カルゼオンへ帰還
「うぅ……っ。結局、昨日は一睡もできなかった……」
翌朝、テアトラムの領主代行館の前。
イザヨイは目の下に薄っすらとクマを作りながら、ふらふらとした足取りで馬車の前に立っていた。
大浴場での地獄の揉みくちゃ祭りの後、部屋に戻ってからもエレノアによる『王都のドレスと殿方の好みについて』の徹夜のガールズトークに巻き込まれ、イザヨイの精神力は限界まで削り取られていたのだ。
「ふふっ、イザヨイ様。昨夜は本当に楽しかったですわね。カルゼオンまでの道中も、同じ馬車でたくさんお話しいたしましょうね!」
エレノアが優雅に扇子を扇ぎながら、天使のような(イザヨイにとっては悪魔のような)笑顔でウィンクを投げてくる。
「……はい、楽しみにしてますねぇ……アハハ……」
イザヨイが死んだ魚のような目で引き攣った笑いを浮かべていると、屋敷から見覚えのある純白のマントを羽織った男が歩み寄ってきた。
「イザヨイ殿。いよいよ出発か」
王都第四騎士団長、ザイード・アイゼンベルクである。
「あ、ザイード様。色々とありがとうございました。王都の騎士団の皆様が残ってくださるおかげで、私たちも安心してカルゼオンへ戻れます」
イザヨイがペコリと頭を下げると、ザイードはイザヨイの美しい銀髪を見つめながら、少しだけ眩しそうに目を細めた。
「我々の務めだ。……しかし、イザヨイ殿。私はまだ諦めたわけではないぞ」
「えっ?」
「私の妻となって、王都へ来いという申し出だ。貴女のその力と美貌、このまま一介の冒険者として野に置いておくには、あまりにも惜しい」
(ヒィッ! またその話!? この人マジでブレないな!)
イザヨイは一瞬顔を引き攣らせたが、即座に営業スマイルを張り付けた。
「お気持ちは本当に嬉しいのですが、私はまだまだ冒険者として駆け出しで……それに、カルゼオンの領主様との『大事な約束』もありますので」
イザヨイがやんわりと、しかしきっぱりと断ると、ザイードは意外にもそれ以上踏み込んでこなかった。
「……そうか。ならば、今はこれ以上は言うまい。強引に手に入れるのは私の流儀ではないからな」
ザイードは小さく笑い、ふっと踵を返した。
「だが、覚えておいてくれ。我がアイゼンベルク家の扉は、いつでも貴女を歓迎する。もしカルゼオンで手持ち無沙汰になったり、あるいは王都で力を振るいたくなったら、いつでも私を頼るといい」
「は、はい。ありがとうございます」
(よし、あっさり引いてくれた! イケメンだけど、話の分かる人で助かったぜ!)
イザヨイがホッと胸を撫で下ろしていると、今度は足元からバフッと音がした。
「イ、イザヨイ様ぁぁぁっ! 本当に行っちゃうッスか!?」
犬耳をペタンと伏せ、尻尾を足の間に巻き込んだポックが、涙目でイザヨイのドレスの裾を握り締めていた。
「ポックくん。ごめんね、私はカルゼオンに帰るけど、ポックくんはしばらくテアトラムの『迷いの森』の偵察任務が残ってるんだよね」
「はいッス……。オイラ、本当はイザヨイ様について行って、また背中に乗せて……い、いや! イザヨイ様の華麗な剣術を間近で見たかったッスのに!」
顔を真っ赤にして何やら誤魔化すポックの頭を、イザヨイは「よしよし」と優しく撫でた。
「ポックくんの鼻と耳が、この街を守る一番の頼りなんだから、頑張ってね。またいつか、カルゼオンに遊びにおいでよ」
「はいッス! オイラ、絶対に行くッスよ!!」
ポックの元気な返事を見届け、イザヨイはようやく自分の乗る馬車の方へと向かった。
そこには既に、カルゼオンの街から駆けつけてくれた過保護三人組――ボルグ、クローザー、シエルが待機していた。
「おっ、やっと来たなイザヨイ! さあ、俺たちの街へ帰るぞ!」
「ええ。もう絶対に、あんたを一人でこんな危険な真似はさせないからね」
シエルも腕を組んで、ホッとしたように微笑んだ。
だが、彼らの横には、どう見てもカルゼオンの人間ではない、見慣れた大きな杖を持ったツインテールの幼女がふんぞり返っていた。
「……あれ? シルフィアちゃん? どうして馬車の前にいるの? お見送り?」
「何言ってるのよ。わたしもカルゼオンに行くのよ!」
「えっ!? でも、シルフィアちゃんはテアトラムの防衛の要じゃ……」
「王都の精鋭騎士団が来たんだから、あいつらで十分でしょ。あのザイードって団長、結構強そうだったし」
シルフィアは杖をトンッと突き立て、ビシッとイザヨイを指差した。
「それよりも! わたしはまだ、アンタから『豊胸の魔法』の秘密を聞き出せてないのよ! 昨日のお風呂での感触……あれが天然だなんて、絶対……ぜぇぇぇったいに信じないんだからね! アンタが白状するまで、わたしはずーっとアンタに付き纏ってやるわ!」
「だからっ! 本当にそんな魔法ないってばぁっ!」
イザヨイが半泣きで否定するが、シルフィアの決意は鋼のように固かった。
「ウソよ! わたしもその魔法を教えてもらって、アンタと同じくらい、いや、それ以上の超絶ナイスバディになって、名実ともに最強の氷の魔女になるのよ! さあ、行くわよ!」
シルフィアはズンズンと、当然のようにイザヨイの馬車へと乗り込んでいった。
「……はぁ。また騒がしくなりそうね」
「まあ、Aランクがパーティに増えるって考えれば、悪くねぇか」
シエルが呆れたように溜息をつき、ボルグも苦笑いしている。
こうして。
テアトラムの危機を救った一行は、アンドリュー率いる騎士団、領主の妻セレーネと妹エレノア、過保護な三人組、そして「豊胸魔法」の秘密(存在しない)を求めてストーカー化しつつあるAランク幼女を伴い、大所帯となってカルゼオンへの帰路に就いた。
(アラクネ防具が見つかるまでは、まだまだこの激動の異世界ライフは落ち着きそうにないな……。おっぱいも人間関係も、揺れすぎだろ……!)
馬車の中で、シルフィアとエレノアに両側から挟まれるという地獄の配置を押し付けられながら、美少女魔導剣士イザヨイは、青空に向かって心の底からの悲鳴を上げるのだった。




