーの矢で片付いてしまう。
道中は極めて平和(戦闘面においてのみ)だった。
(エレノアからの恋バナと、シルフィアの『豊胸魔法教えなさいよ!』攻撃を躱し続ける精神的疲労は、ワイバーンの群れより厄介だったけど……)
イザヨイは心の中で愚痴をこぼしつつ、数日後、ようやく見慣れたカルゼオンの巨大な城壁が見えた時には、心底ホッと息を吐き出した。
街に到着すると、ボルグたち過保護三人組とシルフィアとは一旦別れることになった。
騒がしい仲間たちを見送った後、イザヨイはアンドリューのエスコートを受け、領主であるマクミランへの報告のため、ヴェルリス家の広大な屋敷へと向かった。
応接室の重厚な扉が開かれる。
「あなた!」
「セレーネ! エレノア! おお、無事であったか!」
マクミランは領主としての威厳も忘れ、立ち上がって妻と娘を強く抱きしめた。
再会の喜びに涙ぐむ家族の姿に、イザヨイもまるでテレビドラマを見るおっさんのような穏やかな気持ちで頷いていた。
「……イザヨイ殿。貴女には、なんと感謝してよいか。テアトラムの防衛、そして我が家族の救出、本当に、本当にありがとう」
家族との抱擁を終えたマクミランが、居住まいを正してイザヨイに深く頭を下げる。
「いえいえ、これも冒険者の仕事ですから。皆さんご無事で何よりです」
イザヨイが笑顔で返すと、マクミランは真剣な顔で切り出した。
「さて。貴女の多大なる功績に対し、カルゼオン領主として報いねばならん。……何か、望みの品や報酬はないだろうか?」
「えっ? 報酬ですか? それなら……例の『アラクネの糸の加工職人さん探し』をお願いできれば十分なんですけど」
イザヨイが目を輝かせて即答すると、マクミランの顔に、途端に気まずそうな影が落ちた。
「そ、それなのだが……。現在、王都のギルドや裏社会のツテまで使い、全力で捜索を行っている。だが、そのような神業を持つ職人は希少で、未だ有力な手がかりが掴めておらんのだ」
「……そうですか」
イザヨイの肩がガクンと落ちる。
領主の権力と情報網を使っても見つからないとなれば、これは相当な長期戦になりそうだ。
(まあ、仕方ないか。マクミラン様も全力で探してくれてるみたいだし、これ以上急かしても迷惑になるだけだ)
「ですから、職人の捜索は引き続き行うとして、それとは別に何か……」
マクミランが申し訳なさそうに金貨の入った袋を取り出そうとした、その時だった。
「父上。イザヨイ殿に、『家』を贈られてはいかがでしょうか?」
横で控えていたアンドリューが、唐突に提案した。
「家、だと?」
「はい。イザヨイ殿は現在、街の安宿に寝泊まりしておられます。これほどの功績を持つ大恩人に、そのような粗末な生活をさせるわけにはいきません。カルゼオンの一等地で、彼女が安心して暮らせる家を用意するべきかと」
「おお、それは良い案だ!」
アンドリューの提案に、マクミランも膝を打った。
だが、当のイザヨイは慌てて両手を振った。
「い、いえ! お気遣いは嬉しいですけど、家は結構です! 私、冒険者として色々な街を見て回りたいので、一つの場所に縛られる『定住』はしたくないんです!」
(家をもらうってことは、カルゼオンに縛り付けられるってことだ。俺の自由な異世界ゲームライフが制限されちゃう!)
イザヨイがやんわり、しかしキッパリと断ると、アンドリューは少しだけ残念そうに目を伏せた。
「……そうですか。確かに、貴女をこの街に縛り付けるのは無粋というもの。……ならば」
アンドリューは少し考えた後、パッと顔を上げて新たな提案をした。
「家が不要であれば、この『ヴェルリスの屋敷』に、しばらくの間滞在されてはいかがでしょうか?」
「え?」
「貴女は我々の賓客です。屋敷に滞在していただければ、毎回宿屋まで馬を走らせる手間も省けますし、何より……『職人が見つかった』という吉報が届いた際、一番早くお伝えすることができます」
(職人の情報が早く届く……!)
その一言に、イザヨイの心は大きく揺れた。
「それに、身の回りの世話は全て我が家のメイドや執事がいたします。食事も、最高級のものをご用意しましょう。……さらに」
アンドリューは、最後の一押しとばかりに、静かに付け加えた。
「当家の『大浴場』も、お好きな時間に自由にお使いいただいて構いません」
「「大浴場」!!」
イザヨイが、文字通り食い気味に身を乗り出した。
「ほ、本当に!? あの……一人で? 誰にも邪魔されず、ゆっくり一人で浸かってもいいんですか!?」
その尋常ではない食いつきっぷりに、アンドリューは少し面食らいながらも、不思議そうに頷いた。
「は、はい。もちろんです。貴女が望むのであれば、その時間は他者を立ち入らせず、完全に貸し切りとして手配いたしますが……」
「よろしくお願いします!!!」
イザヨイは満面の、この異世界に来て一番輝かしい笑顔で、アンドリューの手をガシッと握りしめた。
(最高だ!! テアトラムの時はシルフィアちゃんとエレノアさんのせいで地獄の混浴揉みくちゃ祭りになっちゃったけど、完全貸し切りなら! ついに、念願の『誰の視線も気にしない一人だけのお風呂タイム』が実現するんだ!!)
おっぱい防具の職人探しと、極上のプライベート風呂。
この二つの魅惑的な条件を提示されて、断れる日本人などいるはずがなかった。
「フフッ、良かったですわ! これで毎日、イザヨイ様と色んなお話ができますわね!」
エレノアが嬉しそうに扇子を鳴らす。
(あっ……しまった、この子の存在を忘れてた)
イザヨイは一瞬だけ顔を引き攣らせたが、風呂の誘惑には勝てなかった。
こうして。
「冒険者イザヨイ」は、安宿での生活から一転、カルゼオン領主館での豪華絢爛な居候生活をスタートさせることになったのである。




