大浴場
「ふぁぁぁ……っ、極楽、極楽……」
テアトラムの領主代行、アルドリック・ブレイブフォードの広大な屋敷。
その奥にひっそりと設けられた、大理石造りの豪奢な『大浴場』で、イザヨイは一人、広い湯船に肩まで浸かり、だらりと手足を伸ばしていた。
(いやー、やっぱりここでお世話になるって判断して、大正解だったな!)
イザヨイは、お湯の表面でぽっかりと浮力を得て揺らめく自身の双丘を見下ろしながら、ホッと息を吐いた。
祝賀パーティが終わった後。
街を護った英雄として、アルドリックから、
「ぜひ今宵は我が屋敷に宿泊を」
と強く提案された。
「やったー! 高級なベッドで寝られるわ!」
と喜ぶシルフィアに対し、イザヨイは……
「えっ、私はちょっと……宿の仲間が待ってますし」
と辞退しようとした。
エレノアからの恋バナ攻撃を恐れていたのだ。
だが、アルドリックが続けて、
「当家自慢の、魔石で沸かす温泉を引いた『大浴場』も、どうかご自由にお使いください。身も心も癒やされるはずです」
と付け加えた瞬間。
イザヨイの中のおっさん日本人スピリット(風呂大好き魂)が、警戒心をあっさりと凌駕してしまったのだ。
結果。
カルゼオンの銭湯と違い、見知らぬ他人の視線(特におっぱいへの熱視線)を一切気にすることなく、貸し切りの広いお風呂で足を伸ばせるという、この異世界に来て一番の至福の時間を手に入れたのである。
「はぁ〜、誰の目もないって、こんなにリラックスできるんだな。……あとはアラクネのインナーさえ完成すれば、もう何も思い残すことはないぜ」
イザヨイは目を閉じ、湯船の縁に頭を預けて、すっかりご満悦の表情を浮かべていた。
――だが。その平和な時間は、長くは続かなかった。
ガララッ。
「んもうっ! だからわたくしは一人でゆっくり入りたいと言ったのに!」
「アンタが遅いからでしょ! わたしだってAランクの疲れを早く癒やしたいのよ!」
「……えっ?」
イザヨイがパチリと目を開けると、湯気が立ち込める脱衣所の向こうから、見覚えのあるプラチナブロンドのツインテールと、優雅な金髪の縦ロールが、揃って入ってきたではないか。
シルフィアと、エレノアだ。
(うわぁぁぁっ!? なんでこの二人一緒に入ってくんの!?)
イザヨイは一瞬パニックになり、咄嗟に肩まで深くお湯に潜り、バスタオルで胸元を隠して壁際に身を潜めた。
中身がおっさんのイザヨイにとって、見知らぬおばあちゃん達と入る銭湯とは訳が違う。
いくら外見が同性とはいえ、リアルなティーンエイジャーの女の子と、背伸びしたロリっ子(しかも二人とも知り合い)と一緒に裸で風呂に入るなど、背徳感と犯罪臭が高すぎて完全にキャパオーバーだ。
「あ……」
だが、イザヨイのささやかな抵抗も虚しく、体を洗ってから湯船に向かってきたシルフィアと、ばっちり目が合ってしまった。
「あら。イザヨイ、アンタ先に入ってたの」
「イザヨイ様! ご一緒してもよろしいかしら!」
シルフィアがズカズカとお湯に入ってきて、エレノアも優雅にお湯に浸かる。
「あ、あはは……。こんばんは。どうぞ、お湯、ちょうどいいですよ……」
イザヨイは顔をひきつらせ、視線を明後日の方向に逸らしながら、できるだけ気配を消して大人しくしていた。
(見ない見ない見ない……俺は今、お地蔵さんだ。絶対に直視しないぞ……)
必死に心の中で念仏を唱えるイザヨイ。
だが、シルフィアの視線は、そんなイザヨイの様子などお構いなしに、お湯の中でタオルに隠れきれず、不自然に浮き上がっている『巨大な質量』へと真っ直ぐに注がれていた。
「……ねえ」
「ひゃいっ!?」
不意に横から声をかけられ、イザヨイは変な裏返った声を出してしまった。
シルフィアは、ジト目でイザヨイの胸元を凝視しながら、妬みと、呆れと、純粋な驚愕が入り混じったような複雑な感情を顔に浮かべていた。
「服の上からでも異常だと思ってたけど。……やっぱり、こうして実物を裸で見ても、信じられないわね。なんなのよ、それ。重力仕事してないの?」
「いや、重力は仕事してるから、動くたびに肩がこって痛いんだけど……」
イザヨイが弁解しようとするが、シルフィアの嫉妬の炎は収まらない。
「ウソよ。やっぱりアンタ、絶対『豊胸の魔法』を使ってるんでしょ! あんな超高等な氷魔法をポンポン使えるんだから、自分の体型をいじる独自の魔法くらい開発しててもおかしくないわ!」
「だから! そんな魔法はないってば! 私だって、できればもう少し小さくしたいくらいなんだから……!」
イザヨイが泣きそうになりながら否定する。
(本当にキャラクリでスライダーいじっただけなんだよ! 自業自得だけど、魔法じゃないんだよぉぉ!)
「ふんっ、口では何とでも言えるわ。……なら、直接確かめてやるわよ!」
「えっ、ちょ、シルフィアちゃ――」
ムギュッ
「ふひゃぁぁぁっ!!?」
突然、シルフィアの小さな両手が、お湯の中でイザヨイの圧倒的な双丘を、容赦なく下から鷲掴みにした。
イザヨイの口から、今まで聞いたこともないような、艶やかで甘い悲鳴が響き渡る。
「わ、わわっ! こ、こんなの、こんなの柔らかすぎるわよ!! なによこの弾力!! お湯の中で浮いてるのに、中身がギッシリ詰まってるじゃない!!」
シルフィアが顔を真っ赤にして叫びながら、ムニムニとその感触を確かめ続ける。
「や、やめてっ! くすぐったい、というか、ダメっ、触っちゃダメぇぇっ!!」
イザヨイは物理的な快感(?)と、精神的なパニックで、お湯の中でジタバタと身をよじる。
「まぁ……っ! シルフィア様、抜け駆けはズルいですわ!」
それを見ていたエレノアが、目をキラキラさせて参戦してきた。
「わたくしだって、王都の流行のドレスを完璧に着こなせるイザヨイ様のプロポーションには、密かに憧れておりましたのよ! わたくしにも、その秘訣(感触)を確かめさせてくださいませ!」
「ひぃぃぃぃッ!? エレノアさんまで!? 待って、二人とも、落ち着いて! ストーップ!!」
ムギュッ、ポヨンッ
「す、すごい……! これは、間違いなく天然の奇跡ですわ!」
「ウソよ! こんなのズルい、ズルすぎるわ! 少しわたしに分けなさいよぉぉっ!」
右からAランク幼女。左から貴族のお嬢様。
二人がかりでの、地獄の(あるいは天国の)おっぱい揉みくちゃアタック。
「ああっ……んっ……! もう、お願いだから許してぇぇぇ……っ!!」
最強の魔導剣士イザヨイは、迷いの森のゴーレム戦でも、ワイバーンの大群を相手にした時でも見せなかったような、本気の涙目と絶叫を上げながら、大浴場の隅でただ蹂躙されることしかできなかった。
異世界の女子会(裸の付き合い)は、おっさんゲーマーにとって、あまりにも刺激的で過酷すぎる試練なのであった。




