祝賀パーティ
ブレイブフォード家の広大な大広間は、シャンデリアの眩い光と、歓声に包まれていた。
テーブルには、討伐された巨大なヘビーボアの丸焼きや、高級なワインが並べられ、戦いを終えた武官や騎士たちが次々とグラスを干している。
この場には、街の宿に滞在しているボルグ、クローザー、シエルの三人は参加していない。
彼らも招待はされたのだが、「俺たち平民の冒険者が、貴族のパーティなんて息が詰まる」と辞退したのだ。
(あの三人がいてくれたら、少しは気が楽だったのに……)
イザヨイは、壁際のソファに座りながら、色とりどりのフルーツが盛られた皿をチマチマと突いていた。
「イザヨイ様、こちらのワインはいかがですか?」
「あ、いえ、私はフルーツ水で結構です」
「おお、なんと可憐な……!」
次々と挨拶に来る武官や貴族たちを、当たり障りのない笑顔で適当にあしらう。
何より恐れていたエレノアからの「恋バナアタック」は、彼女が他の貴族の令嬢たちに捕まっているおかげで、今のところ回避できていた。
「ふぅ……。早くお開きにならないかな」
イザヨイがこっそりため息を吐いた、その時だった。
「――お一人のようだな。イザヨイ殿」
落ち着いたよく響く低音の声が耳に届き、イザヨイは顔を上げた。
そこには、純白のマントを翻し、金と銀の装飾が施された豪奢な鎧を着こなす、一人の長身の男が立っていた。
アンドリューと同年代か、少し上に見える。彫りの深い精悍な顔立ちに、鋭い鷹のような灰色の瞳。
短く刈り込んだ黒髪が、彼の軍人としてのストイックさを際立たせている。
「あ……えっと、貴方は?」
「申し遅れた。私は『ザイード・アイゼンベルク』。王都にて第四騎士団の団長を務めている者だ。この度は、テアトラムの救援部隊の将として参った」
男――ザイードが、胸に手を当てて優雅に、だが力強く一礼した。
(騎士団長……。アンドリュー様の同僚っていうか上司みたいなもんか。すっげぇガチムチのイケメンじゃん)
イザヨイは、「おお、いかにも強そうな騎士様だな」と感心しながら立ち上がる。
「ご丁寧にご挨拶ありがとうございます。冒険者のイザヨイです」
「貴女の活躍は、アンドリューや部下たちからも聞かされている。魔物の大群を足止めし、あまつさえ瘴気の元凶を単独で討ち取るとは。……王国騎士団長として、貴女の比類なき武功に心より敬意と称賛を表する」
ザイードの灰色の瞳が、感嘆と、そして何か熱を帯びた色でイザヨイを見つめている。
「いえいえ、そんな大層なもんじゃ……。皆さんの協力があったからこそですよ」
イザヨイが苦笑いで謙遜する。
「謙虚さもまた、貴女の美しさを際立たせるな。……実は、貴女に一つ、折り入って話があるのだ」
「話、ですか? 報奨金のことなら領主様と既に……」
「いや。金や名誉の話ではない」
ザイードは一歩、イザヨイへと距離を詰めた。
周囲の音楽の音が遠のき、彼の真剣な声だけがイザヨイの耳に届く。
「イザヨイ殿。――私の、妻となってはくれないだろうか」
「…………は?」
イザヨイの口から、間抜けな音が漏れた。
(今、このガチムチのイケメン騎士団長はなんと言った?)
思考が完全にフリーズし、パチクリと三回ほど瞬きをする。
「貴女の美しさは言うに及ばず。その底知れぬ魔力と剣の腕前は、我々アイゼンベルクの武門の血に新たな風を吹き込む至高の才能だ。私と共に王都へ赴き、この剣に寄り添ってほしい。貴女を生涯、誰よりも大切に愛すると誓おう」
真剣そのものの、絵に描いたようなプロポーズ。
だが。
(……いやいやいやいや!! ちょっと待て、待て待て待て!!!)
イザヨイの脳内で、緊急警戒のサイレンが鳴り響いた。
相手は確かに文句なしのイケメンである。権力もある。地位もある。
乙女ゲームのヒロインであれば、ここぞとばかりに「はいっ!」と飛びつく超優良物件だろう。
だが、イザヨイの外見は絶世の美少女であっても、その中核を担う精神は『しがないネトゲ廃人のおっさん』なのだ。
男と付き合う? 結婚? そんなそっち系の趣味はこれっぽっちもない。
そもそも、同性にプロポーズされて喜ぶような情緒はイザヨイのシステムには実装されていない。
「ちょっ、あの……えっと! ザ、ザイード様!? 突然何を……!」
イザヨイは顔をひきつらせながら、ジリッと一歩後ずさった。
「驚かせてすまない。だが、私は戦場でも恋でも、常に先手必勝を是としている。貴女のような至宝を他の男に奪われる前に、どうしても想いを伝えたかったのだ」
ザイードが熱烈な視線でさらに一歩迫ってくる。
(ひぃぃっ! 顔が近い! イケメンの圧が強い! こういう時ってどうやって断るんだっけ!?)
「あ、あのですね! お気持ちはすごく嬉しいんですけど! 私はしがない平民の冒険者で、貴族の騎士団長様とは身分が違いすぎます! それに、まだ冒険者になったばかりで、家庭に入るなんて全く考えてなくて……っ!」
必死にテンプレートな言い訳を並べて断ろうとするイザヨイ。
しかし、肉食系の騎士団長はそれくらいで引くタマではなかった。
「身分など関係ない。我がアイゼンベルク家は実力主義だ。貴女の力があれば、周囲も必ず黙り込む。冒険がしたいのであれば、共に王都周辺の魔境を巡ってもいい。全て貴女の望むように手配しよう」
ザイードが、イザヨイの白く細い手を取ろうと腕を伸ばした。
そんな時だった。
2人のやりとり見ていたエレノアが、アンドリューに向かって小声で叫ぶ。
「――っ、ちょっと、お兄様! 何ボケッとしておりますの! あんな馬の骨に、イザヨイ様を取られてもよろしいのですか!?」
会場の少し離れた場所から、エレノアが兄の背中をバンバンと扇子で叩いていた。
「えっ……? いや、しかし、ザイード殿は第四騎士団長であり、アイゼンベルク家の……それに、私とイザヨイ殿は別にそのような関係では……」
アンドリューは、予想外の直球プロポーズに完全に面食らい、唖然としたまま動けずにいた。
「この朴念仁!! イザヨイ様が困っていらっしゃるのが分かりませんの!? 男なら、ビシッと助けに行きなさい!!」
「う、うわっ! 押すな、エレノア……っ!」
ドンッ!
妹に背中を強く突き飛ばされ、アンドリューはたたらを踏みながら、イザヨイとザイードの間に割り込む形になってしまった。
「あ……アンドリュー様!」
地獄のプロポーズから解放される希望を見出し、イザヨイがパァッと顔を輝かせる。
「……む。アンドリューか。私の求婚の邪魔をしようというのか?」
「あ、いや……ザ、ザイード殿」
アンドリューは顔を赤くし、しどろもどろになりながらも、助けを求めるようなイザヨイの視線に騎士としてのスイッチを入れ直した。
「……申し訳ありませんが、イザヨイ殿は現在、我がカルゼオンの大事な客将として防衛の任に就いておられます。私情による急な勧誘は、困ります。彼女も、お困りのようだ」
アンドリューは、ザイードの伸ばしかけた腕とイザヨイの間にスッと入り込み、イザヨイを庇うように立ち塞がった。
「ほう……?」
ザイードは目を細め、アンドリューを値踏みするように見下ろし、そしてその後ろでホッと胸を撫で下ろしているイザヨイを見た。
「なるほど。若き英雄たるヴェルリスの血も、この美しき花に魅了されているというわけか」
「なっ……違います! 私はただ、彼女が……っ!」
「フフッ、よい。恋の鞘当ては嫌いではない。だが、私は諦めないぞ、イザヨイ殿」
ザイードは不敵な笑みを残し、「また後で」と言い置いて、ワイングラスを片手に他の貴族たちの輪へと消えていった。
「ふぅぅぅ……っ。助かりました、アンドリュー様。本当に寿命が縮むかと思いました……」
イザヨイが膝から崩れ落ちそうになるのを、アンドリューが慌てて支える。
「あ、いや、私こそ出遅れてしまい申し訳ない。ザイード殿は真っ直ぐすぎるきらいがありまして……」
アンドリューは顔を赤らめながら、至近距離に迫るイザヨイの双丘から必死に目を逸らし、しかし、どこかホッとしたような……胸の奥に小さな優越感を覚えている自分に気づき、静かに戸惑うのだった。
(恋愛フラグ、複雑化してんなぁ……。早く帰って安宿の硬いベッドで寝たいぜ……)
イザヨイはこれ以上のカオスを避けるべく、一刻も早いパーティのお開きを祈るのだった。




